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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第4章 お茶会にお越しあそばせ
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第66話 外伝「謎のファン七緒」二人乗りと、はじめての本音

 薔薇乙女會と交流をしている間も、

 七緒はたびたびカノンにあらわれていた。



 煙はカウンターの奥から出て声をかける。

「……よお」

 七緒は最初、完全に無視した。

「一琉さん、これ昨日のとは違いますの♡」


 毎回用意されるプレゼント。

 手縫いの巾着、ぬいぐるみ、やたら高級な紅茶葉まで。

 渡すたびに満面の笑み。

「あ、うん……ありがと」

 一琉は毎度押し切られる。

 悪意がないと分かる分だけ、距離の詰め方に迷う。


 それでも煙は、引かなかった。

 来るたび同じように声をかける。


「よう。今日も来たのか」

「腹減ってんなら、グラタンあるぞ」

「外、日差し強い。帰り、気をつけろよ」


 次は睨むだけ。三度目には舌打ち。四度目――かすかに、視線が揺れた。

「……うるさいですね。

 あなたはこれでも舐めてなさい」

「……」

 ぽい、と飴玉が投げられる。

 煙は無言でキャッチし、包み紙を破って口に放り、厨房へ戻った。


 七緒の帰り際、煙が焼きたての小さなパンを差し出す。

「礼、だ。店長から許可はもらってる」

「……ふん。少しは犬の自覚が出てきたようですね。もらってあげます」


 そんなやり取りが、何度か続いた。

 それからも、煙は同じ調子で挨拶し、天気の話をし、厨房へ戻る前に一言だけ残す。





「今度の休み、ツーリング行こうぜ!

