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第81話 幕間 阿修羅號ロデオ

 蛇喰峠のサバイバル戦と同じころ。

 暴動鉄騎隊ブードゥ・カーニバルのアジトは、いつもの喧噪を飲み込んだまま、妙に静かだった。


 廃工場の鉄骨。

 コンテナが積まれたヤード。

 水没車と事故車、色褪せたバイクのフレームが、闇の中で黙って積み上がっている。

 時々、阿修羅號のエンジン音がうなり、それが止むとまた、静けさが戻った。



「……静かだな」

 阿修羅號の横で、鷹津がぽつりと呟いた。


「……落ち着かねぇ」

 コンテナの縁に腰を下ろしながら、煙がぼそっと言った。

「今頃夏菜も、あの蛇喰で暴れてる」


 梨々花はノートとペンを抱えたまま、空を仰ぐ。

「“蛇喰峠、血と排気音の夜”……

 現場にいけねーのが情報屋としては辛いわけ」


「お前、記事にする気満々じゃねーか」

 鷹津が呆れたように言う。



 阿修羅號は工場横の空きスペースに停められていた。

 ハヤブサ系エンジンがぶち抜きで搭載されている軽トラの化け物。

 白地に血のような赤ラインをまとった外観。

 荷台にはロールバーが組まれ、キャビンの前には無骨なカウキャッチャー。


 その周りを、暴動鉄騎隊の隊員たちがうろうろしていた。

「……手持ち無沙汰になるのも落ち着かねぇな」

 誰かが口にする。

「峠の様子を想像してると、ソワソワしてくる」


「だからって、ここで腕組んで突っ立ってんのも性に合わねぇ」

 そんな空気が、じわじわと積もっていく。



「——ほな」

 そこで、日暮 煌莉がぽん、と手を叩いた。

「阿修羅號の調子、もう一回見とこか」


「……調子?」

 煙が顔を上げる。


「峠で本番ぶちかます前にやな」

 煌莉はニヤリと笑った。


「本番で荷台から振り落とされてもかなわんからな」

 指先で阿修羅號の荷台をコンコンと叩く。

「乗っときや」


「……嫌な予感しかしねえ」

 煙が眉をひそめた。


「それ、つまり」

 鷹津が半眼になって問う。

「いつもの“バカ遊び”ってことか?」


「バカとは何や」

 煌莉は肩をすくめる。

「阿修羅號ロデオや」



 その一言に、隊員たちが一斉に歓声を上げた。

「出たーっ!」

「姐さんのロデオ来たぁ!」

「あれマジで死ぬほど怖いけど、クセになるんだよな!」


「バカばっかりだこいつら……」

 鷹津は頭を抱えた。



 ◇



 阿修羅號のエンジンが咆哮する。

 廃駐車場スペースに、低い震えが広がった。


「ルールはいつも通りな」

 煌莉が運転席に乗り込みながら言う。

「荷台に立って、バー掴む」

「ウチが8の字とドリフトで暴れる」

「最後まで落ちずに立っとった奴の勝ち」


「名前は──荷台ロデオや」

 なんのひねりもないネーミングに、煙が小さく吹き出した。


 鷹津が呆れ混じりに言う。

「峠の決戦前に、なんで軽トラでロデオやらなきゃいけねぇんだ」


「本番のカチコミで、荷台から吹っ飛んだらシャレならんやろ」

 煌莉は真顔で返した。

「今のうちに、自分の限界知っとき。

 ロデオはトレーニングみたいなもんや」



「トレーニングってレベルじゃ──」

「いや、鷹津さんでしょ」

「ガチ武闘派の凪嵐十字軍! 体幹、見せてもらおうじゃねえか!」


「バカじゃないの」

 鷹津は額に手を当てた。

「なんでこうなるかな……」


「怖いんか?」

