第67話 外伝:修羅華速報「暴君と夜叉、並び立つ」
夕方のファミレスは、油と甘いソースの匂いが空気に溶けていた。
窓際のボックス席。
それぞれ違う方向にずれて座るのは、何かあったらすぐ立てるように――という“日常の癖”だ。
「ほら、好きなの頼めよ。先輩の顔を立てさせろ」
夏菜がメニューをひらひらさせ、煙の前に滑らせる。
「……じゃ、いちばん腹にたまるやつ」
「お会計はまとめてで」
鷹津がスッと手を上げる。
一琉は水のグラスを並べ、静は黙々とコーンスープを冷ましていた。
そこへ、鈴を散らすように足音が近づいた。
「き、聞いて! 修羅華がまた大事件!」
梨々花が滑り込み、スマホをテーブルにバシと置く。息が上ずっている。
「鬼哭冥夜と増長天がぶつかりかけたのよ!」
「はァ!? その二人が!?」
夏菜が椅子をガタッと鳴らす。
鷹津は眉を寄せ、低く呟いた。
「……まだ一年だろ、あの二人。ニュースになる時点で異常だ」
「互いに仲間を従えて“次はお前だ”って睨み合い。
そこへ二年連合が割って入った――
三十人以上でカチ込み!」
「で、どうなった!」
「二人だけで蹴散らしたの! 二年全滅!
修羅華の戦場に怪物が二人、肩を並べて立ったの!」
梨々花の声に、店内のBGMさえ薄くなる。
鷹津は喉を鳴らした。
「……悪夢だな。上級生が束になって負けるとか」
「群れで来るなら殴り倒せばいい。
何人だろうが関係ねぇ」
煙は氷を歯で噛み、鼻で笑う。
「お前は規模ってもんが分かってねぇんだ、狂犬ちゃんよ」
夏菜が呆れながらも、どこか楽しそうに肘で小突いた。
「でね……噂があるの」
梨々花が声を落とす。テーブルの上に影が落ちる。
「広目天が裏で情報を流したんだって。“夜叉天と増長天が潰し合う”って。
――つまり、あの修羅華の戦場そのものを“演出”した」
夏菜が顔をしかめる。
「……怖すぎんだろ、それ」
一琉はストローを指で回し、氷の音を聴いた。
梨々花のスマホに、現場にいたという“誰か”の断片的なメッセージが流れていく。
砂埃の匂いが想像の中で立ち上がる。
「そして戦いの後。増長天が夜叉天に言ったんだって」
梨々花の瞳が、熱を帯びる。
「“今日の勝負は預けといてやる。次はお前を倒す”」
「……ライバル宣言か。熱いじゃねぇか!」
夏菜がニヤリと笑う。
鷹津は唇を引き結び、低く漏らした。
「黄金世代……ホント、次元が違うな」
「よくそんな細かい台詞まで拾えるね、梨々花」
一琉が半分感心、半分呆れの声で言う。
「現地にいた子から回ってきたの!
情報網ナメないでよね!」
梨々花が得意げに胸を張る。
その瞬間、店員が皿を運んできて、テーブルが湯気と匂いで満ちた。
「いただきます」
静かな合図のように、一琉が手を合わせる。
ハンバーグの肉汁が弾け、スープの湯気が上がる。
ポテトに塩が雪のように散った。
「煙、うまい?」
「……あぁ。……うめぇ」
短い言葉。噛むたびに、肩の力が少し抜けていく。
テーブルの端で、夏菜が唐突に笑う。
「しかしよ、アカネさんと増長天が並ぶ絵面、見たかったな。
どっちも“暴君”の器だ。並び立つなんざ、普通ありえねぇ」
「並ばせたのは、広目天の一手か」
鷹津がストローで氷を砕く。
「誰が勝っても、負けても、周りが削れる。……嫌な博打だ」
「でも、見事ね」
梨々花は素直にうなずいた。
「時代を進める手だわ」
ポテトの皿が空になり、氷がからんと鳴る。
一琉はゆっくりと水を飲むと口を開いた。
「――僕らは、どうする?」
問いは軽い。けれど重さは確かだ。
夏菜が口角を上げる。
「決まってんだろ。目の前を片づける」
煙は最後のポテトを摘まみ、ぽいと口に投げ入れた。
「群れで来るなら、まとめて倒す。それだけだ」
「……まとめて、は無理でも。バラせばいける」
鷹津が息を吐き、指をポキポキ鳴らす。
一琉はにこりと笑った。
「うん。
僕たちがやることは変わらない。
正義なんて名乗る気はないけど、
僕らの日常を荒らすやつがいるなら、行く」
「了解」
皿はきれいに空になり、湯気は消える。
窓の外、オレンジが群青に沈みかけていた。
スマホの画面には、まだ通知が灯り続けている。
修羅華は今日も騒がしい。
「……梨々花」
一琉が柔らかく呼ぶ。
「ありがと。知っておくべきニュースだった」
「でしょ?」
梨々花は満足げに頷き、スマホを胸に抱いた。
静が小さく、ほとんど誰にも聞こえない声で言う。
「――わたしたちも、負けない」
レシートがテーブルに置かれる。
鷹津がそれを取り、自然に立ち上がった。
「会計、行ってくる。先輩だからな」
「助かる」
一琉は微笑み、グラスの底で氷を転がす。
どこか遠い喧噪と、目の前の温かさ。
その両方を正面から受け止めるように、目を細めた。
日常は薄紙みたいに脆い。だからこそ、守る理由になる。
凪嵐十字軍は歩幅をそろえ、夜風の中へ出た。




