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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第3章 狂犬ひろいました
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第59話 外伝 「謎のファン七緒」ヤンデレ男の娘襲来

埠頭の合宿から戻っても、一琉の日常はあまり変わらない。

夏休みになったぶん、朝からカノンの手伝いに入れるようになったくらいだ。


「ゼファー代、ついに貯まったよ」

「おっしゃ! やったな一琉!」

「うん。もうオオミオートに払ったんだ。

 最終調整してもらって、受け取りは週明け」

 一琉は笑った。

「色々乗り回させてもらってるから、今さらだけどね」


 店を閉め、歩いて帰る。

 夏菜、鷹津、静、煙、梨々花――いつもの顔ぶれが並ぶ。

「ゼファー来たらツーリング増やそうぜ」

「賛成~」

「……点検は私がする」

「オイルはケチんなよ?」



そんな他愛もない帰り道。

角を曲がった瞬間、空気が変わった。


陽の反射を切り取るような白い肌。

艶のある黒髪。

血の気を混ぜたような、どこか妖しい赤い瞳。

聖リリアン学園の制服。

“お嬢様風”の影が、通りの角に立っていた。


「初めまして、一琉さん。ずっと会いたかったです」

 満面の笑みで、まっすぐ近づいてくる。

 一琉は思わず足を止めた。

「えぇっと……初めまして?」

 店に来る女の子たちと違う。

 なにか、裏の匂いがする声色。


「私のことは七緒と呼んでください♡」

 早口で言葉が続く。

「一琉さんが近くの中学に転入したって聞いた時、これって運命だと思ったんです♡お役に立てるように、私も調教をがんばってるんですけど……まだまだこの街には、しつけのなっていないバカ犬どもがいっぱいで……いやになっちゃいますよね。しかも下僕を従えて蜘蛛の巣会まで潰しちゃうなんて……!ご主人様に逆らう下僕なんていらないですよね♡ わかります♡」

 意味はわからないが不穏さと好意は痛いほど伝わる。


「おいおいおい、待ちなよあんた」

 鷹津が半歩、前に出る。

「ヤベー匂いしかしねぇぞ」

「なんですか、しつけのなってない下僕ですね」

 七緒は小首を傾げ、花のように笑った。

「ご主人様が話しているときは邪魔しちゃ折檻ですよ?」

「えぇ……」


 一琉は目を細める。

(下心じゃない……嘘の気配も薄い。けど、裏の人間の温度……この子は一体)

