表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第4章 お茶会にお越しあそばせ
64/115

第64話 カノン屋上の紅茶会

 夕暮れの橙が、パン屋カノンの屋上をやさしく染めていた。

 うわさは街じゅうを駆け、学校も商店街も三中の大乱闘で持ち切りだ。

 けれど当人たちは、決めた顔で日常を続けるだけ。


「今度は僕からお返しを」

「……お返し、ですの?」

 電話口で一琉は笑った。

「薫子さんに、お茶を淹れたいです」

「まあ。――それは、光栄ですわ」



 場所はカノンの屋上。

 影の伸びる九月の夕方、

 折り畳みのテーブルに白いクロスを張る。

 ポットとカップ、それから素朴な皿。


「ガチでティーパーティーかよ!」

 夏奈が両手を腰に当てる。

「茶葉を煮出すだけでしょ? 何が違うのさ」

 鷹津はあくびを噛み殺し、柵にもたれた。


「“叛逆のお嬢様”の秘密に迫る――

 絶好のネタだわ!」

 梨々花はノートアプリを起動して、すでに取材モード。

 静は無言で屋上を一周し、瓦屋根の影にも視線を滑らせる。

 煙は一階で、店主と一緒に洗い物を片づけていた。



 そんなやり取りの最中、階段から足音。

 薔薇色のリボンが夕焼けに映えた。

「お招きにあずかりましたわ」

「ようこそ」

 薫子は微笑んで会釈。

 後ろの参謀は紅茶セットを大事そうに抱え、

 緊張で背筋がさらに伸びている。


 お菓子係の少女は箱をぎゅっと胸に抱きしめて、一歩前に出た。

「し、失礼します……

 不束者ですが、よろしくお願いします……!」

「今日は学びに参りました。

 一琉さんの淹れ方、ぜひ拝見したく」

「こちらこそ。――席へどうぞ」


 お菓子係が、そっと包みを差し出す。

「拙いですけど、手作りクッキーです……」

 薫子が誇らしげに微笑む。

「わたくしの大切なお菓子係ですもの。

 誇り高い一品ですわ」


 一琉は自然に受け取り、香りを確かめた。

「バターがしっかり。

 ――なら、アッサムが合いそうですね」


 一琉は秤に茶葉を落とし、

 温めたポットへ湯を注ぐ。

「色の変化と香りで、味はまったく違います。

 細かいリーフなら短め、葉が大きいなら少し長く。

 蒸らしは――この泡が沈む頃」

 湯が細く高く落ち、茶葉がふわりと踊る。


 参謀がハッと息をのんで、慌ててメモを取りだした。

「なるほど……参考になります!」

「今日は話もすると思うから、

 ダージリンのセカンドフラッシュも用意してあります。

 軽やかに行きたいときはこっち。

 ――用途に合わせて選ぶのも、いいですよ」


 夏菜はあくびを噛み殺し、

 鷹津は椅子を後ろ脚で遊ばせる。

「アタシら、蚊帳の外ってわけ」

「格闘技講座ならまだ分かるんだけどな」



「では、どうぞ」

 湯気のむこうで、薫子がカップを唇へ。

 瞳がゆっくり細くなる。

「……心が澄むようですわ。

 これぞ極味入魂エレガンス


「……うま」

「黙って飲むと、さらにうま」

 夏菜と鷹津も、結局は素直だ。

 お菓子係のクッキーは、

 サク、と良い音を立てた。


「ところで薫子さん、“お嬢様業”の収支ってどうなってるの? 寄付? 会費? バズ?」

「お茶会の最中に損益計算は無粋ですわ~。

 でも――答えは“みんなで持ち寄る心”。

 安物でも磨けば光りますのよ」

「はーい、“叛逆のお嬢様”、

 節約と美学の二刀流”っと」


 一琉は続けて別ポットへ湯を落とす。

 立ちのぼるのは、草原めいた爽やかさ。

「……いい香り」

 他愛もない話に、黄昏が濃くなる。

 屋上の影が長く伸び、商店街のざわめきが遠のいていく。


「――同盟を組むあなたたちには、話しておこうと思いますの。

 回想カタらせていただいてよろしいかしら……わたくしの過去を」

「もちろん」

 一琉がうなずく。静かに、視線が薫子へ集まった。



 ――その頃、街は鬼道連が支配していましたわ。

 “鬼の一条”なんて呼ばれ、修羅鬼の座に名を置いておりました。


 毎日のように殴り、奪い、吠える日々。

 敵対する連中を潰して、縄張りを塗り直す。

 それが“居場所”だと、思い込んでいたから。


「出来損ない」

 両親は、そう言ってわたくしを追い出した。

