第84話 獣鬼戦③ 乱入、阿修羅號
廃変電所の広場は、いつのまにか囲まれていた。
入口では、V-MAXが横向きに陣取り、唯一の出入り口を塞いでいる。
鉄柵の影から、狂輪会のメンバーが次々と姿を現した。
「……やる気、満々ってわけだ」
夏菜はガンマから離れ、肩を回す。
一琉と静が背中合わせに立つように、自然と陣形を取った。
「走りだけ、ってわけにはいかないみたいだね」
一琉が苦笑する。
静は短く頷いた。
「……想定内」
V-MAXの上で、獣鬼がヘルメット越しに笑う。
ヘッドライトが、冷たい光で三人を照らす。
「走りの結果なんざ、どうでもいい」
低い声が、鉄骨に反響した。
「潰しゃ勝ちだ」
その言葉に、何人かの狂輪会メンバーが顔をしかめる。
「ヘッド……」
後方に立つ女幹部が、思わず声を漏らした。
短く刈り上げたサイドから、長いポニーテールが流れている。
蛇喰の運営を仕切っていた女だ。
「さすがに……走り勝負で、負けたあとでそれは……」
「黙ってろ」
獣鬼の一喝が飛ぶ。
「テメェらもだ」
周囲を睨みつける。
「今さら“走り屋の矜持”とかほざく面か? え?」
幹部たちの喉が、一斉に詰まった。
思い当たる節はいくつもある。
顔を隠してのバイク窃盗。
街中での恐喝。
ランク戦での罠仕込み。
今さら「正々堂々」なんて言葉を口にしたら、笑い話にもならない。
だから、誰も何も言えなかった。
「走りで勝とうが関係ねぇ」
獣鬼は続ける。
「最後に勝った奴だけが全部をもらう——それが狂輪会の掟だ!」
「……掟ねぇ」
夏菜が、鼻で笑った。
「テメェ、汚ぇ手ばっか使いやがったが」
ゆっくりと一歩、前に出る。
「テクは、本物だったよ」
獣鬼の肩が、わずかに揺れた。
「それは認めてやる」
夏菜は、真正面から見上げる。
「だからこそだ」
胸の前で拳を握る。
「自分のマシンも、腕も裏切るやり方だろ、それ」
「…………」
「それでもまだやるってのか」
広場の空気が、目に見えるほど揺らいだ。
周囲の狂輪会メンバーは、夏菜の言葉にほんの一瞬、及び腰になる。
まがりなりにも「走り屋」を名乗ってきた連中だ。
蛇喰峠という“舞台”に誇りを感じていた奴も、確かにいた。
その誇りごと、獣鬼は踏みにじろうとしている。
「……勝たなきゃ意味がねぇ!!」
獣鬼の怒号が、それを踏み潰した。
「勝った奴だけが正義なんだよ!」
「ヘッドが、そう言うなら……」
ポニーテールの女幹部が、顔を伏せる。
今さら逆らえない。
これまで一緒にやってきた悪事を、全部知っている女だ。
獣鬼に背けば、まずは自分が切り捨てられる。
他の幹部も同じだ。
走りの矜持よりも、目の前の恐怖が勝ってしまっている。
「囲め!」
獣鬼が叫ぶ。
「凪嵐十字軍はここで終わらせる!」
狂輪会のメンバーが、一斉に動いた。
廃変電所の広場が、一気に殺気で満たされる。
「……来る」
静が一琉の前に出る。
「下がって」
「うん、みんなもそろそろ来るはず」
一琉は、後ろ手でスマホを握りしめた。
狂輪会の想定外、暴動鉄騎隊とのつながり。
夏奈の実力による士気の低下。
(狂輪会の網を食い破れるか。
ここからは、みんなを信じよう)
◇
少し前。
鉄騎の墓場──暴動鉄騎隊のアジトでは、別のエンジンが唸っていた。
「これ、何人乗ってんのよ……?」
阿修羅號の荷台。
鷹津は、頭上の補強バーに掴まったまま、若干うんざりした声を漏らす。
「十何人はいるよね、これ」
「まだ余裕あるで」
隊員の一人が笑う。
「ロデオの時はドラム缶も積んでただろ?」
「比べる基準が狂ってんだよ」
油と汗と鉄の匂い。
荷台には、暴動鉄騎隊のメンバーがびっしり。
誰かは鉄パイプを肩に担ぎ、誰かはチェーンを巻き直している。
その真ん中あたりで——
煙が、ひどく不機嫌そうに膝を抱えていた。
「……狭い。臭い。最悪」
「ごちゃごちゃ抜かすな」
鷹津が容赦なくツッコんだ。
「ほら、もうちょい詰めろ」
「うるせ、触んな」
言葉とは裏腹に、煙は少しだけ体をずらす。
その様子を見て、隊員たちがクスクスと笑った。
「……これで峠まで行くのか」
鷹津が、小さくため息をつく。
「よく走るな、こんな積載で」
「おっ」
荷台の前方、キャビンとの仕切り越しに、煌莉の声が響く。
「連絡きたで、蛇喰の変電所。
——出撃や」
ドアの向こうで、キーが回る音。
「派手に突っ込んでやるで」
エンジンが、唸りを上げた。
「姐さんに任せとき!」
「信頼と不安が同時に来るんだけど」
鷹津が額を押さえる。
煙は目を細めた。
「……夏奈がやられてたら、殺す」
「誰を?」
「全部」
物騒なことをさらっと言う。
けれど、その言葉の芯は──
