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第76話 スクラップ上がりの鎮魂歌

 壊れたRZの横に、煌莉がしゃがみ込む。


「ウチ、ちっちゃい頃はな」

 頭上には、さっきまで赤かった空が、群青に変わり始めている。

「本気でレーサーなるつもりやってん」

 鷹津が目を丸くする。

「レーサー?」



 煌莉は笑った。

「こんな背丈やし、体重も軽い。カート乗せてもらったら、よう走る走る。

 コーナー一個抜けるたびに、大人らが『おおー』って笑ってくれてな」


 声に、かすかな懐かしさが混じる。

「腕も、ちょっとはあったと思うで? でもな」

 指で地面の小石をつまみ、ぽいと放る。


「モータースポーツって、そういうもんやないやろ?」

 梨々花が、息を呑む音を立てた。

「……資金、コネ、スポンサー」


「せや」

 煌莉は苦笑する。

「家も普通。親も普通。後ろ盾もなんもない。

 ウチがどんだけタイム削っても、その横で、親が社長やとか、

 スポンサーついてる子が、ちょっとタイム出しただけで、全部持っていきよる」


 静かに続ける。

「モータースポーツってそういうもんやし、しゃーないって。

 自分に言い聞かせた」



「せやけどな」

 胸元を握りしめる。

「心のほうは、すっからかんやった」


 走る理由を、失った。

「そんときや」

 煌莉は、目の端を指で拭いながら笑う。


「子分らがな、

 『姐さん、墓場に原付があった! 直してみようぜ』

 って言いよったんは」

「鉄騎の墓場か」

 夏菜が呟く。


「最初はチェーン切れとオイル漏れくらいやったわ」

 煌莉は手を広げた。

「錆びたチェーン変えて、ガソリン抜いて、プラグ磨いて」



 メイが横から「懐かしいな」と笑う。

「そんでキックしたら、いきなり『ババババッ』ってかかってよ」

 目を細める。

「エンジンかかった瞬間、みんな一斉に叫んだな」


 彼女自身の声が、当時をなぞる。

「ボロボロの原付が、ブオーンって動いて、墓場の中ぐるっと一周したんや。

 あの光景、今でも忘れられん」


 スクラップが、生き返る。

「その瞬間な」

 煌莉は、自分の胸を指さした。


「ウチも、いつまでもスクラップではいられん、ってな」



 その言葉に、鉄騎隊の仲間たちが、どこか誇らしげに頷く。

「そっからや。メイが本気でメカ勉強し出して、

 サービスマニュアル集めて、ネットで先人のブログ漁って……

 鉄騎隊の名前もそのへんで出た」


「復活させたマシンで、地域の祭りの荷運びとか手伝ったりな」

 別の隊員が笑って口を挟む。

「神輿の後ろを爆音軽トラが走る祭りとか、なかなかないで?」


「商店街のじいさんばあさんにも、

 『あんたら、廃車片付けてくれて助かるわ』って言われてな」

 煌莉は照れくさそうに頭をかく。


「地域の悩みの種やったジャンクヤードを片付けてる、ってことになって、

 どんどん『あの子らは不良やけど、まあ役には立っとる』ってなっていった」


 梨々花が苦笑する。

「この辺りの倫理観、だいぶゆるいからね」

「それでええねん」

 煌莉は笑い飛ばす。



「せやけど、その評判がやな」

 表情が少しだけ曇る。

「鬼道連とか、そういう連中の耳にも入ってもうた」


 暴力で回る世界の連中が、「そのマシンよこせ」とやってくるようになった。

「最初は、『一台だけや、貸してんか』みたいなこと言うてきてな」


 煌莉の目が冷たくなる。

「貸したら最後、『返す』って概念のない連中や。

 そら、返り討ちにするやろ?」


 阿修羅號のフロントグリルが、夕闇の中で光った気がした。

「廃工場の中での乱闘。

 峠道での追いかけっこ。

 阿修羅號に、荷台満載で突っ込み返した夜もあったな」

 メイが懐かしそうに笑う。


「何回かそういうこと繰り返してるうちにな、

 『暴動鉄騎隊』って名前が不良界にも広まったんや」

「……走りだけじゃなく、暴れるほうもセットで、ね」

 一琉が頷く。



 煌莉は、壊れたRZに手を伸ばす。

 へこんだタンクの上を、指先がなぞる。


「この子はな」

 かすれた声。

「ウチの夢に対する、鎮魂歌レクイエムやねん」


 その言葉に、場の空気が少し変わった。

「レーサーの夢は一回終わった。

 せやけど、“走ること”そのものは捨てんかった」


 彼女は拳を握りしめる。

「スクラップから蘇らせたこのRZで走ることが、

 ウチの夢の弔いであり、今のウチの生き方なんや」


 沈黙。

 秋の風が、赤いスカーフを揺らす。



