表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/124

第89話 外伝 謎のファン七緒 爆轟閻魔の影

 放課後のカノンは、いつもより少しだけ静かだった。

 客足が途切れ、ショーケースのパンも残りわずか。

 一琉はレジを締め、カウンターで伝票をまとめている。


 奥のテーブルでは、夏菜と鷹津がコーヒーを前に談笑し、

 煙は椅子にだらしなく座って欠伸をしていた。



 その時——カラン、とドアベルが鳴る。

「ごきげんよう、一琉さん♡」

 鈴みたいな声と一緒に、ひらりとスカートが揺れた。

 リボンをきっちり結んだブラウスに、淡い色のカーディガン。

 胸元には、見覚えのあるスクラップ帳が抱えられている。


「や、七緒」

 一琉は笑って手を止めた。

「今日は押し花じゃなくて、それ?」


「はいっ」

 七緒は嬉しそうに近づき、スクラップ帳を恭しく差し出す。

「一琉さんの記事、全部集めておきました♡」


「……記事?」

 受け取ってページをめくる。

 地元ニュースサイトの切り抜き。

“第三中学での乱闘——不良グループの抗争か”

“蛇喰峠で走り屋グループ摘発”


 直接名前は出ていない。

 けれど、その端っこに写ったゼファーや、阿修羅號らしき軽トラの姿。

 七緒はそこに、赤ペンで小さくハートを描き込んでいた。



「……よく僕たちが関わってるってわかったね?」

 一琉が苦笑する。

「ナンバーも写ってないのに」


「ふふ」

 七緒は口元に指を当てた。

「“ファン”をなめちゃいけませんよ?」

 小首をかしげ、瞳だけが笑っていない。


「狂輪会を潰すなんて、本当にすごいです♡」

 ページの一枚をとん、と叩く。

「蜘蛛の巣も、狂輪会も。

 悪い犬たちが、どんどんいなくなっていくんですもの」


「犬……」

 カウンターの奥で夏菜が眉をひそめる。

「言い方えぐいな」



「でも」

 七緒はくるりと向きを変え、一琉だけを真っ直ぐ見つめた。

「まだ“しつけの出来ていない犬”が、

 生意気にもたてつこうとしているんです」


「……?」

 一琉はペンを置く。

「どういう意味かな」


「“爆轟閻魔”が動きます」

 七緒はさらりと言った。

「すぐに。狙われていますよ、一琉さんたち」


 その名に、空気がぴんと張り詰める。

 後ろのテーブルで、夏菜と鷹津が思わず顔を上げた。



「今、なんて?」

 夏菜が椅子を引く。

「“爆轟閻魔”って——暗夜會の地獄鬼か?」


「そうです」

 七緒はにっこり笑う。

「暗夜會最強、とよく言われてますね。

 夜叉天と正面からやり合って、唯一黒星がつかなかった人」


「……マジかよ」

 鷹津が息を呑む。

「狂輪会を“きれいに”片づけちゃったから」

 七緒はスクラップ帳の端を撫でる。

「舞台を荒らしたら、お片づけの人が来るのは当然でしょう?」



「……それを、なんでわざわざ教えてくれるの?」

 一琉は静かに問う。

 七緒は一瞬だけ黙り、ふっと微笑んだ。


「だって」

 胸元を両手で押さえる。

「一琉さんには、ちゃんと準備しておいてほしいんですもの」


「準備?」

「はいっ」

 いたずらっぽく目を細める。

「大きな“プレゼント”を用意してますから♡」


「プレゼント?」

 小さく囁く。

「一琉さんのための、大きな、大きな贈り物」


 夏菜が顔をしかめた。

「おい待て、それ絶対ロクでもねぇだろ」



「どうしてそんなこと知ってるの?」

 一琉は追いかけるように問いかける。

「暗夜會の内部のことだよね」


「秘密です♡」

 七緒はそれ以上は語らず、すっと一歩下がった。

