第75話 姐さん、ブチぎれ
暴動鉄騎隊との出会いからしばらく。
峠での旧車四重奏と、鉄騎の墓場見学会。
阿修羅號のドリフトロデオ。
スクラップを「蘇り待ちの鉄騎」と呼んで笑う連中。
煌莉たちは、凪嵐十字軍にとって、いつの間にか「別ルートの友人」みたいな存在になっていた。
放課後に様子を見に行けば、
阿修羅號の下でメイがオイルまみれになっていたり。
夏菜と部品の取引をしたり。
峠の情報交換も増えた。
そんな日常に、水が差されたのは――ある日の夕方だった。
カノンの閉店作業をしていた一琉のスマホが、唐突に震えた。
表示された名前は、暴動鉄騎隊の連絡役・メイ。
「……一琉?」
洗い場から顔を出した夏菜が、画面を覗き込む。
通話ボタンを押すと、開口一番、
すすり泣きと怒鳴り声が混ざった音が飛び込んできた。
『姐さんがブチぎれとる!!』
「落ち着いて。何があった?」
一琉が声を低くして聞く。
『アジト……いや、墓場の裏。RZが……っ』
短い言葉の隙間に、メイの荒い呼吸と、遠くで響く怒号が聞こえた。
『とにかく、早よ来て! 姐さん、今にもカチ込みに出る勢いや!
凪嵐のみなさんが来るまで抑えて!って言ったけど、いつまでも持たへん!!』
背後で「姐さーん!」「まだ早えって!」と必死な声が聞こえた。
通話が切れるのと、夏菜がスカジャンを羽織ったのはほとんど同時だった。
「行くぞ、一琉!」
「分かってる。静」
呼ばれた静は、無言で頷く。
ゴミ捨てから戻ってきた鷹津と煙は制服の袖をまくる。
「……行くしかねぇな」
梨々花はスマホを握りしめたまま、すでに出口へ向かっていた。
店主に一声かけて、凪嵐十字軍が動き出すまで、
一分もかからなかった。
◇
鉄騎の墓場に到着したときには、もう日は沈みかけていた。
ひび割れたコンクリと、積み上がったスクラップの山。
夕焼けが鉄に反射して、どこか鈍い赤を帯びている。
「おーい!」
入口付近で、鉄騎隊の隊員が手を振っていた。
顔には油と汗。
息も上がっている。
「こっち! 姐さん、裏!」
案内に従って裏の廃駐車場へ回り込むと、イヤな匂いが鼻を突いた。
ガソリンと、焼けたラバーの匂い。
前に阿修羅號が遊んでいた場所ではない。
その奥――
コンクリの地面の上に、白と紺の車体が倒れていた。
「……っ」
夏菜が息を呑む。
タンクは大きくへこみ、ペイントは剥がれ、
フロントフォークは妙な角度に曲がっている。
チャンバーの一本は踏み潰され、ステップは折れていた。
RZ。
日暮 煌莉の愛機だったもの。
その横で、数人の隊員が必死に誰かを押さえ込んでいた。
「姐さん、落ち着いて!」
「今飛び出しても殺されるだけやって!」
「離せや!!」
その中心で、赤いスカーフが暴れている。
ジャケットを脱ぎ捨てた煌莉が、
隊員の腕をものともせず前に出ようとしていた。
目は真っ赤に充血し、顎には血の跡。
拳は握りしめられ、血が滲んでいる。
「ウチの鉄騎、ウチの鎮魂歌を……!」
歯ぎしりする音が、ここまで聞こえてきた。
「煌莉!」
一琉が声を上げる。
押さえつけられていた煌莉が、はっと顔を上げた。
「……来てくれたんか、凪嵐」
声はかすれていた。
「来るなりで悪いけどな」
ギリ、と奥歯を噛む音が聞こえる。
「ウチ、今から狂輪会ぶっ潰しに行くとこや」
「事情を聞かせて」
一琉は、阿修羅號の前まで歩み寄りながら言った。
「今、出てったら向こうの思うツボだ。せめて、何があったか」
隊員の一人が、短く要約する。
「さっき、ここに連中が来やがった。
数揃えた単車部隊で」
「狂輪会か」
夏菜が眉をひそめる。
「うん……」
別の隊員が拳を握りしめた。
「姐さんが帰ってきたところを、
露骨にRZだけ狙いやがって……」
「その中の一人、見覚えがあった」
阿修羅號の横で、煌莉が低く呟く。
「あの時峠で仕留めたZRXの女や」
夏菜の目がさらに細くなる。
「あのZRX……」
メイが付け足す。
「ここ最近、狂輪会が峠でオイル撒いたり、
ウチのアジト前で釘ばら撒いたりしていた。
指揮執ってたのがそいつだったようだな」
あのときは、ただマナーの悪い大排気量乗り、くらいにしか見ていなかった。
けれど、その背後にいたものが、ようやく形を持って立ち上がる。
「……個人で動くには規模が大きい。
どうやら、ウチらは標的にされてたらしいわ」
煌莉が、壊れたRZを振り返る。
「外様に恥かかされたって、逆恨みもセットでな」
狂輪会。
最近になって、暗夜會の名前を堂々と出し始めた、峠系のバカ騒ぎ集団。
峠のランキングだの、ナントカ杯だの、強さ至上主義を掲げながら――
裏では、窃盗や恐喝で街を荒らしまわっている噂がある連中だ。
「こんなところにまで暗夜會か…」
鷹津と梨々花が小さく囁きあう。
「連合とやる前に鉄騎隊の電撃作戦は潰しておきたい、
といったところね」
一琉は、小さく息を吐く。
このまま阿修羅號で突っ込ませれば、本当に戦争になる。
けれど、何もさせずに引き下がらせることもできない。
「煌莉」
彼は静かに言う。
「レクイエムだ、って言ってたね。
詳しい話を、聞かせてもらってもいい?」
「思い出話なんて——」
「煌莉」
一琉が声を被せた。
「一回、座ろう」
静かに。
だが、そこに甘えがないように。
煌莉は一琉を睨みつけるように見た。
怒りと、悔しさと、どうしようもない虚しさが入り混じった視線。
数秒。
やがて、肩からすうっと力が抜けた。
「……チルくんは、ほんまズルいわ」
そして――壊れたRZの隣にしゃがみ込み、タンクにそっと手を置く。
「……ええよ」
ぽつりと呟いた。
「少し、回想らせてもらうで」
秋の風が、鉄とオイルの匂いを運んだ。
スクラップの山の中で、煌莉の過去が静かに口を開こうとしていた。




