第63話 温室の盟約
警察車両の赤色灯が校門の外を染めた。
校門から制服の群れがなだれ込む。
騒然とした空気のなか、
薔薇乙女會の幹部隊員がきびきびと事情を説明し、警察の応対を引き受ける。
薫子は裾を払って一琉の前に立った。
「ねえ一琉さん。素晴らしく冷静な指示、実にエレガントでしたわ」
「恐縮です」
「でも、暗夜會と戦うとなれば、
こんなこと――日常茶飯事ですわ。
まして一琉さんのように可愛らしい殿方では、その数も倍危機でしてよ」
「……それを教えてくれるために、
あえて襲撃を呼び寄せたんですね?」
「……!」
薫子のまつげが一度だけ震え、すぐににっこり笑う。
「さすがの戦略眼ですわ。ええ。同盟のうわさを流しましたの。
暗夜會がどれだけ警戒しているか、襲撃の規模で分かったでしょう?
今退けば、しばらくは平穏にすごせましてよ」
「要領が良いだけの生き方はしないって決めてるんです」
一琉は肩をすくめる。
「今さら大きいバックが出てきたくらいで退くのは、僕の中の筋が通らない。
……それに、頼りになる仲間がついていますから」
「うふふ……気に入りましたわ」
◇
警官対応を部下に任せると、薫子は校舎裏の温室へと一行を案内した。
外は古びた硝子小屋にしか見えない。だが扉を開けた瞬間、空気が変わる。
薔薇の甘い香り。丁寧に拭き込まれたガラスは光を柔らかく散らし、安物のティーセットでさえ艶を帯びて映える。
花の配置も椅子の角度も、誰かを迎えるために整えられている。
「ようこそ、わたくしの王国へ――
といっても、見栄を張るほどの財力はございませんのよ」
(……本当に裕福じゃない。
けど、手を尽くして整えた時間が、ちゃんと香ってる)
湯気が立ちのぼり、薫子が紅茶を注ぐ。
一琉はカップを持ち上げる前に、ポットの角度を見て口を開いた。
「薫子さん、ポットは少しだけ高い位置から注ぐと、香りがもっと立ちますよ。
それと、この茶葉の色合いだと白より生成りのカップのほうが映えるかもしれません」
「まあ……わたくし、そんなこと考えもしませんでしたわ」
「昔、そういうお茶会で接待していたことがあって……。
味や香りはもちろんですけど、
“見せ方”で印象がずいぶん変わるんです」
「あなた、本当に面白い殿方ですわね。
――よろしければ、次のお茶会のときは、あなたのその“接待流儀”をわたくしに教えてくださる?」
「ぜひ。招待状は、もう少し“果たし状”っぽくないやつで」
「おほほ、検討いたしますわ」
「……あんた、ホントどこ行っても取り入るの得意だな」
夏菜がニヤつく。
「こりゃ薔薇乙女會とも長く付き合えそうね」
梨々花が肩をすくめ、煙はおとなしくカップを鼻先へ運び、目を細める。
「……しゅてき」
静は湯気越しに一琉を見て、小さく頷く。
◇
紅茶が一巡したところで、薫子は指を顎に添えた。
「では、お茶会の本題とまいりましょう。わたくしたちの敵、暗夜會について――」
ひと呼吸置いて、薫子は指を折る。
「おおよそ、鬼道連の後継組織と言えるでしょう。六人の幹部――六道鬼。
天鬼、地獄鬼、人鬼、修羅鬼、獣鬼、慾鬼。
うち慾鬼の蜘蛛の巣会は、あなたたちが見事に潰してくれた」
夏奈が腕を組む。
「さっき校庭で暴れていたのが獣鬼だな」
「ええ。彼女たちの目的は創立者の銀喬すみれ……
天鬼が鬼哭冥夜と再戦の場を整えること。
ロマンチストゆえに不良をやっている、
奇矯な人ですわ」
夏菜が鼻を鳴らす。
「ロマンで街壊すなっての」
「それはそうですわ」
薫子は視線を走らせ、窓の外の傷ついた校庭を一瞥した。
「今までも薔薇乙女會として争いはありましたけれど、
最近になって急に“合理的”なやり口が目立つ。
下部組織、上納、恐怖で縛る制度。
――外部から誰かが入った気配ですが、
名前すら出てこない」
一琉は小さくうなずき、得た情報を重ねた。
「慾鬼からの情報と、煙の家で拾ったデータから——
“宵星様”と呼ばれる誰かが入り込んだ形跡があります。
裏のやり方への理解が中高生とは思えないほどで、僕たちも名前までしか」
「いえ…大きな一歩でしてよ。
“宵星”…こちらでも調べてみましょう」
◇
「鬼道連は――
わたくしがいた頃は、良くも悪くもシンプルでしたのよ」
薫子の視線が遠くに泳ぐ。
「地域に点在する不良たちの連合。ただ、それだけ。
やるもやられるも、すべて自分の拳と度胸次第――
健康優良不良少女の集まりでしたわ」
「鬼哭冥夜に追われ、地下に潜っても本質は変わらないはずだった。
……なのに最近は違う、か」
鷹津が腕を組む。
「不良娘たちが、まるで反社のコマのように扱われる――
気に入りませんわ。
上納と恐怖で回す支配?
そんなもの、ヤンキーの青春とは無縁ですのよ」
テーブルを指でとん、と小さく叩いた。
「――拳を交えるのは、支配のためじゃなくて、筋を通すため。
利害じゃなく、惚れたやつのために命張る。
それがわたくしたちの世界ですわ」
一琉はうなずいた。
「同感です。
逃げない。曲げない。
……一緒に、やりましょう」
夏菜が笑う。
「筋通さねぇやつはケリ入れて寝かすだけだ」
鷹津が肩を回す。
「利害でしか動かねぇ連中は、
殴り合いの土俵にも上がってこねぇしな」
煙は小さく息を吸い、真っ直ぐ言った。
「……オレも行く。もう、奪われるのはごめんだ」
「情報は私が追う」
梨々花がスマホを伏せる。
静は黙って頷いた。
「ならば――決まりですわね」
薫子はゆっくり立ち上がり、
スカートの裾を摘んだ。
「薔薇乙女會と凪嵐十字軍は――
これから盟友ですわあああ!」
温室の薔薇が揺れるほどの高笑い。
一琉は小さく笑ってうなずいた。
「よろしくお願いします、薫子さん」
敵の影は濃い。
けれど、手を握る掌は温かった。
「これから調べを進めて、何かわかれば必ず連絡しますわ。
温室の扉は、いつでもあなたがたのために開いておりますの」
夕陽がガラスの縁に火を灯していた。
外はまだ騒がしい
「……行こうか」
一琉が言う。
「おう」
夏菜が肩をぶつけてくる。
「はぁー、名実ともに“姉妹校”って感じ」
梨々花がちゃかす。
温室の扉が閉まる。
薔薇の香りが背中に残る。
互いに一歩踏み込んだ信頼が、そこに確かに芽吹いていた。




