第61話 三中大乱闘① 嵐と薔薇
黒い点が校門をくぐり、瞬く間に増殖した。
顔を隠した単車部隊が校舎脇を回り、中庭へ鼻先を向ける。
並走するのは、配信用の小型カメラを胸に付けた連中。
「学校にカチコミとはな……!
いよいよ手段を選ばなくなってきやがった」
夏菜が舌打ちする。
「——襲撃者は長くは留まれない。
警察が来れば終わるから、実は不利なのは向こうだよ」
一琉は立ち上がり、移動されたテーブルに紅茶のカップをそっと置いた。
「散開しよう。単車を優先して潰す。逃げ足を奪えば、あとは崩れる」
「了解」
静が小さく頷く。
「……私は一琉クンの護衛」
「お願いね。夏奈と煙は遊撃。
沙夜は一般生徒の避難を優先してあげて」
「お茶会だなんだより、よっぽどわかりやすいぜ」
煙が即走り出す。
「今回ばかりは狂犬ちゃんに同意かもね」
鷹津がうなずき、夏菜が笑うと、散開した。
静は一琉の影にそっと立つ。
「三中大乱闘…!撮れ高マックス……!!」
梨々花が呟きスマホを構える。
「すみれ――天鬼は、敵が同盟を組めばむしろ喜びますの」
薫子がヨーヨーを回しながら言う。
「つまりこれは現場担当の雑な襲撃。
兵隊を減らす良い機会ですわ~」
そして、集まってきた隊員に檄を飛ばす。
「各班、一般生徒と教職員の避難誘導を最優先。
わたくしも出ますわ。
——さあ、走りなさい! 礼節は速さでしてよ!!」
◇
中庭を飛び出すと、もう戦場は学校全体に広がっていた。
顔を隠した単車部隊が廊下を走り、鉄パイプが窓ガラスを割る。
靴音、叫び、クラクションの遠鳴り。
煙は割れた窓から校舎内に飛び込み、
廊下を走っていた単車の背中に組み付く。
「よぉ」
「は!!? や、やめ…!」
崩れた重心の中、ヘルメットに腕を回し、ハンドルに足を掛け、軸を切る。
「うわあぁぁ!!」
前輪が横を向き、車体が横倒し。乗り手と煙が吹き飛んだ。
「ごふぅッ!?」
乗り手をクッションに廊下に着地すると、一応腹にひと蹴り。
乗り手は完全に気絶していた。
「っ…きょ、狂犬だ! 囲んで潰せぇ!!」
スマホを向け、鉄パイプやモップまで構えて輪を作る。
「次」
イカれた所業にひるむ暗猫衆の集団に狂犬が突っ込んだ。
「ソラアァッ!」
振るわれた鉄パイプをかいくぐり、
足首を踏みつけながら顎に頭突き。
「ぎゃふッ」
即足払い、構えていたスマホが床に落ちる。
「シイィッ!」
背後でモップ。
振られる前に後ろ肘で鳩尾をえぐり、肩越しに襟を掴んで壁へ投げる。
「グヘッ」
ドン、と乾いた音で廊下に沈む。
床を蹴り、側壁の手すりへ飛び乗る。
身体を半回転させながら別の一人のこめかみに回し蹴り。
狂犬と呼ばれた戦い方は、少しだけ様相を変えていた。
さらに三人を危なげなく倒しきる。
容赦は皆無。しかし——
「う、うぅ…」
床に倒れてうめく一人の前で足を上げ、
踏み抜いたのは配信ランプがついたままのスマホだった。
「…次」
煙はもう迷わない。
自らの暴力を嫌悪することも無い。
ただ己と仲間の筋を通すため——
その姿は、気高い白い狼の様だった。
「――降りろやゴラァ!」
夏菜は壁を蹴り、跳び上がる。
反動を利用してのミサイルキックが単車乗りのヘルメットを捉えた。
ドガァン、と鈍い破裂音。
乗り手ごと廊下に叩きつける。
単車は火花を吐きながらロッカーへ激突し、
ポスターがひらひらと降り注ぐ。
夏菜は空中で腰をひねり、猫のように着地した。
視線はもう次を探している。
横から鉄パイプを振り上げた配信女の腕が振り下ろされる前に、
高速ローリングソバットが顔面を吹き飛ばす。
配信女は悲鳴も上げられずに床へ転がり、
スマホだけが虚しく廊下を滑っていった。
「遅せえんだよ! 次!」
非常階段脇の薄暗がり。
たまたま残っていた不運な男子生徒が、
暗猫衆の一人に羽交い絞めにされていた。
「へ、へへ…かわいいじゃん」
もう一人は鉄パイプ片手にスマホで撮影しながら笑っている。
「そこまでだっての」
鷹津が横合いから滑り込む。
拘束している方のこめかみを肘で打ち抜き、
首元をつかんで引き倒す。
