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第87話 章エピローグ 伝説の夜と三勢力同盟 

 蛇喰峠の夜は、ようやく静けさを取り戻しつつあった。

 廃変電所の広場には、うめき声と、倒れた狂輪会のメンバーたちが転がっている。



 阿修羅號はエンジンを落とされ、白い軽トラの巨体が夜気の中で湯気を立てていた。

 夏菜は、そのバンパーにもたれ、ペットボトルの水をあおる。


「……んぐっ……ぷはぁ」

 喉に張りついた鉄臭い空気が、少しだけ流れた。


「お疲れ様」

 一琉が苦笑混じりに声をかける。

「今回は、さすがにヤバかったんじゃない?」


「まあな」

 夏菜は笑って、額の汗を手の甲で拭った。

「だが、ヘッドの前で、

 かっこわりいところは見せられねえってな」



 獣鬼は、鉄骨の影でぐったりと横たわっている。

 フルフェイスの割れ目から覗く顔は、意識を手放したままだ。

 周囲の狂輪会のメンバーも、誰一人として近づこうとしない。


「強さ至上だのなんだの言ってたくせに」

 鷹津が肩をすくめる。

「走りでも喧嘩でも負けて、最後は逃げ道もなし……か」


「“強い奴に従う”ってルールはな」

 煌莉が、阿修羅號のボンネットに腰を乗せて笑った。

「こうなったら、そのまんま全部返ってくるんや」


 狂輪会の幹部格も、誰一人として獣鬼を庇わない。

 見て見ぬふりを決め込む顔。

 完全に、神輿から降りてしまった目だ。


「……自分で踏みにじったんだよ、テメェの『強さ』って看板」

 夏菜は小さく呟いた。

「筋、通せなかった時点で終わってた」


 その言葉に、誰も反論しなかった。


 ◇


 夜が明ける少し前。

 蛇喰峠から少し離れた、古い倉庫街。


「絶対あるよねえ、って思ってたんだよねー」

 梨々花がスマホを片手に、ニヤニヤしながら呟く。

「盗品の隠し倉庫。狂輪会クラスなら、まず持ってると思ったもん」


「よく見つけたな」

 夏菜が感心したように倉庫を見回す。

 一琉が、隣でノートPCを閉じた。

「防犯カメラの死角と、ナンバー潰したバイクの目撃情報重ねたら……

 だいたい絞れちゃった」



 倉庫のシャッターは、すでにこじ開けられている。

 片隅には、警察署の掲示板で見たことのあるスクーターも混じっていた。


「こりゃまた……」

 鷹津が眉をひそめる。

「わかりやすい証拠だこと」


「ここまでは、ウチらの仕事や」

 煌莉が肩を鳴らす。

「こっから先は──」


「専門の人たちの担当、だね」

 一琉はスマホを取り出し、匿名通報アプリを開く。

 最低限の情報だけを打ち込み、送信ボタンを押す。

「……はい、“通りすがりの善良な市民”の仕事、おしまい」


「善良ねぇ」

 夏菜が肩をすくめる。

「ま、筋は通したか」


 盗まれた物は、正しい場所に戻す。

 それ以上のことには、踏み込まない。

 線引きだけは、きっちりやる。


 それが一琉のやり方だった。


 ◇


 数日後。


 蛇喰峠の狂輪会アジトに、制服姿の大人たちが大挙して押し寄せた——

 らしい、という話は、すぐに街に広まった。


 盗難車両の山。

 窃盗の証拠。

 走り屋界隈はもちろん、普通のニュースサイトですら小さく取り上げる。



「狂輪会、瓦解か……」

 カノンのカウンターで、その記事を見た鷹津が呟いた。

「ヘッドはどのみち、あのケガじゃしばらく動けねぇしな」


「“強さ至上”って看板掲げてた奴が、あのザマだったんだから」

 夏菜がストローをくわえたまま笑う。

「誰もついてかねぇよ」


「そうだね」

 一琉は、心の中でだけ続ける。

(だからこそ——あの夜、走りで勝っておいてよかった)