 煙、後ろ乗れよ。2ストの良さを教えてやる」

 放課後の路地で、夏菜がガンマのテールを叩く。

 鷹津が原付のヘルメットをくるりと指に引っかけ、静は無言で頷いた。


「つ、ツーリング……! 一琉さんがバイクに乗るところ、ぜひ見てみたいです♡」

 会話に割って入った七緒の瞳が、いつもより近い。

 鷹津が目を細める。

「うーん? 初心者の男の子乗せてくのはねえ。単車持ってないでしょ?」

「……」

「あたしの後ろにゃ煙乗せるし、原付で二人乗りはダルいしな。静が乗せるとも――」


「……ダメ、ですか?」

 七緒が、今にも泣きそうに一琉を見上げる。

「んー……僕もだいぶ慣れてきたし、後ろ、乗る?」

「…!!はいっ♡」


 他の面子は顔を見合わせる。

「女だったらぜってぇ蹴り出してるんだがなぁ」

「男の子だと思うと、まあ、ほほえましいっつーか……」

「行くなら整備は入れとけよ。……七緒、変なことすんなよな」

「心得ておりますわ♡」





 山へと伸びる国道。

 風が夏の残り香を運んでくる。


「風が気持ちいいですね♡」

 背中に回る七緒の指が、ぎゅっと強まる。

「うん。落ちないようにだけ、気をつけて」

 一琉はミラー越しに静のカタナを確認し、前方で軽やかに跳ねるガンマを追う。


「いいか煙、2ストってのはな、パワーバンドに入ると一気に来る! ここ、この回転域、とんでもねぇ加速だろ。 独特の甘い匂い分かるか、オイル混合気の――

「何言ってっかわかんねぇけど、うるせえのは分かった!」

 夏菜の饒舌は途切れない。

 やがて峠。右へ左へ、木漏れ日を切り裂く。


 ——そのときだった。

「……あ? やべっ」

 夏菜のガンマが、かすかにむせた。

 次の瞬間、金属がきしむ嫌な音。失速。

 夏菜はすばやくクラッチを切り、惰性で路肩の駐車スペースへ滑り込む。


「妙な感じだった……どうしたんだ?」

 煙が即座に降り、後続が次々と寄せた。

「…………焼き付きだ。

 久しぶりにやっちまったぜ……

 少し待ってくれ」



 皆が見守る中、夏菜は手早く工具ボックスを開く。

 タンクを外し、チャンバーを外し、シリンダーヘッドを抜く。

「軽く抱いたな。アルミかじってる」

「抱く?かじる?」

「エンジン回し過ぎるとピストンとシリンダーが当たっちまってな、溶けつくんだよ。

 2ストは特に起こりやすいな」


「聞いたことあるかも。レッカーか?」

「いや、この程度なら現地修理だ」

「えっこの場で?」


 夏菜は紙やすりを取り出すと、慎重にピストンを均す。

「静は車体固定。鷹津、オイル。梨々花、ライト頼む」

 静が無言で車体を支え、梨々花が手元を照らし、一琉は器用に削り粉を払う。

 鷹津はオイル比を計って混合を作り、補充。

 夏菜の指示の下、現地オーバーホールが進んでいく。





 工具の音が続くその裏で、少し離れた自販機の陰。

 煙はジュースを二本、片手に提げて戻ってきた。

「ほら」

「ふん……気が利きますね。

 一琉さんにもお渡ししてきなさい」

「自分でやれ」


 煙は自分の缶をプシュと開けた。泡の音に紛れて、小さく言う。

「なあ。お前、なんでいつも猫かぶってんだよ」

「……なんの話ですか?」


「オレは生きるために、絡んできた奴を半殺しにして金盗ってた。

 世の中全部、敵だと思ってた。……その時の自分に近い匂いが、お前からする」

「何言ってるか分からないですね。

 お友達が欲しいなら他を当たってください」


「本当は、オレたちと話すのだって、怖いんじゃねえのか」

 七緒の睫毛が一度だけ震え、缶のプルタブに添えた指先がわずかに力む。

「っ……黙って」

「オレは怖かったよ。

 絡んでくる奴が何考えてるのか分かんなくて、だから先にやるしかねえって」


 七緒は缶を持つ手を口元へ運びかけ――止める。

 笑みを作ろうとして、作れない。代わりに皮肉だけが口から滑る。

「……あなたに、わたしの何が分かるっていうの」

「全部は分かんねぇよ。

 けど――ここは噛みつかなくてもいい場所だ」


 ほんの一拍、七緒の目が泳ぐ。

 それを自覚した途端、頬に熱がのぼり、いつもの仮面が乱暴に戻った。

「うるさい! あなたのような狂犬と、私は違う!!」

「……さっきまでのうさんくせぇ態度より、ずっといいぜ」


「はぁ!? 何様――」

「なぁ、どうして一琉が好きになった?」

「っ、なんなんですか、あなた」

「オレは、あいつに助けられた。何も渡すもんもねえ、オレをだ」


「あなたは“狂犬”と呼ばれる程度には戦力として使えるから」

「あいつは、オレがもう喧嘩しねぇって言っても受け入れる。

 ……お前が毎回、何も持って来なくてもな」

「ありえません。役に立たない犬の居場所なんて、存在しません」


「……今、初めてお前の本音、聞けた気がする」

「~~~! なんなの!!」

 七緒の声が裏返る。

 煙は肩を竦め、ジュースを一口だけ飲んだ。





「――よし、始動テスト」

 夏菜がキック。

 ガンマのエンジンが、まだらな鼓動から、やがて整ったリズムへと収束する。


「まさかホントにエンジンかかるとはね……」

 鷹津が感心して口笛を鳴らす。

「帰ったらもう一回バラすけどな。たぶん、それまでは持つ」


「今回はここまで、だね」

「悪かったな。調子乗ったアタシのミスだ」

「いいんだよ。面白いものも見れたし」


 工具を積み、荷を括り直す。

 鷹津が二人乗りの後部座席を指で弾いた。

「おら、お待たせ、荷物ども~。直ったわよ」


 七緒はちらりと煙を見やり、ツンと顎を上げる。

「……ふん」

 そして、いそいそと一琉の後ろへ滑り込む。

「一琉さん♡」

「う、うん。じゃあ、帰ろうか」



 帰路の途中、速度を落として、涼しくなってきた風を受ける。

 七緒の声が、ヘルメット越しにやわらかく届く。

「……あの、毎回プレゼント、持ってこなくてもいいですか?」

「え?」

 七緒の指先が、ほんのわずか震えた。


「もちろん。会いに来るだけで、嬉しいから。

 ……それで、いいよ」

「……はい。分かりましたわ」


 七緒は短く答えると、

 しばらくして、小さく笑う。

「でも――最後に大きいプレゼントを用意しますね」

「え?」

「楽しみにしていてください♡」


 潮の匂いに、わずかな鉄の匂いが混じった気がした。

 ゼファーの鼓動は変わらない。日は西へ傾き、影は長く伸びる。

 七緒の横顔は笑っていて、けれどどこか、震えていた。

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