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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第3章 狂犬ひろいました
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第57話 夏休み外伝 港の夜、鍵と波音

 戻るや否や、戦場はキッチンへと移った。

 一琉とアカネが中心に立ち、まな板が並ぶ。


 水でぬめりを落とし、鱗を飛ばし、血合いを洗う。

「刺身は一晩冷凍しないと危ないから、明日ね」

 一琉が説明しながら包丁を動かす。


 アカネの包丁は迷いなく、骨の上を静かに滑る。

「頭と骨は捨てるな。出汁にする」

「了解」

 静がアラをバットに集め、鷹津が火加減を見る。


「衣はこんな感じ。薄力、卵、水……

 はい、煙、この順番でくぐらせて」

 一琉がトレーを並べると、煙は少し落ち着かない手つきで頷いた。

「……こう、か?」

「うん。上手いよ」

 一琉が微笑むと、煙はそっぽを向いたまま、動きだけ丁寧になる。


 梨々花が南蛮漬けの野菜を刻む。

 静は無言でタコを湯に落とし、色が変わる瞬間を逃さない。


 油が歌い、香りが跳ねる。

 皮はパリッ、身はふっくら。

 シーバスのバター焼きが、鉄板で軽く鳴いた。


「でっけえ! これは贅沢すぎ!」

「ムニエルもお願いします♡」

 夏菜と梨々花がはしゃぐ。

 煙は配膳を手伝いながらそわそわと鉄板を覗いていた。



テーブルには塩焼き、フライ、ムニエルに南蛮漬け、タコぶつ。

 アラ汁も添えて、港の家の豪快な夕餉。


「こんなのって初めてだ……」

 煙はぽつりと言い、箸を置いた手を見つめた。


「――いただきます!」

 もう一度、全員で声を合わせる。


夏菜がアジの塩焼きにかぶりつく。

「……っはぁ~、これこれ!

 塩だけでここまで旨いの、反則だろ!」


「衣、薄いのに音がいい……」

 鷹津はフライを噛み、「ザクッ」と音を楽しんでから無言で親指を立てた。

「油、温度キープしてんのが分かる。胃にもたれねぇ」

「……サクサク……やべぇ……」

 煙もフライを頬張り、止まらない。


「待って待って写真、あ、湯気でレンズが……あーもう食べる!」

 梨々花は南蛮漬けを頬ばって、頬を押さえる。

「甘酸っぱ……これ夜中に思い出すやつ!」


 あら汁の湯気が顔を包み、静は二杯目を静かに注ぐ。

 アカネは兜煮の苦味に目を細める。

 甘辛い香りが、夜の倉庫に満ちる。

 アカネは湯呑を持って、ひと口。目を細めた。

「……この苦味が、肴に合う」

「肴じゃなくてお茶です」

「分かってる」


 タコのぶつ切りも、塩と酢味噌でしみじみと旨い。

 南蛮漬けの酸味が、今日の陽を閉じていく。

 ノンアルのグラスを掲げて、笑い声が重なった。




食後。ゲーム組が騒ぎ、ビリヤードの球が転がり、サンドバッグが小さく揺れる。


「明日は馴染みの漁師の手伝いに来てもいい。船が苦手な奴はいるか」

「酔い止め用意しまーす!」

 梨々花が手を挙げ、

「船は平気。波は友達だぜ」

 夏菜が胸を張り、

「……努力目標」

 鷹津は苦笑した。

「乗ったことねえ」

 煙は出たとこ勝負の構えだ。


 一琉はバーカウンターでジュースを注ぎながら、ふと顔を上げる。

「僕も平気だけど、さすがについては行けないよね」

 夏菜が面白そうに身を乗り出す。

「逆に苦手なものってあるのか? 一琉」


「…あー、それは…」

 若干気まずそうに一琉が頬を掻く。

「お、あるのか?

 意外だぜ、魚も当たり前のように捌いちまったのに」

「いや、その……ちょっとだけだよ。

 タバコがちょっとだけ——昔を思い出すから」


 カウンターの端でアカネが固まった。

 くわえていた煙草を、無言で摘み、火を指先でつまんで消す。

「ちょ、アカネさん! “ちょっと気になる”って程度ですから!」


「……これは元々アイツ――まぁ、ダチが吸っていたのさ。

 『禁煙する』が口癖の奴でな。

 ここらで本当にしてやるのも悪くねぇ。それだけだ」

 それ以上は語らない。

 アカネはストックの箱を掴み、そのままゴミ箱へ放り込んだ。

 戻ってくると、アカネは一琉の頭をぽんと撫でた。


「決まり。うちも禁煙」

 鷹津が親指を立て、夏菜が笑う。

 その夜を境に、幻月夜叉連からタバコの煙が消えた。



梨々花が目を輝かせて修羅華の話を出す。

「一年で“毒拳”に“轟会”って前代未聞ですよ!!

