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第8話 筋の通し方

翌朝の桜坂中、転校二日目の朝。


春の風が、昇降口のガラスをかすかに揺らしている。

登校する生徒たちの笑い声の中、天凪一琉は静かに教室前の廊下を歩いていた。



昨日の出来事――鷹津と夏奈の衝突、そして自分が放った言葉。

どのような波紋を起こすのか、それはわからない。


けれど、不思議と怖くはなかった。

むしろ心のどこかが、軽くなっていた。


(……あの夜に、アカネさんが言ってた話。

もしかしたら、こういうことなのかもしれない)


そう思いながら、教室の前に立つ。

ドアに手をかけた瞬間――視界の端に、ひとりの影が入った。



壁にもたれて腕を組む少女。

腕を組み、伏し目がち。


気配に気づくと、ぎ、と顔を上げる。


鷹津だった。


制服の汚れが痛々しい。

だが、立っている姿は不思議と凛としていた。


刹那、昨日の刺すような光が宿る。

だが次の瞬間、彼女は深々と頭を下げた。


「……昨日のこと、悪かったわね」


その声は小さく、けれど確かに届いた。

一琉は目を瞬き、すぐに微笑んだ。


「ううん、いいよ」


言葉はやわらかい。

でも、その瞳の奥には、芯のような光があった。


「でも……鷹津さんに傷つけられた人のことも、ちゃんと考えてあげて。

それが、“筋”だと思うから」


鷹津は目を見開く。

小さく息を呑み、ゆっくり頷いた。



一琉は微笑みを残して、教室へ入っていく。


廊下に残された鷹津は、壁に手をつき、深く息を吐いた。


「……スジ、ねぇ」


その言葉を噛みしめるように呟いた。



次の日の午前の授業まで、鷹津は姿を見せなかった。

昼休み、教室のドアが開く。


鷹津が立っていた。


その顔にはいくつか新しいあざが増え、

制服も少し汚れている。


だが、その瞳は澄んでいた。



教室が一瞬ざわめく。


彼女はまっすぐ一琉の机まで歩いてくると、立ち止まった。

全員の視線が集まる中、はっきりと言った。


「……今まで迷惑かけた子たちには、全部謝った。

金も返した。それで……その……」


夏奈が頬杖をつきながら、にやりと笑う。

「へぇ……ケジメつけてきたんだ」


一琉は立ち上がり、まっすぐ目を見る。

「……ありがとう。痛かったでしょ」


「べ、別に……!」

鷹津が頬を赤らめ、そっぽを向く。


一琉はふっと笑った。

「そっか」


少しの間があって、

彼は自然な声で続けた。


「……じゃあ、近江さんたちと屋上でご飯食べるけど、来る?」


その一言に、鷹津は目を丸くした。

「……は?」


「一緒に食べようよ」


鷹津は驚いたように目を見開き、すぐに伏せて、小さく頷いた。

後方で様子を見ていた梨々花が、苦笑を隠さずに呟く。


その様子を見ていた梨々花が、ため息まじりに笑った。


「わぉ……これはニュースかも。」



屋上へと続く階段を上る途中。

静かな廊下の角に、ひとつの影があった。


制服の上に羽織ったパーカー。

そのポケットに手を突っ込み、柱にもたれかかる少女。

鋭い目が、上っていく三人の背中を追っていた。


その目が、一琉の背中を、

そしてそのすぐ後ろを歩く鷹津へと移る。


何かを言いかけて、唇が動く。

だが、音にはならなかった。


影は視線をそらし、踵を返す。

風のように、気配を残さず歩き去った。



屋上のドアが開く。

春風が髪をゆらし、青空が広がる。



夏奈はベンチにどかっと腰掛け、パンの袋を開けた。

梨々花はスマホで何かを打ちながら、

スケッチブックを取り出してさらさらとペンを走らせる。


鷹津は少し離れて座り、膝の上のコンビニ弁当を前にぎこちなく箸を握っていた。



夏奈が口をもぐもぐさせながら、にやりと笑った。

「なーに緊張してんだよ、鷹津。顔、真っ赤じゃねーか」


「……う、うるせぇな……!」


一琉は、そんな二人を見ながらやわらかく微笑んだ。



「鷹津さん、無理しなくていいからね」

その声に、鷹津の手が一瞬止まり、

俯きながら小さく呟く。


「……別に無理なんか、してないし」


春風が吹き抜け、新聞紙がめくれる音がした。

梨々花が顔を上げ、笑いながら言う。


「今日のニュースタイトルは決まりね。

“転校生、三日目にしてクラスのこわーい不良を陥落!”」


「やめてよ……」と一琉が笑い、

鷹津が箸を掲げて「ふざけんな!」と叫ぶ。



屋上に笑い声が広がった。

空を見上げると、青い空がどこまでも高い。

青の底で、雲がゆっくり形を変えていく。



(……なんだか、悪くないな)


一琉は胸の奥で小さく呟いた。

誰も“筋の通し方”を教えてくれなかったあの世界とは違う。


今の自分は――自分の足で、立てている気がした。

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