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第80話 廃変電所の包囲網

 サバイバル戦は、まさにその名の通りだった。


 ブレーキランプのフェイント。

 幅寄せ。

 ラインブロック。

 狂輪会のメンバーたちは、持てる手札を惜しみなく使って夏菜を落とそうとする。



 だが、そのたびに。

 昼の下見で見た光景と、記憶の中の峠の地図が、夏菜の頭の中で重なっていく。


「次、左のブラインド──」

 ミラーに映る、後続の影。

「ここで減速したら、後ろから突っ込んでくる」


 なら、減速しない。

「インの縁いっぱいを使う──!」


 火花が散る。

 ガードレールすれすれを通過する。

 有象無象は、そのたびに自爆していく。



 インを割り。

 アウトから差し返し。

 立ち上がりで加速。

 一台、また一台。


「外様・虎閃、ランク外の連中をすべて置き去りにしたぁ!!」

 MCの声が裏返る。

「現在、蛇喰サバイバル戦──残り三台!」


「ラストバトルだ!」

 ギャラリーのざわめきが、歓声と悲鳴に変わる。


 ◇


 残り二台の狂輪会ライダーが、前方で競り合っていた。

 右と左。

 ひとつのS字を抜けるたびに、順位を入れ替える。


 夏菜が近づいてきたことに気づくと、二人は目配せを交わした。

「挟むぞ!」

「了解!」

 たとえ競り合おうとも、

 外敵を排除するためには団結するのが狂輪会だった。



 次の右コーナー。

 ひとりがイン側へ。

 もうひとりがアウト側へ。

 夏菜のガンマを、その間に挟み込むようにラインを描いてくる。


「ここで終わりだ!」

 声が飛ぶ。

 インからは、体をぶつけるようにラインを絞ってくる。

 アウトからは、スレスレの幅寄せ。

 小さなミスでもすれば、そのまま三台まとめて谷へ落ちかねない。


「……馬鹿が」

 夏菜は、ステップから片足を外した。



 タイミングは一瞬。

 右側のライダーが、体を寄せてきた瞬間。

 体をイン寄りに預けたまま、外側の足を伸ばす。

 ガンマの側面から繰り出された足が、相手のタンクを横から捉えた。


「ぐっ……!」

 右側のバイクが、一瞬でバランスを崩す。

 ハンドルがぶれ、ライトが激しく揺れる。


「もらった!」

 夏菜は、その隙を逃さなかった。

 アウト側のライダーが、崩れた相棒を避けようとラインを開く。


 そのギャップ。

 ほんの一瞬だけ開いた、細い細い隙間。

 そこに、ガンマの鼻先をねじ込んだ。



「パパパパァァァーーン!」

 エンジンが吠える。

 イン側の崩れたライダーをかわし、アウト側を抜き、三台の中で最も前へ。


「二台まとめて抜き去ったぁ!!」

 MCの悲鳴みたいな叫び。

「先頭だ! 先頭に出たぞ!!」



 最後のストレート。

 ガンマが、蛇喰峠の闇を切り裂くように駆け抜ける。


 後ろから怒号。

 呻き。

 罵声。

 全部、エンジン音の中にかき消えていった。


 ゴールラインが、ライトの先に浮かぶ。

 廃変電所の入口に引かれた白線。

 夏菜は、ほんの少しだけアクセルを抜き、

 姿勢を崩さないようにしてそこを通過した。



「——チェッカーフラッグ!!」

 ギャラリーのひとりが、即席の旗を振る。


「……トップだ!」

「外様が……!」

「狂輪会のサバイバルで勝ち残りやがった!!」

 歓声が爆発する。

「すげーぞあいつ!!」

「旧車であんな戦えるの!!?」

「いやもう、外様って呼んでいいのかコレ!」



 広場にガンマを停める。呼吸が荒い。

 汗が額に張り付き、頬には紅潮。

「っはー……」

 大きく息を吐き、ハンドルに額を預ける。


 狂輪会の掟。

 サバイバルを勝ち抜いた者は、ヘッドへの挑戦権を得る。


 ——深呼吸をひとつ、ガンマのエンジンが静まった。

 夏菜は汗で濡れた額を乱暴にかき上げた。


「……次は」

 乾いた舌打ちのように、ぽつりと呟く。

