第65話 暗夜會幹部会
地下の会議室は、夏でも冷たい。
コンクリートの壁に水滴が伝い、蛍光灯がじ、と不機嫌に鳴いた。
「――以上が三中の報告だ。
兵は散り、警察にごっそり持っていかれた」
フルフェイスのバイザーを上げもしない獣鬼が、報告書を机に投げた。
「使ったのは“狂輪会”のランキング外の連中、検挙要員だ。」
獣鬼の声が低く響く。
面頬を付けた修羅鬼は、肩をすくめて続ける。
「暗猫衆も同じだ。弱みを握ってる連中を前に出した。自白はしない。
捨て駒で揺さぶる。――そのはずだった」
ぱち、と地獄鬼が爪を鳴らした。
音は小さいのに、空気を切る刃のように鋭い。
「そういう問題じゃないよ」
けだるげな声。なのに、胸の奥が冷える。
地獄鬼は椅子の背から体を離すと、机に置かれた資料を爪で叩いた。
「兵数で押し潰す選択肢が、もう取れなくなった。
勝手に動いた挙げ句、結果も出せずに帰ってくる。
……潰されたいの?」
空気が沈む。
獣鬼は椅子を蹴りそうになる脚を止め、フルフェイスの奥で舌打ちを飲んだ。
「……悪かった。だが“凪嵐十字軍”と“薔薇乙女會”が組んだインパクトは、想定外だ」
修羅鬼も面頬の中で笑みだけ消して、首を垂れる。
「ワビ入れる。次は外さねぇ」
地獄鬼は欠伸の手前みたいな息をして、興味を落とす。
対照的に、天鬼がようやく楽しそうに身を乗り出した。
「いいじゃないか。わかったことがある。
凪嵐十字軍と薔薇乙女會の“実力”が、ね」
椅子の背にだらりと腕を回し、口角を上げる。
「凪嵐十字軍と薔薇乙女會。
異名持ちが三人――“音無し”“虎閃”“狂犬”。
それをヘッドが完璧に指揮する超少数精鋭。
片や“叛逆のお嬢様”の下で団結と現場判断が回る連隊、
——弱点を補い合う同盟だ。
スペクタクルだよ……こういう展開、嫌いじゃない」
地獄鬼がじろりと視線をよこすが、天鬼は笑って受け流す。
「兵数で押し潰す策は、もう効かない。ねえ、宵星?」
テーブルの端、紙束を整えていた“宵星”が、ゆっくり顔を上げた。
「半端な襲撃は、我々の体力を削るだけですわ。
同盟が成立した今、彼女らを正面から狙うのは“投資対効果”が悪い」
「回りくどいな。結論は?」
「矛先をずらすべき。――暴動鉄騎隊に、けりを」
室内が、わずかにざわめいた。
修羅鬼が目だけで宵星を見る。
「いまさら峠荒らしにか? あいつらは鬼道連時代からの宿敵だが……」
「だからこそ、ですの。
小さな群れはあらかた掃除が終わっています。
そこへ“同盟”。
街でこれだけ騒ぎが起きている今、山に警察の介入は遅い。
今、峠で話題の走り屋は――暴動鉄騎隊の関係者ですの。
旗を折れば——暗夜會にとって都合がよろしい」
宵星はやわらかい笑顔のまま、刃だけを机に置く。
天鬼が指を鳴らした。
「いいね。因縁に幕。第二幕の幕開け。舞台は峠ってわけだ」
「それで」
地獄鬼が視線だけを、獣鬼と修羅鬼へと滑らせる。
「汚名返上の役者は、誰がやるの?」
獣鬼がフルフェイスを傾け、椅子から立った。
「……俺だ。狂輪会で出る。峠で暴動鉄騎隊を潰す」
修羅鬼が鼻で笑い、すぐに肩をすくめる。
地獄鬼はつまらなそうに瞬きし、天鬼は満足げに拍手を二度。
宵星は、手を胸元で重ねて小さく会釈する。
「決まり、ですわね。
準備は手早く、痕跡は薄く。
――半端は、もう許されませんの」
蛍光灯がもう一度、じ、と鳴る。
会議室の扉が開き、冷気が流れ込む。
獣鬼が歩み出るたび、床が低く唸った。
扉が閉まると、音が消えた。
残った三人――地獄鬼、宵星、修羅鬼だけになる。
「ねえ宵星」
地獄鬼が頬杖のまま、横目で問う。
「あなた、凪嵐十字軍には矛先が向かなければ他はどうでもいい、って顔をしてる」
「まあ。女心は複雑ですのよ」
宵星は涼しく笑った。
「同盟には虚無詠劫から圧をかける。
——文句はないな?」
「……ええ、もちろん」
じろりと横目で見やると、地獄鬼は去る。
宵星は薄く目を細め、残った湯の冷めたカップを一度だけ傾けた。
「さて。幕間は終わり。
私は、物語が動く音が好きだ。
狂輪会と暴動鉄騎隊、どちらが先に熱を上げるか、見せてもらおう」
暗夜會の会議室に、静寂だけが置き去りにされた。
外では、峠へ向かうエンジンの音が、いくつも重なり始めていた。