 史上初の統一、狙うんですか?」

「狙わねぇよ」

 アカネはグラスの水を一口。

「あたしはただ……潰しに来た奴らを返り討ちにしてただけだ。

 気づきゃ“幻月夜叉連”なんて呼ばれる連中ができてた」

 夏菜が笑う。

「アカネさんって、実は不良って感じゃないよな」


 鷹津が真剣に問いかける。

「…あの、どうやってそんな強くなったんすか?

 流派とか、トレーニングとか。最強への近道、あるなら知りてぇす」

 目が合ったことにアカネは少しだけ笑って、首を横に振る。

「我流だ。相手の良いとこを盗んできた。最強なんざ幻想。

 その時の自分の筋を通しきる、できることはそれだけだ」


「トレーニングは?」

 鷹津がさらに踏み込む。

「意識してねぇな」

 アカネは肩を竦める。

「明日、船を見りゃわかる」

 鷹津はぽかんとして、それからニヤッと笑った。

「……了解。盗めるもんは全部盗むわ」



 暗夜會の話も出た。

 現場で悪行を重ねるバイク窃盗団と危険配信集団。

 そして内から統べる天鬼と地獄鬼――増殖する影の名が、静かに並ぶ。


 バーカウンターに立った一琉が静かに言う。

「姿を見せずに、恐怖だけが広がっている。

 中高生の不良が痕跡も残さず統制できる規模ではないです」

「アタシが潰した鬼道連とは明確にやり方が違う。

 人鬼——華園みちるはそう小器用なタイプでもなかったはずだ」

 アカネがカウンターを指でトントンと叩きながら答える。

「そこに入り込んだ何者かが組織のありようを変えた。

 その者が鍵。なんとか捕まえたいと思ってます」

 一琉はアカネにグラスを渡した。


 アカネはうなずいて受け取る。

「アタシから言えるのは——

 天鬼はロマン主義者ってことだ。

 金でも権力でもなく、

 “スペクタクル”のために組織を作って暴れてるんだとよ。

 最後には狡猾な組織なんざ捨てて襲ってくるぜ、たゆむなよ」

「……だからわざわざ潜みながら名前だけは広めてるんですね。

 いびつ、です」


 アカネはグラスをあおり、言った。

「最初はあたしの喧嘩だと思ってたがな。

 今は――お前らの喧嘩に、すぐ手を出すつもりはねぇ」

「はい。

 ……今は僕らの喧嘩です」

 じっと聞いていた凪嵐十字軍の面々が静かにうなずく。


「なら、口は出さねぇ。手も出さねぇ。

 ――ただ、ここに逃げたい夜が来たら、来い」

「心強い先輩がいるだけで、十分です」

一琉が頭を下げると、アカネは口元だけで笑った。



 夜風を吸いに、一琉は波止場へ出た。

 係留柱に座って、

 街の灯りが水面に伸びて揺れているのを眺めていた。


「……初めて来たのに、なんだか懐かしい気がします」

「そうか」

 背後から、アカネの足音。

「あのとき、坊をここで匿おうかとも思ったが、結局その必要はなかったな。

 ……お前は自分で居場所を見つけた」


「もし最初にここに来てたら、離れられなくなってたかも」

「今は自分の足で立てる。

 ――ここはもう坊の家でもある。好きに使え」

 アカネは無造作にポケットから鍵を取り出し、渡す。


 一琉は鍵を見つめ、胸の奥が温かくなるのを感じた。

「……帰る場所があるって、すごくいいですね」

「ああ。あたしだって、そう思う」


 倉庫の方からは、ゲームの勝ち負けの悲鳴が聞こえる。

 アカネは波を見ながら、小さくぽつり。

「悪くねぇ夏だな」

 一琉は笑って、鍵を握り直した。



 シャワーを浴び、みんなで寝袋を敷く。

 一琉はマットレスをもらい、アカネはソファーだ。

 扇風機がゆっくり首を振り、照明はひとつだけ。

 外の波音が、遠い子守歌みたいだ。

「おい、いびきかくなよ」

「誰に言ってんだよ」

「……私は見張る。二時まで」

「静、ちゃんと寝てね」


 ひとしきりの小競り合いが終わり、静けさが落ちる。

 一琉は天井の梁を見つめた。

 目を閉じても、今日の灯りが残像で浮かぶ。

 (自分の家、か)


 潮風が抜け、微睡みが近づく。

 夏の夜は、長くて、やさしかった。

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