「獣鬼だな」



 蛇喰峠の夜が、静かに次の戦いの気配で満たされる。

 だが——

 その空気は、歓声の熱気とは別の、冷たい何かを孕んでいた。


「……上等だよ」

 女幹部は、歯噛みするようにして夏菜を見据えていた。

 かろうじて絞り出した声は、わずかに震えていた。



 ◇



 一通り歓声が爆発しきった後、

 変電所の空気が、妙に静かになった。

 さっきまでの騒ぎが嘘のように、

 狂輪会の構成員たちが無言でギャラリーを帰らせ始めている。



「ギャラリーは解散解散!!

 帰り道、気をつけてな!」

 MCの空気感も明らかに変わっている。


「今日はここまでだ!」

 仕切り役の女幹部が叫ぶ。

「外様の乱入ショーも見れたろ!

 あとは狂輪会の“内輪”だ、帰れ!!」

 不満げな声を上げながらも、ギャラリーたちは徐々に単車に跨がり、

 蛇喰峠を下っていく。



 残されたのは——

 狂輪会のコアメンバーたちと、夏菜。

 そして鉄柵の外側にいる、一琉と静。


「……あからさまだね」

 一琉は、静かに息を吐いた。


 スクリーンはすでに消されている。

 ドローンも引き上げられ、カメラマンたちは機材を片付け始めていた。


「“ショー”は終わり」

 静が言う。

「ここからは、“仕事”」



 廃変電所の周り。

 先ほどまで気にならなかった鉄柵が、今は妙に高く感じられる。

 などと観察していると、その影から、人の気配がぽつぽつと現れ始めた。


 暗い柵の向こう。

 バイクのない、徒歩の影。

 ジャージ姿。

 作業着姿。

 その手には、鉄パイプのようなものや、バットのようなものが握られている。


「……潜ませてたか」

 一琉は、ポケットの中でスマホを握り込んだ。


 蛇喰峠のスタート&ゴール地点は、山の中にぽつんとある廃施設。

 外界とつながる道は、峠の上り下りと、

 工事用に使われていたという細い林道だけだ。

 その全てが、今は狂輪会の人間によって押さえられつつある。



「夏菜」

 インカム越しに声を送る。

『……分かってる』

 ガンマの上で、夏菜が軽く首を回した。


 周囲を囲む視線。

 狂輪会の幹部たち。

 たった今までランク戦を仕切っていた女幹部も、その一人だ。


「おめでとう」

 ポニーテールを揺らしながら、彼女が前に出る。

「外様にしては、上出来だよ」

 口元は笑っている。

 目は笑っていない。


「掟通り——」

 彼女は指を鳴らした。

「ヘッドへの挑戦権、やるよ」



「……本当に?」

 一琉は、鉄柵越しにそのやりとりを見ていた。

 周囲の狂輪会メンバーたちが、クツクツと笑う。


 その一部は、いつのまにか鉄柵の外にも回り込んでいた。

 静は、その気配に合わせて一歩前に出た。


「……囲んでる」

 短い言葉に、一琉は頷く。

「うん」



(これは、走りだけで終わらせる気がない)

 サバイバル戦は、あくまで「ショー」だった。

 その後に待つのは、暗夜會流の「仕事」。


 暴動鉄騎隊を“暴走集団”として公に叩くための、舞台装置。

 今夜の蛇喰峠は、そのための録画スタジオでもある。

 狂輪会の誰かが、カメラを片付けるふりをしながら、

 スマホを構えているのが見えた。



(暴動鉄騎隊が来ないなら、代わりに凪嵐十字軍。

 ここで潰してしまえば暗夜會での地位は盤石)

 そんな思惑が、透けて見えた。


「……一琉クン」

 静が小さく呼ぶ。

「うん」

 一琉は、ポケットの中でスマホの画面を素早く操作する。



「……走りで決着つける」

 夏菜は、ガンマのハンドルを握り直していた。

 その背中を見つめながら。

 一琉もまた、自分のやるべきことを選び取る。


 峠の上と下。

 それぞれの「戦場」で。

 凪嵐十字軍と暴動鉄騎隊の夜が、さらに深く、濃くうねり始めていた。

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