第62話 三中大乱闘② 邂逅、獣と修羅
校内の騒ぎは、ようやく押し返しに傾きつつあった。
襲撃者の逃げ足がまた一台動かなくなる。
散らばった凪嵐十字軍と薔薇乙女會の連携は崩れず、
狂輪会と暗猫衆の足は次々ともがれていく。
その時、廊下の向こうで、狼煙のような排気音。
校舎外の渡り廊下に、異様な圧が近づいた。
地鳴り。
黒い巨体が、廊下を塞ぐ。
乗り手は、鉄塊を“身体の延長”にしていた。
「ッ獣鬼……!」
「退け」
渡り廊下に突っ込むや、重戦車みたいなトルクで壁を擦り、
薔薇乙女會の一般隊員をまとめて弾き飛ばす。
金属音と悲鳴。巨体を軽々と操り旋回すると、再び隊列に迫る。
隊列が崩れかけた。
「V-MAX…! デケェな!!」
隊員の後ろからそれを目撃した夏菜が槍のように跳び込む。
「肩借りるぜ!!」
隊員の肩を使って跳びあがり、ヘルメットに跳び蹴りを叩き込む。
――しかし、重量が違う。
獣鬼はブレーキを引かず、逆にスロットルを開けた。
爆ぜるトルクが夏菜の脚を弾き、
彼女の身体が空中で一回転して床にころがる。
「ッだぁ……! 崩れねえ!!
やるじゃねえか!!!」
虎の瞳孔が開き、即座に跳ね起きる。
隊列への再突撃は逸れ、隊員が負傷者を回収して撤退する。
獣鬼のヘルメットが、夏菜を向く。
敵、と認識したような、冷たい視線。
「“虎閃”——ふん、羽虫だろ」
「上等。引きずりおろしてやるよ」
スロットルがさらに開き、排気が叫んだ。
◇
一方、体育館中央。
薫子が掃き溜めた敗残が床に転がる中、円陣を組む影。
筋肉質な体に面頬のような仮面と拳ダコの目立つ女が、
配下を率いて薫子を囲んでいた。
「久しぶりだな、薫子ォ。バカみてえなかっこしやがって。
潰してやるよ……!」
「あら綾羅。ごきげんよう」
薫子は膝を少し折り、優雅に一礼。
「金魚の糞を連れて観光ですの?
フクロを配信して喜んでる、実戦派気取りの修羅鬼らしいですわね」
「…殺す」
修羅鬼——綾羅のこめかみが震える。
一歩踏み込み、殺気が満ちた。
「させるかよ!」
横から鷹津が割って入った。
「一時的とはいえ、
同盟のヘッドつぶされるわけにゃ、いかねーんだわ!」
鷹津の鋭い踏み込みから右ストレートが修羅鬼を襲う。
修羅鬼は薫子を見たまま、
前腕で回し受け——その腕がそのまま直突きに変化する。
「ぅッ!?」
明確に練度が違う。
逸って体重が前にかかった鷹津の重心を回し受けがわずかに崩し、
その隙に直突きが打ち込まれた。
鷹津のガードは間に合うが、拳が固い。
鉄球を撃ち込まれたような痛みに顔が歪む。
強い——おそらく、かつて戦った蜘蛛の巣会の幹部よりも。
強者の気配に、とっさに飛び退いた。
「雑魚は引っ込んでろ」
「あ゛ぁ!?」
修羅鬼は一瞥すら寄越さず、再び薫子へ正対した。
鷹津の血管がピキピキと音を立てた。
◇
「勢い、落ちてきた」
静が一琉の背で呟く。
「うん。もう少し――」
膠着——となりかけたところで、遠方にサイレン。
複数。重なる。近づく。
「…ち」
獣鬼は夏奈に向かうことは無くハンドルを切り、体育館脇へ滑り込む。
V-MAXが獣のように吠え、修羅鬼近くの鉄扉で止まった。
修羅鬼は射殺すような視線を薫子にむけると踵を返し、後部へ飛び乗る。
「撤収だ」
低い声が短く落ちる。
「待ちやがれゴラァ!!」
落ちていた鉄パイプを鷹津がぶん投げるが、軽く弾かれる。
「あら、もうお帰り?」
薫子はスカートの裾をつまみ、深く、美しいカーテシーを一つ。
「ご機嫌麗しゅう、次はもう少しましなのを寄越してね。
――小娘の遠足ごっこじゃ、退屈でしたわ」
お上品な挑発に、鷹津の肩からわずかに力が抜けた。
獣鬼のバイザー越しに舌打ち。
修羅鬼の歯ぎしりがやけに響いた。
渡り廊下をV-MAXが駆け抜け、
金網の穴を抜けて通りへ消える。
配下たちも散開し、それぞれの逃げ道へ消えた。
ホイッスルの音が響き、
まだ狩られていない兵隊たちも一目散に逃げていく。
薫子がにこやかに声をかける。
「……助かったわ、鷹津さん」
鷹津は冷静さを取り戻し、視線を巡らせる。
体育館の床には、薫子が倒した敵の山。十や二十ではきかない。
——助け、いらなかったんじゃ?
そんな顔になった鷹津に、薫子は人差し指を立てて微笑んだ。
◇
倒された者たちを残し、黒い群れはサイレンの向こうへ消えた。
「沙夜、薫子さん!みんな無事?」
「薫子さま!生徒の皆様やワタクシたち、全員大きなけがはありませんわ!」
凪嵐十字軍と薔薇乙女會隊員の面々が体育館に集合する。
夏菜がニッと笑う。
「みんな無事か、上々だな」
「……ふん、当然」
煙は頬の擦り傷を指で拭い、そっぽを向く。だが口元は少しだけ緩んでいた。
「あの仮面女…次会ったら潰す!」
鷹津は修羅鬼たちが消えた方角に闘志を燃やす。
「避難完了、戻ってきたわよー」
梨々花がタブレットを掲げる。
「映像も抑えた、後で共有するね」
「……無事で、よかった」
静が短く言い、うなずく。一琉はみんなを見渡して、小さく息を吐いた。
「大した被害もなく、敵は死屍累々《ズタボロ》——」
薫子は踵を鳴らし、振り向いた。
「凪嵐十字軍の皆さま、そして薔薇乙女たち——
わたくしから言葉を」
皆の視線が集まる。
薫子が胸元に手を当て、堂々と総括した。
「今回の防衛戦——
わたくしたちの勝利ですわああ!!」
歓声が重なる。
オーーーーッホッホッホッホ!
薫子の高笑いが、三中の薄雲を押し上げるみたいに澄んで響いた。