「っ?!」
慌てて鉄パイプが振りかぶられる。
鷹津は男子生徒の肩口を掴み、背中を自分の方へ引き寄せつつ半身でかわす。
鉄パイプは空を切り、すかさず鷹津の踵が外側から相手のスネを打ち抜いた。
相手が体勢を崩すのと同時に、生徒の腕を引っ張って階段へ逃がした。
「上で隠れてろ! 走れ!!」
「ひゃ、ひゃぃっ!」
小柄な男子生徒が階段を駆け上がっていく。
「お見送り完了。――さ、続きやろうか?」
一琉は昇降口に移動し、襲撃者の目を引き付けていた。
静が近づく影をすべて“無音”で散らす。
雑兵は打たれたことにも気づけないまま床に崩れ落ちる。
一琉はその様子を観察しながらつぶやく。
「こんな無茶な襲撃に動員されるのは、やっぱり捨て駒だ。
…でも士気を保つために指揮官がいるはず。
気を付けてね、みんな」
体育館に十数名が雪崩れ込む。
「標的だぁっ!仕留め…!?」
薫子のヨーヨーが弧を描き、まとめて薙ぎ払った。
――テキサス・カウボーイ。
肩越しに大きな円を描いて振り回す独特の軌道。
重たい衝撃音が連鎖するのに、ヨーヨーは歪まない。
深紅の円盤は反発だけを残して軌道を保ち、
糸を伝って薫子の指へ吸い込まれるように帰還した。
「まだまだ行きますわよ!」
返した勢いを殺さず、もう一つを取り出しループ・ザ・ループ。
左右交互の連続ループが視界を深紅の弧で満たし、
踏み込もうとした敵の足元へ、目線へ、手首へと絶え間なく刺さる。
顔を庇えば脛、脛を庇えば手首。
あっという間に標的が崩れ落ちる。
刹那、薫子のつま先が床を蹴った。
ヨーヨーを握り込み、鋼の円を掌底に重ねる。
「近寄れば――棘ですのよ」
手首を返した掌底が顎を跳ね上げ、続けざまの前蹴りがみぞおちを抉る。
「ごふぅッ!?」
フルコン気味の重い打撃は飾り気がないぶん容赦がなく、
瞬時に標的の意識を奪い去った。
横から抱え込もうとする腕。
薫子はヨーヨーの糸を指からさっと外して、円盤ごと投擲。
「くらえッ!」
「ウソッ!?」
深紅の礫が顔面を弾き飛ばす。
投げた瞬間にはもう前足で踏み込んでおり、空いた正拳で鳩尾、顎に膝。
「――ッらぁ!」
背後から組みつく腕。
薫子は腰を切る。
脇を締め、肩を支点にして体ごと回す。
床が回転し、背負い気味の投げで背中から叩きつける。
「ご無礼でしてよ!!」
仰向けに崩れ落ちたみぞおちに手早く回収したヨーヨーを載せ、
掌底で床へ打ち込む。
「げぶぉッ!?」
見た目からは想像もつかないワイルドな戦いぶりに再び距離が空く。
薫子は糸を指に掛け直し、二挺を逆回転で回す。
再び深紅の弾幕が張られ、踏み込んだ者から順に頬を跳ね、拳を弾かれ、視界を奪われて足元をすくわれる。
最後の一人が悲鳴混じりに突っ込んだ瞬間、
ループを切って前へ投げ、手首に巻き付けて引き寄せ――肘。
短い距離の一点で、音もなく沈む。
「うふ。薔薇は近づけば棘で刺すものですのよ」
静まる体育館。
薫子は息をひとつだけ細く吐き、ヨーヨーをくるり指先で回してから、
スカートの裾を整えた。
鋼の円盤は、まだ一切歪んでいない。
床に転がる鉄パイプの方が、よほど柔らかかった。
薔薇乙女會の隊列は、一般生徒の避難ラインを先に作ってから反撃する。
腕章を巻いた三年が、ホイッスルを短く二度。
「一般、最終避難完了!」
報告が上がった瞬間、薔薇乙女會は配置を変える。
「反攻始めますわよ、前進!!」
決して強者ではない動き。だが、声が揃う。
統率は、襲撃者が思った以上に崩れない。
焦り始めたのは襲撃側だった。
「撤退合図まだかよ!」
「単車、鍵やられてる――!」
階下の踊り場で、夏菜が片手を上げて笑う。
「悪いな、鍵は没収だぜ」
「ち、カスどもが……」
低い排気音が校門側から震わせる。
黒い大型単車、V-MAXが校庭に姿を現し、
地の底みたいなトルクで砂を抉る。
塀の上。
もう一人が立っている。風が背中のコートを揺らす。
面頬のようなマスク。
獣鬼と修羅鬼――現場の看板二人が動き出す。
放課後の陽光はもう傾き、長い影が、決着の予感を告げていた。