 夏菜が眉を寄せ、静は黙って一琉の半歩斜め前で風よけの位置を取る。

 煙は、獣のようにわずかに顎を上げた。


 七緒は一琉だけを見つめ、瞳を潤ませる。

「一琉さんが来るなというなら、もう来ません……。だめですか?」

「う、ううん? 別に、だめってことはないよ」

 一琉は慎重に言葉を置いた。


「わぁい♡ 私たち両想いですね」

 ぱっと花が咲くみたいに笑うと、懐から小箱を取り出した。

「これ、私の気持ちです♡」

 差し出された箱の中には――押し花の栞。

 だが普通じゃない。四葉のクローバーだけが、数十枚。

 一枚が特別なはずの幸運が、びっしりと敷き詰められ、過剰さが逆に不吉だ。

「……多いね」

 思わず苦笑がこぼれる。

「幸運は、多いほどいいでしょう? ひとつなんて、足りません…」


「まだあります♡」

 七緒は鞄から分厚いノートを取り出し見せる。

 新聞の切り抜き、“蜘蛛の巣会検挙”の見出し。匿名掲示板の断片。

 学校の噂、時刻、場所。ページの隅には、小さく“目撃情報”“交友関係”のメモ。

 犬のシールがやたら貼られている。


「……これ、全部、一琉さんのことだけを集めた宝物です♡」

「わっ、すっご……私の仕事が奪われそうじゃない」

 梨々花が素で感嘆する。

「な、なんかヤベェ女が来たな……」

 夏菜は顔を引きつらせた。


 そのとき、煙が一歩近づく。

 鼻先をひく、と鳴らし、低く言った。

「……たぶん、ちげぇ。お前……男だろ? 匂いが違う。

 なんでそんな気味悪い真似してるんだ」

 七緒の笑顔が一瞬、割れた。

「は?」


 そしてすぐ、吐き捨てるみたいに。

「っ……君の母親の方が、よっぽど気持ち悪いでしょう?」

「あぁ!?」

 煙の足が鳴り、拳が上がりかけ――

 七緒の赤い瞳に、刹那の怯えが走った。

 次の瞬間には、あざとい上目遣い。

「怒ったんですか? 怖いですぅ」

「……?」

 煙は拳を止める。直感が告げる。

 ――こいつは、本当は無理してる。


 七緒は煙を一睨み、ぱっと笑顔に戻り、スカートの裾を摘んだ。

「それじゃ、一琉さん。また来ますね♡ 

 “プレゼント”、また用意するので楽しみにしていてください♡」

 反転。

 聖リリアンのリボンが揺れ、香水の香りが薄れていく。

 静は最後まで目で追い、何も言わなかった。


 一琉だけが、胸の内で名前を反芻する。

(“七”緒。男の子。……まさか)

 夏の夕焼けが、カノンの看板を赤く染めていた。



「……あいつ、何だったんだ?」

 最初に口を開いたのは夏菜だった。

 一琉は少しだけ視線を落とし、息を整えた。

「……あの子、たぶん、僕と同郷だ」

「同郷……? 初めて会ったんだろ?」

 煙が首をひねる。

「………そ、それ、は……」

 言葉が喉で引っかかる。胸の内側がざらつく。


「おい待ちな」

 夏菜が片手を上げた。

「言いたくないことを無理に言うことはねえ。

 訳アリってのは、あたしらでもとっくに察してんだ。

 あんたはいつも余裕で笑ってるほうが似合ってるよ」

「そーそー。チル君が実はジェーン・ボンドだったって聞いても驚かないっての」

 鷹津が笑う。

「………どんな過去も、関係ない」

 静が短く添える。


「……! そっか」

 一琉は目を細め、肩の力を抜いた。

「みんな、ありがとう。いつか……かならず話すよ」

「私は聞いてもよかったけどね」

 梨々花は肩をすくめ、にやり。

「まあ今回は、夏奈の素敵な告白を記録できただけで良しとしとくわ……

 “あんたはいつもあたしの隣で笑っていてくれ”ってね」

「っ!? そんなこと言ってねえだろ!!」

 空気がスッと軽くなる。


「それで、あの子に関しては――」

「リリアンは情報少ないのよねぇ」

 梨々花は腕を組む。

「もともと不良なんて少ないガッコだけど、最近は特に出てこない。

 調べがいはあるけど」


「なぁ……あいつとは、オレも話してみてぇ」

 煙がぽつりと言う。

「惚れたの? いい趣味してるわね」

「ちげぇよ!!」

 鷹津に即答して、しかし目は真剣だ。

「……あいつ、昔のオレに似てる。

 生きるために何でもしなきゃいけなかった頃の……ほっとけねぇ」


「そっか」

一琉はうなずく。

「おそらく、七緒は“男の子”で、女子校の制服を着てる自分を守りに使ってる。

 たぶんそうしないと、生きにくい場所で」

「……同郷、ってのは、そういう匂い?」

 静が問いかけた。

「うん」

 一琉は短く答え、微笑みを戻した。

「だからいきなり詰めたり、追い返したりはしないで。

 彼が自分の足で来られる場所を、用意しておきたい」


 

「一琉……もし、あいつが無茶してるんなら、教えてやりてぇ。

 オレみたいに、殴るしか知らねぇままだと、いずれ折れるって」

「うん」

 一琉は、はっきりとうなずいた。

「じゃあ決まり。次に七緒が来たら、僕と煙で話を聞く。

 押し花は――カノンのレジ横に飾っておこう。

 四葉は、多すぎても困らない」

「困るだろ」

 夏菜が笑った。


一琉は押し花の箱を見つめ、そっと蓋を閉じた。

(七緒くん――君が“ご主人様”を求めるなら、僕は“居場所”を見せたい。

 従わせるんじゃなくて、並んで歩ける場所を)


 凪嵐十字軍は、足並みを揃えて家路についた。

 遠く、聖リリアンの尖塔が、夏の空に溶けていった。

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