 喧嘩だけで潰したのなら、「数が多かった」「卑怯だった」と、

 いくらでも言い訳できる。


 あの蛇喰の夜は、走りで勝ち、筋を通したうえでの決着だった。

 だからこそ、伝説になる。



「にしても」

 梨々花がカウンター奥から顔を出した。

「“凪嵐十字軍+暴動鉄騎隊”連合って、字面だけでヤバいんだけど」


「勝手に連合にすんな」

 夏菜が苦笑する。


 扉のベルが鳴った。

 現れたのは、赤いスカーフの少女と、その後ろにぞろぞろと続く鉄騎隊の面々。

「来たでー」

 煌莉が片手を挙げた。


「うちの連中、ちゃんと菓子折り持ってきたからな」

 彼女の後ろでは、阿修羅號から降ろされた段ボール箱が積まれている。

 中身は、近所の和菓子屋の大福とどら焼きだ。


「……謝罪と、今後ともよろしくの挨拶や」

 煌莉は頭を下げた。

「ウチらのケンカに巻き込んでしもた分は、ちゃんとケジメつける」


「ケンカ売ってきたの、向こうだろ」

 夏菜が肩をすくめる。

「でも、そのケジメのつけ方は嫌いじゃないな」



「で?」

 カウンターの影から、紅茶の香りがふわりと立ち上る。

 エプロン姿の一琉が、笑って見せた。

「改めて、どうする?」


「決まっとるやろ」

 煌莉は満面の笑みを浮かべる。

「凪嵐十字軍と暴動鉄騎隊——」


 指を二本、机の上でコツンと合わせた。

「ここで正式に、肩並べさせてもらおか」


「……だそうだけど、ヘッド?」

 夏菜が一琉の方を見る。

「うちの“司令塔”の判断は?」


「やめとく理由、特に思いつかないけど」

 一琉は笑って、手を差し出した。

「よろしく、日暮煌莉さん」


「ウチもよろしくな、天凪一琉くん」

 小さな手と手が、しっかりと握られる。


 ◇


 そして数日後。


 三中・温室。

 薔薇乙女會の本拠地に、珍しく外部の客が並んでいた。


 凪嵐十字軍と、

 暴動鉄騎隊のヘッド。



「賑やかになりましたわね」

 一条薫子が、優雅に紅茶を注ぎながら微笑する。


「暗夜會と対立し続けた薔薇乙女會と」

 視線を一琉と夏菜に向ける。

「蜘蛛の巣会を潰し、蛇喰で獣鬼を倒した凪嵐十字軍」


 次に煌莉へ。

「そして、鉄騎の墓場から怪物を蘇らせた暴動鉄騎隊」


「へへ、言い方がカッコよすぎてむず痒いわ」

 煌莉が頭を掻く。

「でもまぁ、向こうさんも黙ってはおらんやろな」


「ええ」

 薫子はティーカップをソーサーに戻し、静かに言った。

「蛇喰で獣鬼は落ちました。ですが──」



「地獄鬼が、まだ動いておりません」


「……暗夜會最強の個人戦力、だっけ」

 一琉が小さく息を呑む。

 以前、名前だけは聞いていた。


「その配下、虚無詠劫ニヒリズムも」

 薫子の声が、わずかに低くなる。

「ただの別働隊ではありませんわ。あれは──

 単独で盤面をひっくり返しうる“穴”です」


 夏菜が眉をひそめた。

「一人の襲撃で?」

「ええ」

 薫子は頷く。

「こちらがどれだけ陣を整えても、“一点だけ”を潰しに来る。

 そこを起点に、全体を崩すのが地獄鬼と虚無詠劫の常套手段ですの」


 煌莉も、腕を組んだ。

「ウチらの鉄騎隊も、一度だけ別の峠で“痕跡”だけ嗅いだことあるわ」

 冗談抜きの顔だった。


「走っても暴れてもへし折れへん連中が、一晩で空気変えられとった。

 直接会いたないタイプやな、正直」



 薫子は皆を見回す。

「盤面が整ったと思った瞬間が、一番危ない。

 暗夜會は、そういう所を好んで突いてきます」


 一琉は、その言葉を胸の奥に刻んだ。

 (蜘蛛の巣会)

 (狂輪会)

 盤面を削り、こちらの陣を整えたつもりでいた。

 けれど向こうから見ればそれは、

 「狙いやすい形」に揃っただけなのかもしれない。



「——こちらも、盤面を整えておきましょう」

 薔薇乙女會の薔薇。

 凪嵐十字軍の十字。

 暴動鉄騎隊の祭車。

 三つの印が、同じテーブルを囲んでいる。


「凪嵐十字軍+薔薇乙女會+暴動鉄騎隊」

 わざわざロゴを作って持ち込んだ梨々花がノートを開く。

「暗夜會と全面抗争——って、見出しが立つわけだ」


「勝手に記事にしないで」

 一琉が苦笑する。


 それでも。

 不良界隈のどこかでは、すでに囁かれている。

 蜘蛛の巣会を潰し。

 獣鬼率いる狂輪会を沈めた連中がいる、と。

 あの蛇喰の夜は、もっと大げさな尾ひれをつけて語り継がれていくだろう。



「伝説とかどうとかは、後で勝手に盛られるとしてさ」

 夏菜はスプーンで紅茶をかき混ぜながら、ぽつりと言った。

「やることは単純だろ」


「そうだね」

 一琉は窓の外——秋の終わりかけの空を見上げる。

「日常を守って、筋を通して戦う」


 それだけだ。

 けれど、その「だけ」が一番むずかしい。


 薫子が微笑む。

「次の一手は薔薇乙女會で準備を進めていますわ」

 ——ふいに、真剣な表情に変わる。

「各々、襲撃にはお気を付けになって」


 暗夜會との全面抗争。

 その盤面は、静かに、しかし確実に整えられつつあった。

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