自分たちの“居場所”を壊されるのが、我慢ならない、ということだ。
阿修羅號のアイドリングが一段と太くなる。
「行くで、鉄騎隊」
煌莉の声と共に、軽トラの化け物は鉄騎の墓場を飛び出した。
◇
廃変電所。
獣鬼の拳が、夏菜へ振り下ろされようとした、その瞬間だった。
「──ッ!?」
誰かが、顔を上げる。
広場を囲む金網フェンス。
その向こう側の闇が、白く光った。
「あ……?」
次の瞬間。
爆音とともに、金網が内側に捲れ上がった。
火花。
白煙。
破れたフェンスの向こうから、白い車体が横滑りしながら現れる。
「軽トラ——!?」
誰かが悲鳴を上げた。
「あ、あれは……!」
阿修羅號だった。
工事用の林道から回り込み、そのまま金網ごと廃変電所に突入したのだ。
「こ、これがあの……!」
来ることを知っていた一琉でも動きが止まるほどのインパクト。
「邪魔するでえええ!!!」
荷台の上で、誰かが吠えた。
「カチコミやあああ!!」
ドリフトに移行した阿修羅號が広場を横切る。
荷台の補強バーに掴まっていた鉄騎隊メンバーが、一斉に飛び降りた。
「行けぇぇぇ!!」
鉄パイプ。
チェーン。
ブーツ。
鉄騎隊が、狂輪会の下っ端たちへなだれ込む。
「暴動鉄騎隊だ!!」
「なんで今更!クソォ!!」
叫び声が入り乱れた。
煙は、荷台の縁からほとんど飛ぶように地面へ降り立つ。
着地と同時に、目の前の狂輪会メンバーの顔面にストレートを叩き込んだ。
「ぐえっ!?」
昔の“狂犬”とは違う。
今の煙の動きは、必要な分だけ殴り、必要な分だけ倒す。
倒れた相手には、それ以上手を出さない。
それでも、その一撃一撃には、十分すぎる迫力があった。
「あ、慌てんな!!」
狂輪会の幹部が叫ぶ。
「こっちだって数揃えてんだろ!」
「質ってやつがちげえんだよな」
背後から、鷹津の声。
気づけば、別の方向から回り込んでいた鷹津が、
鉄パイプを肩に担いで立っていた。
「こっち見てろよ」
パイプが横薙ぎに振るわれる。
廃材の山を利用して、相手の背後から一撃で戦闘不能にしていく。
チェーンを振り回して突っ込んできた女の腕を、
“受け”で流し、そのまま肩口に頭突きをめり込ませる。
広場全体が、完全な乱戦になっていた。
その中で、阿修羅號はなおも暴れ続ける。
白煙を撒き散らしながら、ドリフトで敵を散らしていく。
「姐さん! あっち!!例のバイク!」
鉄騎隊の一人が叫んだ。
広場の端。
金網に立てかけられるようにして停められている、一台のバイク。
黒いタンクに、赤いメッシュ。
ZRX。
RZを壊した女幹部の愛機。
「見つけたでぇぇぇええ!!」
運転席の煌莉が、牙を剥いた。
アクセルが一段と踏み込まれる。
阿修羅號が横滑りしながらZRXへ突っ込んだ。
リアタイヤの軌跡が、ぐるりと円を描き──
そのまま、ZRXを金網に叩きつける。
「ぎゃああああっ!?」
フレームが歪み、ホイールが悲鳴を上げた。
「スクラップから蘇らせた鉄騎を」
ドアから飛び出し、地面へ降りる。
潰れたZRXの横に立っていた女幹部を、真正面から睨みつけた。
「スクラップに戻す権利があるんはな」
顎で、怒りに燃える目をしゃくる。
「ウチらだけや」
「ひっ……」
女幹部が一歩退いた。
だが、もう遅い。
「ウチのレクイエムを壊した代償」
赤いスカーフが、夜風に揺れる。
「ビタ一文、まからんでええええええ!!」
拳。
膝。
回し蹴り。
煌莉のコンビネーションが、一方的に叩き込まれる。
女幹部は、まともに反撃一つできないまま、アスファルトに沈んだ。
その姿を見やることもなく、煌莉はZRXに語りかけた。
「——堪忍やで。
…墓場に流れ着くようなら、また走らせたる」
その光景を見ていた鷹津が、ぽそりと呟いた。
「……これが、暴動鉄騎隊のケジメか」
広場のあちこちで、狂輪会の下っ端が次々に倒れていく。
凪嵐十字軍と暴動鉄騎隊が趨勢を握り、押し込んでいった。
ただ一人──
その渦の中心だけは、別だった。
V-MAXの横に降り立った獣鬼。
「……謀っていやがったな」
鉄騎隊が鉄パイプでガードした上から殴り飛ばし、
一撃で沈める。
その前に、夏菜が歩み出る。
「まあな」
肩を回し、足を軽く弾ませる。
「驚いてもらえたか?」
獣鬼の周りには、さすがに誰も近寄らなかった。
殺意に満ちたその姿に、鉄騎隊の連中も距離を取っている。
「獣鬼 vs 虎閃……」
誰かが呟く。
蛇喰峠の夜。
走りの決着の次は——
殴り合いの決着だった。
夏菜は、足を一歩前に出す。
獣鬼も、拳を握りしめる。
「行くぜ、ヘッド」
「来いよ、外様」
乱戦の喧騒を割って、二人の影がぶつかり合った。




