表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/110

第74話 走る要塞

 白煙が、まだ地面の上を這っていた。

 ドリフトで描かれた黒いタイヤ痕。

 ぐるぐると円を描くスキッドマークの真ん中で、

 白い軽トラがエンジンをアイドリングさせている。


 荷台とコース横のマットレスでは、

 先ほどまでロデオをしていた二人が天を仰いで笑っていた。



 阿修羅號。

 そう呼ばれる軽トラックは、もはや「軽トラ」という言葉で括っていいのか迷う姿をしていた。


 キャビン前面には、無骨な鉄骨を組み合わせたカウキャッチャー。

 ボディサイドには、白地に血のような赤のラインと炎模様。

 塗装だけはやたらとピカピカで、溶接痕や切り欠きの生々しさと妙なコントラストを作っている。


 荷台には、縦横無尽に組まれた補強バー。

 ロールバーはキャビンの中まで伸び、ぐるりと骨組みになっていた。

 そのバーに掴まれば、十人や十五人は余裕で乗れそうだ。



 そして、何より目を引くのは――

 キャビンと荷台の境目から、半分はみ出すようにして乗っている、

 巨大なエンジンだった。


 エンジンベイが切り広げられ、その後ろ側が荷台側にはみ出している。

 むき出しの配管。

 追加されたラジエーター。

 銀色のステーやホースが、ぎしぎしと振動しながら低音を撒き散らしている。



 夏菜が呆然と呟いた。

「軽トラのエンジン音じゃねぇ。大型の四発……

 エンジンスワップだ、これ」

 ぶち抜きのエンジンスペースを覗き込みながら呟く。

「いかれてるぜ」


「お、分かる?」

 その呟きに、すぐそばから声が返ってきた。

 白煙の向こうから、つなぎ姿の女がひょいと姿を現す。


 オイルでところどころ汚れた濃紺のつなぎ。

 長めの前髪をゴムで適当にまとめ、

 袖をまくった腕は細いが筋が浮いている。

 肩口には暴動鉄騎隊のワッペン、

 その下には「MEI」と刺繍されている。


「整備担当のメイだ。よろしくな、凪嵐十字軍」

「どうも」

 一琉が会釈すると、メイはにやりと笑い、

 阿修羅號のエンジンを顎で示した。

「フレームぐっちゃぐちゃのハヤブサを何台か見つけてな」

 