 煌莉がニヤニヤしながら煽る。

「暴動鉄騎隊のロデオ程度で?」


「怖くはねぇよ」

 鷹津はため息をついた。

「ただ、バカだって言ってんの」



 そう言いながらも、荷台にひらりと飛び乗る。

 補強バーを握りしめ、足幅を少し広げた。

「いつでもどうぞ」


「おお、立ち姿がもう違ぇな」

「さすが武闘派」

 隊員たちが口々に感心する。


 煙は少し離れたところで腕を組み、その様子を眺めていた。

「……あいつ、こういうの向いてやがる」


「じゃ、行くでー!」

 煌莉が叫ぶ。


 阿修羅號のタイヤが悲鳴を上げ、白煙を巻き上げた。



 ◇



 白煙が舞い、タイヤが地面を削る。

 荷台が、左右に暴れる。

 8の字に切られるタイヤ痕。

 フル加速から、急激なブレーキ。

 ドリフトに合わせて、荷台も横滑りする。


「うおっ──」

 普通なら、数秒で振り落とされる“ロデオ”。

 だが、鷹津の身体はほとんどブレなかった。

 膝を軽く曲げ、路面の凹凸と荷台の揺れに合わせて重心を微妙に調整する。


 夏休み、埠頭の漁船で掴んだ感覚——

 そして戻ってからも、毎日積んできた鍛錬が表れていた。



「……マジかよ」

「全然揺れてねぇ」

「バランスお化けか?」

 隊員たちが口々に騒ぐ。


 梨々花はノートに必死で何かを書き込んでいた。

「“暴動鉄騎隊ロデオ試験、凪嵐十字軍の実務担当は阿修羅號でも——」


「何レポートしてんだお前は」

 煙が呆れたように言う。



 阿修羅號は8の字を描き、わざと路面の荒れたところを踏んで跳ねる。

「鷹津、どうや!?」

 少しスピードを落としながら、煌莉が叫ぶ。


「……まあ」

 鷹津は息を弾ませつつも、肩で笑った。

「ヘタな路地裏の乱闘よりは楽だな」


「うぉおおお、カッケェ!」

「さっすが戦闘派……!」

 隊員たちが歓声を上げる。


 ロデオが終わり、阿修羅號が停まる。

 荷台から飛び降りた鷹津に、寄り付く。


「今度は一緒に荷台乗ってくださいよ!」

「カチコミの時は俺らの盾になってくださいよ!」


「お前ら軽トラを戦車かなんかと勘違いしてねぇか?」

 鷹津は苦笑しながらも、律儀に返答する。



「……次は」

 誰かが、意味ありげに煙の方を見る。


「……絶対嫌だ」

 瞬間、煙が手を払う。

「あほらしいってんだよ……」


「怖いのか?」

 鷹津が、わざとらしく首を傾げる。

「……んだと?」


「峠の乱戦で、トラックの荷台に飛び乗ること、ないとは言い切れねぇ」

 鷹津は淡々と言う。

「ここで体験しとくか、本番でいきなり吹っ飛ぶか。選べ」



「ぐ……」

 煙は奥歯を噛んだ。

「ずりぃ……そういう言い方……」


「意外と面白かったぜ。

 やってみろって」

「……一回だけだ!」

 荷台に白い影が飛び乗った。


 隊員たちから、一斉に歓声が上がる。

 梨々花はすでにスマホを構えていた。

「“阿修羅號に乗る狂犬、その眼に宿るのは恐怖か、それとも──?”」



 ◇



 煙が荷台に乗った。

「クソ、車なんてほとんど乗ったことねえ…」

 バーを掴む手が、ほんの少しだけ強張っている。


「いけるいける!」

 隊員たちが無責任に煽る。

「姐さん、ちょっと強めで!」


「了解〜」

 煌莉の声は、やけに楽しそうだった。


「ほな——」

 アクセルが開かれる。

 ハヤブサ由来の化け物エンジンが、夜のアジトで咆哮を上げた。


「うお、おおおおおっ!?」

