第73話 鉄騎の墓場へ
数日後の放課後。
「今度の休み、ヒマやろ? ウチのホーム見に来ぃ」
そんなメッセージが一琉のスマホに届いたのは、授業が終わる十分前だった。
送り主は、もちろん日暮 煌莉。
スタンプ代わりに、ゾンビの絵文字と軽トラの絵文字が並んでいる。
「……鉄騎の墓場、か」
一琉が呟くと、隣の席の夏菜が机に頬をくっつけたまま顔を上げた。
「来た?」
「来た。ホーム見に来いってさ」
「よっしゃ」
夏菜はにやりと笑う。
こうして、凪嵐十字軍による「阿修羅號見学会」はあっさり決まった。
数日後。
昼下がりの郊外へ向かう県道を、いくつものエンジン音が連なっていった。
先頭は、夏菜のガンマ。
タンデムシートには煙が跨り、片手でリアグラブバーをつかみながら、
街路樹の色づき始めた葉をなんとなく眺めている。
そのすぐ後ろを、一琉のゼファー。
静のカタナが一定の距離を保って追走している。
後ろに梨々花と鷹津の原付が並ぶ。
『軽トラで鬼道連のシマ荒らしてたとか、頭おかしいでしょ』
梨々花が、半分笑いながら言う。
『ニュースネタとしては最高だけどさぁ』
「荷台に兵隊満載だってな……」
鷹津の声は、真顔のままだった。
『ドリフトしながら荷台から人間が飛び出していくって話。
正気じゃねえ』
郊外の工業地帯へ近づくにつれ、空気に混じる匂いが変わってきた。
土と木じゃなく、コンクリートとオイルの匂い。
『普通まともに走らねえと思うけどな』
夏菜が笑う。
『軽トラのエンジン音じゃないって話もあった。たのしみだぜ』
「……」
煙は地形を観察するように周囲に目をやりながら、
大きくあくびをした。
「軽トラで走り屋するくらいなら、最初からバイクでよくね?」
夏菜が即答する。
「意味わかんねえことしてるやつのほうが、見てておもしろいんだよ」
静は無言で、その後ろ姿を見ている。
ヘルメットのシールドの奥の視線だけが、いつもより少しだけ鋭い。
この先に待っているものが、ただの「旧車見学」で済まないことを、
本能で嗅ぎ取っているようだった。
やがて、廃れた工業団地の入口が見えてきた。
錆び付いた看板。
ひび割れたアスファルト。
空きテナントを示す貼り紙が破れかけて、風に揺れている。
その一角に、「鉄騎の墓場」はあった。
高めのフェンスに囲まれたジャンクヤード。
ゲートの向こうには、無数の車の影と、
むき出しになったバイクのフレームが山のように積み上がっている。
近づくにつれ、空気の匂いが濃くなった。
錆。
オイル。
埃。
夏の終わりに放置されたタイヤのゴムの匂いが、
秋の涼しい風と入り混じっている。
門の前でバイクを停めると、中からひとり、隊員が顔を出した。
ツナギに軍手、頭には後ろ前にかぶったキャップ。
暴動鉄騎隊のエンブレムが胸元に縫い付けられている。
「おー、来た来た。凪嵐十字軍さんご一行様」
軽いノリだが、目は意外とよく周囲を見ている。
「姐さんから話聞いてるよ。とりあえず中入って」
ゲートが、重い音を立てて開いた。
中に踏み入れた瞬間、その名の意味がよく分かった。
鉄騎の墓場。
放棄された廃工場の敷地いっぱいに、
水没車、事故車、廃バイクの山が広がっている。
フロントが潰れたセダン。
屋根まで泥に浸かったワンボックス。
フレームだけになったスーパースポーツの残骸。
ところどころに立ったクレーンのアーム。
積み上げられたドラム缶。
その上を、黒いカラスが数羽、ゆったりと旋回していた。
「……鉄騎の墓場、なるほどな」
一琉は思わず呟く。
だが、よく見ると、ただのゴミの山ではなかった。
誰かが最近触ったばかりの工具が、廃車のボンネットの上に置かれている。
フレームだけになったバイクの足回りが外され、別の台に並べられている。
鉄騎隊の仲間たちが、ここを「墓場」と呼びながらも、
作業場兼アジトとして使っているのが見て取れた。
「阿修羅號は裏だ」
先導役の隊員が、顎で廃工場の裏手を示した。
薄暗い建物の間を抜けると、ふいに――
「ドゴゴゴゴゴッ……!」
地鳴りみたいな爆音が、地面の下から突き上げてきた。
夏菜が思わず立ち止まる。
「……この音」
太く長い伸び。
四発、それもただの中型じゃない。
「ハヤブサか? 大型も持ってるのかよ」
彼女は眉をひそめ、音の方向に耳を澄ませる。
「さぁな」
見張り役の隊員はニヤリと笑った。
「見りゃ分かるさ」
一行は導かれるまま、廃工場の角を曲がる。
その先に広がっていたのは、荒れたアスファルトの広場だった。
元は従業員用の駐車場だったのだろう。
その真ん中で――
白い煙を上げながら、軽トラが低速ドリフトで8の字を描いていた。
キャビン前面には、無骨な鉄骨を組み合わせたカウキャッチャー。
ボディサイドには、白地に血のような赤のラインと炎模様。
塗装だけはやたらとピカピカで、
溶接痕や切り欠きの生々しさと妙なコントラストを作っている。
フロントから荷台にかけて、ぐわん、と不自然に張り出したエンジンの塊。
荷台にはロールバーと補強バーがびっしり組まれ、
そのバーに掴まりながら、隊員が二人、ロデオみたいに押し合いをしている。
「うわ……」
思わず、一琉は言葉を失った。
あれが、阿修羅號だと、説明される前から分かった。
「まだ落ちねーのかよ!」
「姐さんもっと揺らせー!」
誰かが笑いながら叫ぶ。
地獄のような白煙と、ジャンクヤードに響き渡る爆音。
そして、その真ん中で笑いながら暴れる軽トラ。
「ヌワーッ!!」
やがて、一人が荷台から遠心力に乗って飛ばされ、
周りに敷いてあるマットレスに落下した。
軽トラがスライドを解き、ぐるりと一回転して停まった。
運転席から、見慣れたツインテールがひょこっと顔を出す。
「ようきたな」
日暮 煌莉が、白い煙の中から手を振った。
「これがウチらの阿修羅號や」
彼女の声が、爆音の余韻をかき分けて届いた。




