第9話 たのしい勢力講座(1)”虎閃”と”音無し”
昼の屋上は、ガラスみたいに澄んだ空が広がっていた。
コンクリートのベンチと古い木の机。
弁当の匂いと、春の風。
梨々花が前髪をかき上げ、スケッチブックをぱたんと開く。
「……さて。一琉クンは転校してきたばかりだし、一応教えとくわね。
今のこの街の“地図”を…
ちょっと長くなるけど知っておく価値はあるわ。」
一琉は箸を止め、素直に頷いた。
梨々花は指先でスケッチブックをトントン叩く。
「ここらで不良がいるって言われてる中学は4つ、雷門中、三中、リリアン中等部、そして桜坂中よ。
高校はちょっと先の修羅華に吸われるのか、不良校って言われるような所はないわね」
「で、今のここらの不良事情だけどさ……基本的に“一強”。
“鬼道連”、聞いたことある?」
一琉は小さく首を振る。
「ちょっと前まで、近場の中高ぜんぶ牛耳ってた武闘派集団。
でも、幻月夜叉連の鬼哭冥夜に潰されたの」
手刀で首をたたき、続ける。
「あの夜叉が現れてから、有力どころは軒並み壊滅。
生き残りは表に出てこない。
うちらの中学界隈は、ここ数年ずっと“平和寄り”」
夏奈がペットボトルを指で弾く。
「……ま、誰も鬼哭冥夜には逆らえねーわな」
一琉の手が止まる。
「ふーん……アカネさん、そんなに有名なんだね」
「「は?」」
梨々花と夏奈の視線が、ぎゅっと集まった。
梨々花が耳を疑う顔で身を乗り出す。
「いま、なんて……?」
「明堂アカネさん。幻月夜叉連のヘッドのことでしょ?
その、こっち来る前に少し、会ったことがあって」
「「鬼哭冥夜と知り合い!?」」
「しかも……名前呼び!?!?」
梨々花はペンを取り落とし、夏奈は珍しく声を荒げる。
一琉は困ったように微笑んだ。
「えっと……“アカネでいい”って言われたから……」
その時、ベンチの端に腰かけていた鷹津が、ぽそり。
「……あたし……ナンパ成功してたら、死んでた……」
顔は青ざめ、まだ少し震えている。
夏奈が呆れて肩をすくめた。
「…だろうな。命拾いしたじゃん」
梨々花はペンを拾い、こほんと咳払い。
「……これは……記録だわ。歴史的証言……っと。
…ともかく、続き。まずは我らが桜坂中ね。二年で目立つのは――」
人差し指が三回、机を叩く。
「夏奈。鷹津。あと“音無し”の守屋静。
この三人は実力は確かよ。
守屋は私の知る限り無敗継続中。
夏奈は“虎閃”って呼ばれてて――」
「その呼び方やめろって」
「きこえなーい」
一琉は卵焼きをもう一口。
「ねぇ……昨日も話してたけど、
どうしてそんな風に呼ばれるようになったの?」
梨々花が目を輝かせて立ち上がる。
「よく聞いてくれたわね!
去年雷門の連中がどんどん仕留められていって後から”音無し“の仕業だって判明したんだけどその時はもう抗争一歩手前って感じで桜坂の番格も兵隊集めてピリついてたのよ!色々あって事を把握した夏菜は怒れる雷門に一人乗り込み大暴れ!番格とタイマンして実力を認め合い事情を伝えて抗争寸前で収めたってわけ!そのときの戦いぶりからエアリアイダダダダ――」
夏菜のコブラツイストが梨々花に極まっている。
頬が少し赤い。
「ペラペラ話さなくて良いってんだよ!天凪もんな事情に興味ねえって!」
一琉はふわりと笑い答えた。
「そうでもないよ?――近江さん、すごく強いんだね」
「え?あ、べ、別に…?」
夏菜は顔を赤くしそっぽをむく。
「ラブコメは離してからやりなさいよーー!!」
梨々花の叫びが屋上に響く。
「何やってんのよあんたら…」
鷹津が呆れて肩をすくめた。
苦笑した一琉の率直な疑問が浮かぶ。
「…でもどうして”音無し“さんは雷門の人たちを襲っていたの?」
解放された梨々花が腰を伸ばしながら答える。
「それね、去年の雷門の”顔見せ“。
…新年度に近くの中学に遠征してイキるって傍迷惑な慣習なんだけど、
異名がつく前の”音無し“に喧嘩売った挙句その場で全員返り討ち。
さらに報復しようとしてた連中が先んじて仕留められてたってわけ。
彼女本当にヤバいわよ。」
「その割に普段いつどこにいるのかもよく分かんねえんだよな。
騒動の話調べてるときに一回会ったけど全然喋んねぇし。
事が終わった後、話つけに行っても見つかんねえの。
…忍者かっつーの。」
夏菜が頭の後ろで手を組み愚痴った。
「ふーん…いろんな人がいるんだね」
一琉は興味ぶかげに話を聞きながら思いを馳せる。
(ぼくが教団で仕事をしていた間にも、そんなことが起きていたんだ…
世界って広いなぁ)
一琉たちの間を風が吹き抜ける。
屋上から見える街の景色、
今までよりも遠くが見えるような気がした。




