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第77話 蛇喰峠

 蛇喰峠じゃばみとうげ


 煌莉と出会った、あの穏やかなループとは別の山。

 その名前を聞いただけで、走り屋界隈では眉をひそめるやつが多い。


 狂輪会がナワバリにしている峠。

 地図で見ると、細長いS字が幾つも噛み合って、まるで蛇が獲物に噛みついているような線を描く峠道だ。


「え、昼間に行くの?」

 梨々花が不安そうに声を上げる。

「怖い人出てこない?」


「昼は連中も出てこねぇよ」

 夏菜が即答する。

「その代わり、“仕掛け”だけは残してあるかもな」

 その言葉に空気が少しだけ冷えた。



 昼下がり。

 紅葉に包まれた山道へ、旧車と原付が流れ込んでいく。


 先頭は夏菜のガンマ。

 その少し後ろに一琉のゼファー、その横を静のカタナが静かに滑っていく。

 さらに少し離れて、鷹津と梨々花の原付。

 煙は後ろではなく、暴動鉄騎隊側と合流するため、別行動だ。


「峠を初見は無謀だ」

 夏菜が、ガンマのハンドル越しに言った。

「一発勝負とはいえ、下見ぐらいはしておくさ」



 蛇喰峠は、紅葉の盛りだった。

 斜面を覆う木々は赤や橙や黄色で染まり、

 谷を覗けば、風に舞う落ち葉がきらきらと光っている。


 一見すれば、ただの美しい秋の峠。

 けれど、どこか不穏な気配が混ざっている気がした。


 夏菜は速度を抑えめに、峠を登っていく。

 ブレーキを早めにかけ、ギアを落とし、

 ひとつひとつのコーナーを確かめるように抜けていく。


 一琉も、前を走るガンマのラインを追いながら、

 目に入る情報を必死で刻んでいた。

 静のカタナは、その少し後ろから淡々とついていく。

 何も言わないが、視線は常に路面とガードレールの位置を測っている。



 しばらく登ったところで、夏菜が左手を挙げた。

『一回、止まるぞ』

 路肩の少し広くなった場所にバイクを寄せ、スタンドを立てる。


 エンジン音が消えると、代わりに風で舞う落ち葉の音が耳に入ってきた。

「……ここだな」

 夏菜はガンマから降りると、路面にしゃがみ込んだ。


「ここ?」

 梨々花もヘルメットをずらして覗き込む。

 何の変哲もない、ヘアピンコーナー手前のアウト側。


「昨日、雨降っただろ」

 夏菜が指でアスファルトをなぞる。

「濡れ落ち葉だらけになるはずなのに、

 ところどころ路面が露骨に乾いてる」


「誰かが掃除してるってこと?」

 鷹津が尋ねる。

「だな」

 夏菜は立ち上がり、コーナーの先を見やった。


「狂輪会のシマだ。落ち葉はちゃんと掃いてある」

 指さした先、クリッピングポイント付近は、

 驚くほどきれいに落ち葉が払われていた。



「……だが」

 夏菜は足元のアウト側を軽く蹴る。

「“あえて残してる”場所がある」


 そこには、周囲より明らかに多くの落ち葉が積もっていた。

「ヘアピン手前のアウト側……」

 一琉が呟く。


「ここだ」

 夏菜は、コーナー全体を見渡しながら言った。

「アウトインアウトを素直にやる奴は、最初にここを通る」


「落ち葉多いけど……たまたまじゃ?」

 梨々花が首を傾げる。


「いや、わざとだ」

 夏菜は即答した。

「ここを踏んでるときに減速すれば――」

 彼女は、自分の靴の下で落ち葉を踏みしだきながら、斜面を指した。

「スリップだ」



 静が、無言で頷く。

「……タイヤ痕が斜めに走っている」

 そう言って、アウト側のガードレールの少し手前を指さした。

 薄く黒いラインが、斜めに路面を横切っている。


「何人か、やられてる」

 想像が、嫌でも浮かんだ。

 ここでスリップし、車体を立て直せず、ガードレールに突っ込む姿。


「普段はちゃんと掃いておいて、ランキング戦のときだけ、ここだけ掃かない」

 鷹津が低く言う。

「挑戦者は知らない」

 一琉が続ける。

「仕掛ける側だけが知ってる」


「そういうこと」

 夏菜は口元を歪めた。

「知らなきゃ死ぬ。知ってりゃ勝てる」




 その先にも、罠はあった。

 少し進んだ先の、ストレート気味の区間。


 夏菜は、走ってきたラインを空中に指でなぞりながら説明する。

「ここは、ちょい長めのストレートから、ゆるい右カーブ」


「並走になることが多いだろうな」

 路面を指差す。

「幅寄せで押し出せるポイントに、都合よく落ち葉だ」


 外側の白線のすぐ外。

 さっきと同じように、そこだけ落ち葉が厚く積もっている。


「相手が外に逃げたら……」

 夏菜は、ガードレールの向こうをちらりと見る。

「ここで終わりだ」


「……最低」

 梨々花が小さく吐き捨てる。

「ここもタイヤ痕がある」

 静がぽつりと言った。

 確かに、白線の外側から斜めにガードレールへ向かう黒い線が、いくつか重なっている。



「つまり」

 一琉はゆっくり息を吸った。

「仕掛ける側はここを知ってる前提で走ってるってこと?」


「そういうこと」

 夏菜の瞳に、微かに炎が灯る。

「フェアな“勝負”の顔して、こっそり罠仕込んで、“ランキング”とか抜かしてる」


「腐った体育会系だな」

 鷹津が眉をひそめる。

「実績と数字が全て。中身はどうでもいい」


「……覚えとけ」

 夏菜は二つのポイントを交互に見やった。

「ここで“仕掛け返す”」


「仕掛け返す?」

 梨々花が聞き返すと、夏菜はいたずらっぽく笑った。

「腐った体育会系には、

 礼儀ってもんを教えてやらねーとな」



 追加で何週か走りこんだ後、

 蛇喰峠を、一度ゆっくりと下りきる。

 下見は終わった。

 あとは、夜を待つだけだ。


 ◇


 日が落ちきる少し前。

 蛇喰峠のふもとには、いつもとは違う空気が満ちていた。

 夏菜、一琉、静の三人は、それぞれの愛機にまたがりながら、

 薄暗くなりはじめた山道を見上げる。


「鷹津と煙は?」

「暴動鉄騎隊と一緒に、アジトで待機」

 一琉が答える。

「阿修羅號も、いつでも動けるようにしておくってさ」


 夏菜はガンマのもとに戻り、タンクを軽く叩いた。

「狂輪会の仕込み、全部見切ってやる」

 2ストの乾いた音が紅葉の峠に響く。


「罠ごとまとめて——ぶち抜いてな」


 その横で、ゼファーとカタナもエンジンをかけた。

 ガンマ、ゼファー、カタナが、再び蛇喰峠へと走り出す。

 すでに、山の上からはエンジン音と歓声がかすかに聞こえてきていた。


 狂輪会のたまり場——ランキング戦会場へ。

 その夜、蛇喰峠は、いつも以上に騒がしい「祭り」の舞台になろうとしていた。

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