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第72話 ループコースを流す

 再び、秋の峠にエンジン音が重なった。


 先に息を吹き返したのはゼファー。

 空冷四発の重く深い鼓動が、展望駐車場の空気を震わせる。

 続いて、ガンマのセルが軽快に回り、乾いた2ストの音が重なる。

 カタナは、それより少しだけ低い音で静かに始動した。


 その前に立ったRZが、ひときわ軽いチャンバー音を響かせる。

「パパパパパッ……」

 薄い白煙が、マフラーの先からふわりと立ち上った。


「ほな、流すで」

「おっけー、無茶はナシな」

 夏菜が笑い混じりに返す。



 RZを駆る少女が先導し、

 日中のループコースに流れていく。

 紅葉の始まりかけた山を抱き込むように、緩急のついたカーブが続く。


 先頭に立つのはRZ。

 小柄な車体が、タイトなコーナーへ吸い込まれていく。

 ノーブレーキで飛び込んだかと思えば、

 ギリギリのところで姿勢を作り、刃物のように切り裂く。


 その動きには変なブレが一つもない。

 すぐ背後に、夏菜のガンマがぴたりと張り付いた。

「へっ、逃がさねーぞ」

 笑い声を飛ばしながら、ブレーキのタイミングを敢えてずらす。

 短いストレートで一気に距離を詰め、コーナーの入り口でRZの真後ろへ滑り込む。

 2スト二台の高い音が重なり、秋の空気を切り裂いた。


 少し離れた位置で、一琉のゼファーがそれを追う。

 直線が伸びるたび、空冷四発特有の太いトルクを解き放つ。

「ふふ……」

 スロットルをじわりと開けると、ゼファーはぐっと車体を沈め、そのまま前へ押し出した。

 峠の空気が、重たい鼓動に揺らされる。


 そのさらに後ろ。

 静のカタナが、すべてを俯瞰するように走っていた。

 誰かを抜こうともせず、ただ、四台の間隔が崩れないようにラインを刻む。

 刀身を研ぐような高音が、一定のリズムで響いていた。



 右に、左に。

 コーナーを抜けるたび、どこかで小さな火花が散る。

 ステップ、マフラー、バンクセンサー。

 誰も限界まで攻めているわけじゃない。

 単に「走りたい」という衝動に、ちょうどいい強さで身を任せているだけだ。


 紅葉のトンネルをくぐるたび、陽の光がチラチラと差し込む。

(今だけは、暗夜會も、襲撃も、関係ないな)

 ただ、目の前のテールランプを追う。

 バイクの鼓動と、自分の心臓の音だけを聞く。


 偶然の仲間たち。

 名前も、過去も、何も知らない。

 けれど、今この瞬間だけは、同じ速度で、同じ風を切っている。

 その日のループは忘れられない光景になった。


 白と紺のRZ。

 白と青のガンマ。

 黒いゼファー。

 銀のカタナ。

 四つの旧車が、一つの固まりのようにコースを駆け抜けていく。



 やがてゴール地点の駐車スペースが近づき、四台は順に減速した。

 ブレーキローターが、熱を持った金属の匂いを漂わせる。

 エンジン音が名残惜しそうにひとつ、またひとつと静まっていった。


 バイクを停め、サイドスタンドを立てる。

 白い息がふわりと揺れた。

 いつの間にか、空気は一段冷えている。

 全員の頬には、うっすら汗が光っていた。

 走っている間にかいた汗が、冷たい風で冷えていく感覚が心地いい。


「……楽しかったわ〜!」

 真っ先にRZの少女が口を開く。

 肩で息をしながらも、顔には満面の笑み。


「ゼファーもカタナも、ええ音させよる」

 指で耳元を軽く押さえながら、嬉しそうに言う。

「ガンマは……くぅ、やっぱキレあるなぁ」


 夏菜が、口元を緩めた。

「そっちのRZもな」

 スポドリを一口飲んでから、ボトルの口でRZを示す。

「そのチャンバー音、芸術レベルだわ」

「へへ、もっと言うてええで?」

 少女はツインテールを指でくるくる弄びながら笑う。



 一琉は、まだ胸の内側で鼓動の余韻が跳ねているのを感じていた。

「……こういうのって、悪くないな」

 ぽつりと漏らした言葉に、夏菜が「だろ?」と笑う。


 静は黙ったまま、持ってきたタオルでカタナのカウルについた虫を丁寧に拭き取っていた。

 ライトも磨きながら、僅かに口角を上げる。

 その横顔を見て、夏菜が「静も楽しかったろ?」と肩で笑った。



 ふと、少女がいたずらっぽい目でこちらを見た。

「そういや自己紹介、まだやったな」

 スカーフを指先で直しながら、片手を上げる。


「ウチ、日暮煌莉ひぐらし・きらりや」

 そこで一拍置き、にやりと笑う。

「“暴動鉄騎隊ブードゥ・カーニバル”のヘッドやってんねん」


 その言葉に、夏菜の表情が一瞬固まった。

「……あの軽トラカチコミの?」

 眉をひそめる。

 街の噂で聞いていた名前だ。

 抗争に軽トラでカチ込んでくる、頭のおかしい連中。


「まさか、RZも軽トラも、ジャンクから……?」

 煌莉は肩をすくめた。

「せや」

 足元のアスファルトを、ブーツのつま先で軽く蹴る。

「死んだ鉄騎を生き返らせて暴れさす、

 ゾンビのカーニバルや」


 口調はふざけているのに、その目はどこか真剣だ。

「単車だけやあらへん。

 ウチらの阿修羅號あしゅらごう──

 軽トラの化け物も、ええ仕事するで」



 周囲で休んでいたライダーたちが、ざわめいた。

「マジかよ、本物じゃん……」

「軽トラで峠攻める奴らか……」

 ネタ半分に語られていた噂が、現実として目の前に立っている。


 煌莉はそのざわめきを気にも留めず、軽く肩をすくめて笑った。

「アンタらやったら、ウチのホーム来てもええで」

 軽く腰に手を当てて、こちらを見た。

「今度は阿修羅號も一緒に走らしたるわ」


 夏菜が、思わず口元を吊り上げる。

「それは見てみたいな」

 一琉も、小さく頷いた。

 軽トラの化け物とやらが、どんな走りをするのか。

 興味がないと言えば嘘になる。


 連絡先を交換する流れになり、

「はい、これウチ。なんかあったらすぐ飛んでったる」

 スマホがそれぞれポケットから引っ張り出される。

「ほな、また連絡するわ」

 煌莉が片手を挙げた。


 エンジンをかける前に、煌莉はもう一度だけこちらを振り返った。

「じゃあ──」

 片手を挙げる。

「おおきにな、凪嵐十字軍のみんな!」



 一瞬、空気が止まった。

 そのまま煌莉は走り去っていく。

 暴動鉄騎隊のヘッドは、すでに彼らの名を知っていた。

 その笑みは、さっきまでの「旧車好きの走り屋」のものとは、どこか違っていた。

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