 指を三本立てる。

「1号機は腰下が割れてたけど、シリンダーが奇跡的に無傷」

「2号機はピストン死んでるがクランクシャフトは生きてた」

「3号機は外装も足回りもグチャグチャだけど、ECUやセンサー類は全部生き残り」


「それをニコイチ、サンコイチで?」

 夏菜が引き気味に言う。


「そう。フランケンみたいに蘇らせた」

 メイは楽しそうだった。

「結果、純正じゃ絶対ありえねぇフランケンエンジンが出来上がったってわけ。

 調子は不安定だけど、回ればとんでもねーパワー出す怪物だ」



「軽トラにゃ贅沢すぎるけどな」

「ていうか、事故車……」

 夏菜が思わずツッコむと、メイはにやりと笑った。

「元の持ち主も喜んでるさ。

 死なずに済んだエンジンが、また暴れてるんだ」


 「よく動くわね……」

 梨々花が呆れたように笑う。


 メイは、その反応すらうれしそうに受け止める。

「どうせこのままプレス機で潰されて鉄の塊になるだけだったんだ。

 最後にもう一暴れくらいさせてやったって思えば、悪くねぇだろ?」

 そう言って、阿修羅號のフロントグリルを軽く叩く。

「こいつはな、スクラップの墓場から生き返った怪物なんだよ」


 その言い方に、夏菜がにやりと笑った。

「奇跡のお宝、ってやつだな」


「せやで〜」

 運転席から煌莉が顔を出し、窓枠に肘を乗せた。

「ウチらの阿修羅號や。

 走る要塞、恐れ入ったか?」





 荷台から隊員が飛び降りてくる。

「っしゃー、ウチの勝ち!」

「かわいい子が来てるからって調子のりやがって」

 マットレスから起き上がった隊員と言い合いを始める。


「今度はオイルでリング描いて火ィつけてやるわ」

 煌莉が悪戯っぽく笑う。

「カッコええで。炎のリングの中でドリフトロデオや」


「そんなの死ぬでしょ……」

梨々花が素でツッコんだ。


「この前もやったけどな!」

 どこからか、鉄騎隊の誰かが笑いながら言った。

「消火器四本用意してたからセーフだったろ!」

「タイヤ一個丸ごと燃えたけどな!」

「タイヤはまた拾ってくりゃいいんだよ!」


 ツッコミどころしかない会話に、凪嵐側は一斉に顔を見合わせた。

「……頭おかしい」

 と梨々花。

「でも、嫌いじゃない」

 と夏菜。

 煙は「バカじゃん」と言いながらも、

 その目は少しだけ楽しそうだった。





 煌莉は阿修羅號から降りると、近くの水没車のボンネットを軽く叩いた。

「裏方も見て行きや」

 その言葉に合わせるように、周囲で作業していた隊員たちの声が耳に入ってくる。


「この水没車、腰下までバラせばクランクとコンロッドは使えるな」

「電装は死んでるけど、ブロックはまだ光ってるぜ」

「この事故車、フレームはゴミだけどFIとECUは生きてる。誰か欲しいやつー」

 工具を片手に、彼女らは楽しそうに笑い合っていた。



「こっちは水没車だな」

 メイが指さす。

「腰下まで分解して、錆と乳化オイル全部落とす。

 電装とベアリングはだいたい死んでるけど、クランクやコンロッドは意外と使えたりすんだよ」


 足元には、茶色いドロドロになったオイルが入ったバケツ。

 横には、磨かれてまだ光っているシャフトやギアが並べられている。

「新品より高い掘り出し物ってのも、たまに出てくる」

 別の隊員が、ピカピカになったギアを掲げてニヤリと笑った。


 

「こっちは事故車」

 メイがもう一台の方を顎でしゃくる。

 フレームはぐしゃりと折れ曲がり、とてもそのまま走れる形ではない。

「走行用フレームとしては終わってる。

 でも、エンジンやFI、足回り、タンクなんかはまだまだ現役」


「FI?」

 一琉が首を傾げると、メイが簡単に説明してくれた。

「フューエルインジェクション。燃料を噴射する電子制御の仕組みだよ」


 メイは指で空中に四角を描く。

「キャブが空気の流れでガソリン吸わせるのに対して、

 FIはコンピューターがセンサーから情報読んで、ガソリンをピュッて吹くやつ」


「へぇ……」

 梨々花がメモ取るみたいな声を出す。


「始動性いいし、燃費安定だし、環境基準も通しやすい。

 デメリットは、水没とかで電装死んだら一発アウト」

 メイは肩をすくめる。


「キャブみたいに現地で叩いて直すってわけにいかねぇ。

 水没したインジェクション車は、普通はスクラップだな」


「……普通は、な」

 夏菜が苦笑する。

「暴動鉄騎隊は?」


「電装以外はまだ生きてる、って考える」

 メイは即答した。

「事故って潰れたフレームもそう。

 走るには使えねぇけど、中のパーツはまだ動く。

 ウチらから見りゃ“お宝”よ」

 


「分かったか?

 スクラップはただのガラクタやない」

 いつの間にか近くに来ていた煌莉が、そう言って笑う。

「“蘇り待ちの鉄騎”や」


 彼女は、積み上げられた廃バイクのフレームを見上げた。

「壊れた鉄騎を繋ぎ合わせて、また走れる姿にしてやる。

 ウチら、そんなんが楽しくてたまらんのや」


 その横顔は、さっき軽トラで暴れていたときと同じくらい、楽しげだった。

 




 ひと通り案内が終わったところで、煌莉が手を広げた。

「ここがウチらのホームや」


 「鉄騎の墓場と、裏の駐車場」

 煌莉は阿修羅號のドアにもたれかかりながら言う。

 「全部ウチらの遊び場やで」



 一琉は、廃材と旧車の匂いが混じったこの場所をぐるりと見回した。

 壊れた鉄騎。

 そこから救い出されるパーツ。

 また別の形で走り出すエンジン。


 めちゃくちゃで、危なっかしくて、常識から見れば頭がおかしい。

 けれど――

(妙に、落ち着く場所だな……)

 そう思ってしまった自分に、一琉は小さく苦笑する。



 ここは、壊れた日常の残骸を、もう一度「走れる形」に戻す場所なのかもしれない。

 暴動鉄騎隊ブードゥ・カーニバル

 ゾンビみたいに蘇った鉄騎たちの笑い声が、ジャンクヤードに響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