「でも——」

 真剣な眼差しだけを残す。

「爆轟閻魔が本当に来るって、想定しておいてください。一琉さん」


「…………」

 一琉は短く頷いた。

「わかった。ありがとう、七緒くん」


「ふふっ」

 七緒は満足そうに笑い、くるりと背を向ける。

「では、次のプレゼントをご期待くださいませ、ご主人様♡」


 ドアベルが鳴る。

 七緒の姿が、夕暮れの商店街に消えていった。


 ◇


 路地の角を曲がったところで——

「おい」

 低い声が飛んだ。

 煙が、電柱の影にもたれていた。


「……つけてきてたんですか」

 七緒は足を止め、ゆっくり振り向く。

「ストーカーは感心しませんね、“狂犬”さん」


「バカにすんな」

 煙は舌打ちし、ポケットに手を突っ込んだまま睨む。

「オメー……ヤバいところに首突っ込んでんじゃねぇのか」


「なんです?」

 七緒はわざとらしく首を傾げる。

「心配、してくださるんですか?」



「……うるせぇ」

 煙は視線をそらす。

「心配ぐらい、してもいいだろ」


 七緒の表情が、一瞬固まる。

 胸のあたりを、そっと押さえた。

「……そんな風に言われたの、初めてです」


 むず痒そうに目を逸らす。

 頬が、わずかに赤い。


「でも安心してください。私は大丈夫」

 深呼吸して、いつもの笑顔を作る。

「だって——」

 瞳だけ、どこか危うい光を宿す。

「一琉さんが、私のご主人様になるんですから」



「……っ」

 煙は眉をひそめた。

 口の中に、うっすらと鉄の味が広がる。


「勝手なこと言ってんじゃ——」

「ふふっ、それではごきげんよう、“狂犬”さん」

 七緒はそれ以上聞かず、軽やかに背を向ける。

 路地に、足音だけが遠ざかっていった。


 煙はしばらくその背中を睨みつけていたが、やがて深くため息をつく。

「……マジで、ヤベぇとこにいんだろ、オメー」

 呟きだけが、夕闇に溶けた。


 ◇


 カノンに戻ると、テーブルではすでにプチ会議が始まっていた。

「爆轟閻魔……」

 梨々花がメモ帳を広げる。

「暗夜會の地獄鬼の異名。中国拳法の使い手だって噂よね」


「七緒クン、どう考えても暗夜會内部の人間だろ」

 夏菜が頭をかく。

「なんでわざわざ教えるんだ?」


「たぶん」

 一琉は、スクラップ帳をそっと閉じた。

「僕と仲良くなりたいから、だと思う」

 言いながら、自分でも苦笑する。


「今までのプレゼントと同じ延長線上、かな。ただ……」

 視線を伏せる。

「少しずつ変われたらって、思ってたけど。

 そんな余裕、ないのかもしれないね」


 梨々花が頭を抱える。

「めんどくさい感情の向け方すんなぁ、あの子……」



 一琉はスマホを取り出し、素早く画面を操作する。


 薫子。

 煌莉。

 連合のグループに、短い文章を打ち込んでいく。


 鷹津が腕を組む。

「いよいよ来る時が来たって感じね……」


「うわぁ〜……」

 梨々花は震えながらも、目を輝かせる。

「暗夜會の“閻魔”登場とか、取材しがいありすぎなんだけど……!」


「取材じゃなくて生存が第一だからね?」

 一琉は苦笑して釘を刺した。

 その背中を、煙が椅子に沈み込んだまま睨む。

「……守るってのも、ラクじゃねぇな」


「そうだね」

 一琉は、カウンター越しに笑った。

「でも、やるしかないでしょ」


「日常を守るって決めたのは、こっちなんだから」

 窓の外には、晩秋の夜。

 暗く沈む路地のどこかで、閻魔の気配が、静かに近づいてきていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