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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第3章 狂犬ひろいました
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第56話 夏休み外伝 パン耳から銀の影

 埠頭の午後は塩と鉄の匂い。

 真上からは外れた陽が、埠頭の鉄骨を鈍く光らせていた。

 倉庫の外に出た夏菜たちを白い日差しが照り付ける。


 少し遅れて一琉が大きい紙袋を提げて倉庫から出てきた。

「言われた通り、廃棄を持ってきましたよ」

「それ、パン耳?」

 夏菜が覗き込み、鷹津が腕を組んだ。

「こんなんで釣れるのか?」


「……食えるのに、魚の餌にするのか」

 煙は袋の底をじっと見る。

「魚が食べれば、今度はこっちのご飯になるよ」

「…やったことあんの?」

「ううん。捌き方はわかるから、僕は料理担当しようかな」

「ふーん……」

 煙は半信半疑で唇を結んだ。


 アカネがパン耳をバケツでほぐし、海水を含ませてコマセにする。

 サビキ仕掛けにちぎったパンを絡め、足元にぱらぱらと撒くと、

 水面の下で銀の影がざわめいた。

「サビキは群れを寄せて掛けるやり方だ。

 糸の絡みだけ気をつけろ。後は感覚で良い」

 仕掛けが海へ吸い込まれ、浮きが小さく震えた。



——少し待つと、早くも最初のヒット。

 竿先がコツ、と震え、夏菜が目を見開く。

「うおっ、ホントにかかった! 結構引くな!」

「わわっ、二匹同時に釣れた~♡」

 梨々花の針にイワシが連なり、銀の線みたいに跳ねた。

「意外と釣れるもんだな……」

 鷹津が口元を緩める。


 キラキラした小さな影が足元を横切り、仕掛けに集まる。

 煙の竿にも、不意の重みが乗った。

「っ……!」

「巻け、ゆっくり。慌てんな」

 アカネの指示が飛ぶ。


 慣れない手つきで必死にリールを回し、海からポン、と小ぶりなアジが顔を出した。

 銀青の体、目だけがやけに大きくて、まだ息が熱い。

 煙は目を見開いたまま、しばらく魚を見つめる。

「……これ、全部食えるのか……」

 歓喜より先に、たしかな“実感”が声になって落ちた。

「……うん、食べられるよ。美味しくしよう」

 一琉が微笑み、バケツへそっと移す。



 群れが寄る。釣れる。笑い声が弾ける。

 と、夏菜が得意げに引き上げた仕掛けの先で、丸いのがぷくーっと膨らんだ。

「またかかったぞ! 

 でかい——ってフグ!?」

「ぶはっ、かわいいじゃん!」

 鷹津が思わずのけぞる。

「……毒」

 静だけが真顔でひとこと落とし、夏菜がそっと海に戻した。


 次はヒトデ。

 ぬるりと五本腕が絡み、鷹津が眉間を押さえる。

「おいおい、こんなのも!」

「ヒトデ鍋とかできんじゃね?」

 夏菜が悪ノリし、

「……いや、それはやめとこうか」

 一琉が即却下した。


 煙の竿には、ずっしり重さだけが乗る。

 上がってきたのは太いボラ。

「こいつは食えるのか!」

「ボラか~。この辺のだとちょっと臭みが出ちゃうらしいね、逃がそっか」

「……そっか」

 少し肩を落としつつ、煙はそっと針を外した。

 ボラが尾で水を叩き、遠くへ消える。



 猫が来る。いつの間にか足元へ、三匹。

 アジを掲げる梨々花が目をキラキラさせた。

「きゃーかわいい♡ あげちゃダメ?」

「調子に乗るからやめとけ」

 アカネの冷静な指摘、しかし猫は甘い人間がいるということも知っていた。


「……まぁ、一匹くらいならいいか」

 鷹津がぽい、と小さめをひとつ。

 次の瞬間には倍に増えた猫が群がり、堤防は一瞬で大騒ぎになった。


「うおっ!? 泥棒カモメだ!」

 頭上を白い影がかすめ、夏菜が身をすくめる。

「鳥にまで舐められてんじゃねーか」

 鷹津が笑って、海はますます賑やかだった。



ひとしきり小物が入り、堤防が賑やかになった頃。


「坊、借りるぞ」

 しばらく後ろで皆を見ていたアカネが、短く言って小魚を一匹取る。

 持ち出した釣り竿は太めのハリス糸、スナップ、ウキは無し。

 生きた小魚を鼻がけにして、優しく放った。

「泳がせですか?」

 アカネは顎だけでうなずいた。


風が少し変わった。

アカネの右手はラインに触れ、左手で竿を軽く支える。

しばらくの沈黙——


 海面が、ひと呼吸ぶん、重く沈んだ。

「——来たか」

 次の瞬間、竿がぐいっと絞り込まれる。ドラグが悲鳴を上げた。

 ジジジジジッ!!!


「うお、なんだその引き!?」

 夏菜が素で叫ぶ。

 銀色の刃みたいな魚影が、水面から跳ねた。大きい。長い。


「シーバスだ」

 アカネは短く言い、ドラグを締めすぎない範囲で受け続ける。

「でか……!」

 鷹津が声を上ずらせた。


銀色が跳ねる。空気の中でもう一度泳ぐみたいに。

アカネの左手が微妙に角度を変え、ラインのテンションが紙一枚で保たれる。


「空気吸わせりゃ勝ちだ」

 余裕の所作で竿をいなし、息を合わせて寄せる。

「煙、網だ」

「わ、わかった!」

 煙があわあわとタモに手を伸ばす。


「頭から入れろ。そう、今——」

 アカネの合図で水中へ差し入れる。

「——入った!」

 銀の矢がバケツに倒れ込む。

 鱗の一枚一枚が硬質に光り、夏の青空を映した。


 全員が歓声を上げ、煙はぽかんと口を開けた。

「……パン耳で釣った小魚が……こんな大物になるのか」

「小さい歯車でも、噛み合えばデカいもんが動く。世の中だいたいそうだ」

 アカネがフックを外し、手早く締める。


「坊、デカいの頼む」

「任せてください。刺身は一晩冷凍してから。今日は火を通す料理で」

 一琉はクーラーボックスのふたを閉めた。



 その裏で静が無言のまま何かをバケツに落とした。

 夏菜が振り向いた時、バケツの中で赤茶色がもぞ、と動いた。

「タコ!? でっか!」

「……食べられる」

 静は短く言って、もう一本のテンヤを結び直していた。

「えっタコまで!? 今日、フルコースじゃない!!」

 梨々花が喜びの舞を踊り、鷹津は肩をすくめながらも頬がゆるんでいた。



 夕方、風が涼しくなる。

 猫は満足して去り、カモメも距離を取る。

 クーラーは魚で重くなり、倉庫の中の照明が灯った。


「夜の方が釣れるが……十分だな。

 撤収だ。――煙」

 道具をしまいながら、アカネが短く呼ぶ。

「気に入ったろ」

「……あぁ」

「なら、これ持ってけ。昔使ってた竿だ。

 クセはあるが、噛み合えばいい相棒になる」


「……!」

 煙は受け取り、目を伏せた。

「……あ、ありがとよ」

「おー、鬼哭冥夜に気に入られてやんの」

 夏菜の囃し立てを、海風がさらっていった。

「うるせぇ」

 けれど、煙の口元は緩んでいた。


クーラーには小魚がぎっしり、シーバスが堂々、バケツにはタコ。

彼らはそのまま、倉庫の灯りへと戻っていく。

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