「マシンは何回でも蘇らせたる」

 煌莉の声が、少しだけ低くなった。

「スクラップからでも何回でも組み上げたる。

 エンジン壊れたら、また墓場から拾ってきたらええ。

 鉄騎は、何度でも立ち上がれる」


 その瞳には、さっきまでの怒りとは別の炎が灯っている。

「せやけどな――」

 拳を地面に叩きつける。

ダチと作り上げた鉄騎を傷つけ、

 ウチの鎮魂歌まで踏みにじったケジメは、絶対つけさせるで」


 その言葉は、静かだったが、誰よりも重かった。



 ◇



「……狂輪会って、どんな連中?」

 一琉が問うと、メイと別の隊員が顔を見合わせる。


「最近になって、暗夜會の名前を自分から言うようになったな」

 メイが答えた。

「表向きは“峠のランキング制”とか言ってる。

 自分らでポイント制作って、誰が一番速いとか騒いでる」


「公平を装いながら、卑怯な罠を仕掛ける」

 別の隊員が舌打ちする。

「ここらの峠にも、オイル撒いたり、土嚢仕込んだり。

 自分らに有利になるように勝負の土俵を弄る」


「街じゃもっとタチ悪いで」

 煌莉が付け加えた。

「特定されん街に出たら、途端に凶悪になる。

 窃盗に恐喝、ナンバープレート盗んで使い回して、フルフェイスかぶってな。

 証拠こそ出てないが、奴らやろな」


 腐った体育会系。

 強さと順位だけに執着して、弱いところからは平気で奪う。



 一琉が静かに割って入る。

「そんな連中が、わざわざ挑発してきてる。

 今すぐ乗る必要はないと思う」


「……それでも」

 夏菜が、あえて問いかける。

「カチコむか?」


「……それも選択肢や」

 煌莉は口元を歪める。

「狂輪会も待ち構えとるやろうけどな。

 阿修羅號に兵隊満載して、狂輪会のシマに突っ込んだるか」


 鉄騎隊の何人かが「やろうぜ!」と笑い、

 何人かは「いやそれはさすがに……」と引き気味になる。


「鉄騎隊の中でも意見が割れてるね。

 そんな状態で突っ込んで、万端の罠を食い破れるかな」

 問いかける声は優しいが、甘くはなかった。



 煌莉は、しばらく黙って一琉を見つめる。

 怒りの火は、まだ消えていない。

 それでも、その奥で何かが少しだけ冷静さを取り戻していく。


「……ほんま、ズルいわ」

 彼女は肩を落として笑った。


「ウチ一人やったら、とっくに阿修羅號で峠向かってたわ」

 後ろで隊員たちが「姐さん……」と息を呑む。


「一人で突っ走るわけにはいかんよな」

 ようやく、その言葉が出た。


 ほっと息を吐いたのは、鉄騎隊の仲間だけじゃない。

 凪嵐十字軍側も、どこかで同じように胸を撫で下ろしていた。



 ◇



「狂輪会とは三中でも、いろいろ世話になった」

 三中での大乱闘、そして獣鬼との一当たり。


「軽トラカチコミも気持ちいいだろうけどな」

 夏菜は、拳ではなく、自分の愛車を振り返る。

「……あたしは“走り”で仇を取りてえ」


「暴力装置としての鉄騎隊も嫌いじゃねぇけど」

 ガンマ乗りの目が、獲物を見据えるように細くなる。

「正面から、峠で。

 ガチの走り屋として、狂輪会ぶっ潰したほうが、痛ェと思うんだよね」



「夏菜……」

 一琉が彼女の名前を呼ぶ。

「これはあたしの勝手だ」


 夏菜は振り向かない。

「RZを潰されたのは煌莉の問題だし、鉄騎隊の問題だ。

 ……だけど、走りでやり返したいってのは、あたしの我儘だ」

 そう言い切る。


「だから、一人で行く」



 その瞬間、一琉はため息をついて、口元をゆるめた。

「なに言ってるのさ」

 ゼファーの鍵を指でくるくる回しながら、彼は笑う。

「僕たちはもう、“凪嵐十字軍”なんでしょ?」


 静が短く付け加える。

「……一蓮托生」

 梨々花は両手を腰に当てて、むっとした顔をする。

「置いてかれるとか有り得ないし!」


「現場の撤収誰が見ると思ってんだよ」

 鷹津が肩をすくめる。

 煙もニヤリと笑った。

「一蓮托生らしいし、行ってやるよ」



 夏菜は、一瞬だけ目を丸くした。

 すぐに、諦めたように、でもどこか嬉しそうに笑う。

「……ほんっと、お前ら」

 拳を軽く振り上げる。

「悪くねえな」


 秋の夜風の中で、旧車たちの鉄の匂いと、スクラップの匂いと、怒りの匂いが混ざる。

 狂輪会との決着は、まだこれからだ。

 でも、方向だけは決まった。


 凪嵐十字軍と暴動鉄騎隊の共同戦線が、ここに静かに結ばれた。

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