第6話 ミステリアスな転校生
四月の風は、少しだけ冬を引きずっていた。
桜坂中学の校門前には、薄桃色の花びらが舞っている。
その中を、一人の少年がゆっくりと歩いていた。
この春、桜坂中学に転校してきたばかりの、ただ一人の男子生徒だった。
◇
「転入生を紹介する」
担任の声とともに、教室の扉が開く。
白い春光を背に、ひとりの生徒が歩み出た。
プラチナブロンドの髪、青い瞳。
整った面差し。
姿勢はまっすぐで、どこか柔らかな気配をまとっている。
ざわめきが起こった。
視線が一斉にこちらを向く。
どよめきと息を飲む音。
彼は少しだけ眉を下げ、柔らかく会釈した。
「……天凪一琉です。よろしく」
一拍の沈黙のあと、教室が波立つ。
「男の子だ……」
「うそ、マジ?!」
「やっば、かわいくない?」
「うちの学校に男が来るなんて……!」
その反応を見ても、一琉は動じなかった。
胸の中で息を整え、口元だけで穏やかに笑ってみせた。
(あぁ、これくらいは想定内。いつも最初はこうだ)
慣れた対応の裏に、わずかな疲労が滲んでいた。
それでも、彼は笑顔を崩さない。
それが、彼の自然な“生き方”だった。
教師に案内され、一琉は教室の奥、窓際の席に向かう。
隣の席の少女が、ちらりとこちらを見た。
虎の刺繍入りスカジャンを羽織った、茶髪ショートの少女。
鋭い眼差し。けれど制服の着こなしは清潔だ。
ヤンキーのようでいて、どこか整った雰囲気。
彼女はちらりと横目で一琉を見ると、ぷいと顔を背けた。
指先が、筆箱の端をもぞもぞといじる。
(これは…気になるけどどうしていいかわからなくて拗ねてるパターン……かわいい)
一琉は胸の内でだけ、素直に“可愛い”と評した。
その内心を表に出すことはない。
ただ、軽く微笑んで席に着いた。
前の席の女子が、ぐいっと背もたれ越しに顔を出した。
「ねぇねぇ、そこのヤンキーは近江夏奈。
強いけど、いきなり襲ってきたりはしないから安心していいわよ」
にこっと笑うその女子——栗色の髪をツインテールにした、どこか飄々とした雰囲気。
「私は小早川梨々花。情報屋みたいなもん。あたしのことは梨々花ちゃんって呼んでね♡
ところで天凪くんってどこ出身? 前の学校は? 趣味は? 彼女は? 一琉クンって呼んでいい?」
「えっと……質問、多いね」
一琉はやんわりと笑いながら視線をそらした。
その笑顔に、教室の数人が小さく息を呑む。
けれど梨々花の目は、笑っていなかった。
(この子……目が笑ってない。何か隠してる。
かわいくてミステリアス、これはネタになる匂いがする~♡)
情報屋の血が騒ぐ、という顔だった。
◇
昼休み。
廊下では、すでに一琉の噂で持ちきりだった。
「うちのクラスに男の子がいるって本当?」
「まるでアイドルじゃん……」
「付き合うには、どんな許可証がいるのかしら」
一琉は弁当を食べながら、窓の外の桜を見た。
無闇に騒がせるつもりはない。
ただ、静かに溶け込むのが理想——だが。
(……無理そうかな)
その時、視線を感じた。
隣の席の夏奈が、ちらりとこちらを見ている。
目が合うと、彼女はびくっとして顔を赤らめた。
「な、なに見てんだよ!」
一琉はふっと笑う。
「挨拶していなかったなって思って。
ぼくは天凪一琉。よろしくね」
「っ、あ、夏奈……近江夏奈だ。……よろしくな」
「うん、よろしく、近江さん」
夏奈は小さく唇を噛み、顔を背ける。
それでも、口元がかすかに緩んでいた。
◇
放課後。
噂を聞きつけた不良グループが、教室に集まってきた。
「マジで男子? 本物じゃん」
「てか、かわいい~。どんな声するの?」
囲むように取り囲まれ、一琉は笑みを崩さない。
その中心に、一人の少女が現れた。
ピンクに染めた派手なヘアースタイル、
スカートは短くピアスが目立つ。
腰に手を当て、挑発的な笑みを浮かべている。
「ねぇ坊やぁ、あーしと付き合わない?
……いーこと教えてあげるよぉ?」
指で描く仕草は、わざとらしく下品なものだった。
囃し立てる取り巻き。
一琉は、にこっと笑って目を伏せた。
(周囲の視線を気にしてる……
最初に声をかけてきたのは、この子。
力関係では上位…そのポジションを守るために虚勢を張っているタイプ。)
その女が浮かべた笑みはほんの少しひきつり、
指がわずかに震えている。
かつての自分なら、涙を浮かべて周囲の同情を買う“手”を使っていただろう。
けれど、胸の奥でアカネの声が蘇る。
『自分の足で立て。信念を通して生きろ。』
一琉は肩をすくめ、まっすぐに相手の目を見た。
「そういうの、嫌いなんだ。僕は」
ざわめき。
女子たちの空気が変わる。
挑発していた少女の顔が曇る。
そして、低く舌打ちをした。
「っ、男が生意気言ってんじゃないよ……
無理やり分からせてやってもいいんだよねぇ?」
どん、と壁際へ追い詰められる。
壁ドン——教室の空気が凍った。
一琉はひるまずに目を見つめ返す。
教団の連中に比べたら可愛らしいものだ。
(…ここで暴力や拉致ができるようなタイプじゃない。
逃げる必要はない、説得を——)
「だっせーことしてんじゃねぇよ、鷹津」
気負いのない声。
夏菜が一歩、二人の間へ割って入った。
ポケットに手を突っ込み、顎だけで“どけ”と示す。
派手な女——鷹津の目に一瞬の怯えが走るが、すぐに虚勢を張った。
「っ、近江……うるせぇ……上等だよチビ、やんのか、テメェ」
夏奈は冷ややかに笑った。
「おーよ。陰でこそこそしてる女が、やっと本気になれたな」
——廊下の窓の外から、鋭い視線が走っていた。
外から誰かが、じっと教室の中を見ている。
刃のように冷たく、喉元を射抜く殺意。
鷹津が口を開くたびに、その視線はほんのわずか、深くなる。
だが、夏菜が一琉の前に立った瞬間、その気配はさらりと溶け、消えた——
至近距離でガンを飛ばしあいながらも、
口だけで軽く笑う夏菜。
その笑みに、無駄な虚勢はない。
教室の空気が、一気に喧嘩前の透明な張りへと変わっていく。
「近江さん…」
「よぉ、天凪。
こいつはアタシが引き受けたぜ、気を付けて帰りな」
夏奈は鷹津とにらみ合ったまま手をひらひらと振る。
「……うぅん、最後まで見届けるよ。
このまま帰ったんじゃ、筋が通らない」
夏奈は驚いたように一琉に視線をやる。
「!…あ、そう。好きにすれば。」
目が合うと少し頬を赤くし、すぐにそっぽを向く。
優しいけど、不器用なタイプ。
一琉は思わずくすりと笑った。
「いちゃ付いてんじゃねぇぞゴラァ!
…場所変えんぞ、もうテメェにでけえ顔はさせねえ」
「あ?おめーが勝手にビビってるだけだろ」
どうやら場所を移すことになったようだ。
囃し立てる者たちを引き連れ——
たどり着いたのは、人気のない体育館裏——