 帰る家はなく、薄汚いアジトで眠り、朝は血の味で目を覚ます。

 どうせ私も、みんなと同じクズ。

 ――そう呟けば、殴る拳も痛まない。



 ある日、一人の少女が来ましたの。

 鬼道連に巻き込まれた友人を連れ戻しに。

 聖リリアンの制服。背筋はまっすぐ。

 目は、静かな湖の色をしていました。


「なにお高く止まってんだ、お嬢様。どうせ下の人間を見下してるんだろ」

 吐き捨てると、彼女は迷わず首を振った。

「見下していないわ。

 あなたたちがどれだけ傷ついて、ここまで来たのか……私には想像もつかない。

 でも――戻る子のためなら、私、どれだけ殴られてもかまわない」


 

 馬鹿だと思いましたわ。

 周りの連中も、同じように笑った。

 金でも取るか、と。

 拳が振り上がる。彼女は震えながらも、友人の前に立った。逃げなかった。


 ——わたくし、取り巻きを殴り倒して二人を連れ出しました。

 どうしてかは、いまでも説明できないですわ。

 ただ――あの瞬間、初めてエレガンスを見た気がしましたの。


 わたくしは彼女と、手紙と電話を交わすようになった。

「品位は、生まれではなく選び方」

 そういって粗野で乱暴なわたくしにも、

 彼女は、礼儀を教え、仕草を直し——

 “お嬢様”であるとはどういうことか、静かに示してくれた。


 いつしか、その言葉が、わたくしの芯になりましたの。



「笑いたい者は笑えばいい。だけど、私はこのやり方でしか生きられない。

 ……私の信じる“お嬢様”は、誰にも負けないから」


扇子がぱちん、と閉じられる。

屋上に、いまの風が戻る。

参謀とお菓子係は背筋を伸ばし、真剣に頷いた。

夏菜も鷹津も、口を閉じたままクッキーを見つめる。

梨々花はペンを止め、ただ息を吐いた。


「僕も、“筋”を通すなんて言い出したときは、

 借り物の言葉でした」

 一琉は、湯気越しに微笑んだ。

「でも、毎日選べば柱になる。……同じですね」

「あなたがそう言うなら、わたくしの道は間違っていませんわ」



「薫子さんは、どうしてヨーヨーを?」

 薫子はポケットから金属の輪を取りだした。

「……昔、極貧の家で、唯一の玩具が道端で拾ったヨーヨーでしたの。

 それを“お嬢様”と出会い、生き方を変えようと決めたとき――ふいに思い出したのです」


 試しに振ったそれは、驚くほど手に馴染んだ。

「過去のわたくしが、現在のわたくしの掌に戻ってきた気がしましたわ。

 ——だからわたくしは、ヨーヨーで戦うのですわ。

 お嬢様として。一条薫子として」


 深紅の輪が空を切る。

「サマーソルト」――弧を描いて跳ね上がり、

「サイドウェイ・スラックスター」――横滑りの緩みに指が通り、

「クリス・タワー」――糸が塔に組み上がって、夕焼けの上に影を落とす。

 静かな拍手がおこった。


「……きれい」

 お菓子係が小声で漏らす。

「薫子様、そのヨーヨーで……

 わ、わたし、前に助けてもらいました」

「もちろん覚えておりますわ。

 あなたの持っていたクッキーの匂いも」



 風が少し冷たくなる。

 夕日がビルの隙間に沈み、街の明かりがひとつずつ灯る。


「薫子さん」

「ええ」

「同盟は決め事ではなく、一緒に過ごした時間が強くする。

 お茶を淹れるみたいに……

 また、お会いしましょう」


 薫子が目を細めた。

「一琉さん。あなたの“お返し”は、

 場の空気まで整えるのですわね。

 わたくし、あなたのそういうところが好きですわ」

「ありがとうございます。

 ……薫子さんも、最初に温室を整えてくれたから、僕はここまで手を伸ばせる」


「おほほ。でしたら、次はわたくしの番。

 この街の風向き――

 暗夜會の回し者どもが、どこから風を入れているか。

 近いうちに“香り”を辿ってご報告いたしますわ」

「よろしくお願いします」

一琉が笑う。


「……案外、悪くなかったな」

「わかる。お茶、奥深いわ」

 夏菜と鷹津が苦笑し、

 梨々花は画面を閉じた。

「面白いネタが聞けたけど……

 これは広めるのは違うわね。

 胸にしまっとく」


 戦う場所は荒っぽくても、

 静かに落ち着ける場所があってもいい。

 カップが重なり、小さく澄んだ音が鳴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