 荷台が、一気に横へ振られる。

 煙の身体が遅れて引っ張られ、足元が滑る。



「………ッッ!!」

 悲鳴とも怒鳴りともつかない声が響く。


 8の字。

 急制動。

 半円ドリフト。

 鷹津の時より、明らかにスライド角が深い。


「おい姐さん、さっきより荒くね!?」

「気のせいやろ!」

 煌莉は笑いながらステアリングを切る。


 荷台の上で、煙は必死にバーにしがみついていた。

 体幹は悪くない。

 だが、阿修羅號の暴れ方が常識の外側だ。



「お、おち、おち——」

「落ちねぇ!!」

 鷹津が横から叫ぶ。

「頑張れよ!!狂犬!」

「うるせぇぇぇぇ!!」


 数十秒。

 煙は、信じられないほどしぶとく耐えた。

 膝をがくがく言わせながらも、どうにかバーから手を離さない。


「おお、粘る!」

「狂犬の名は伊達じゃねえ!」

 隊員たちが口々に叫ぶ。



 だが——

 最後の一発。

 煌莉が軽くニヤリと笑った。

「ほな、オマケや」


 阿修羅號のリアが、一瞬だけ舗装の切れ目を拾う。

 縦と横の揺れが重なった。


「──っ!」

 煙の足が、一瞬だけ浮く。

 次の瞬間、荷台の縁が彼女のスネをかすめた。


「わっぷぁ!?」

 体勢を立て直す暇もなく、煙の身体は前方に投げ出された。



「あ」

 梨々花の呟き。


「あぁー!」

 隊員たちの声が漏れる。

 砂埃が、夜の空気に舞った。


「ぐはっ!!」

 阿修羅號の前方、砂利だらけの地面に、煙が見事なダイブを決めていた。

 顔から、肩から、髪の毛まで砂まみれ。


「わははははは!!」

 隊員たちが一斉に吹き出した。


 梨々花は容赦なくシャッターを切る。

「“狂犬、阿修羅號に敗れる──砂と笑いにまみれた夜”……完璧」


 鷹津は、腹を抱えて笑っていた。

「よく頑張ったよ」

 背中をぽん、と叩く。

「三十秒以上耐える奴、そうそういねぇってよ」


「……うるせぇ」

 煙は顔中の砂をぬぐいながら、そっぽを向いた。

 だが、その口元は、ほんの少しだけ笑っている。



 ロデオは、しばらくの間続いた。

 鉄騎隊の隊員たちも次々と挑み、成功と失敗と爆笑。

 阿修羅號のエンジンは、何度も回されながらも、その度に元気な咆哮を返していた。



 煌莉は運転席から降りると、ボンネットに手を置いた。

「……こいつも滾っとるで」

 エンジンの熱を掌で受け止める。


「調子は、過去最高や」

 阿修羅號のエンジン音が、低く、しかし嬉しそうに唸った気がした。


 梨々花はその横で、ペンを走らせる。

「“この軽トラで本気でカチコミかけるのね……! 

 阿修羅號も怒りの炎に燃えているようだった——と!”」


「……脚色が過ぎる」

 鷹津が苦笑する。



 笑いと砂埃の中で、少しずつ空気が落ち着いていく。

 そこでふいに、誰かがぽつりと言った。


「近江さんも、今頃暴れてるだろうな」

 その一言で、場が静まった。


 笑い声が、すっと引いていく。

 煌莉は夜空を見上げた。

 蛇喰峠の方角。


「……せやな」

 短く呟く。

「夏菜が、本気出しとる」



 阿修羅號のエンジン音が、低く共鳴する。

 暴動鉄騎隊のアジトに、再び緊張感が戻ってきた。


 ——次に阿修羅號が走り出す時。

 それは遊びではなく、本当の「暴動」の時間になる。

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