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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第3章 狂犬ひろいました
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第55話 夏休み外伝 埠頭の秘密基地

 煙の一件が落ち着き、穏やかな夏休みが始まって数日。

 宿題をこなしていた一琉のスマホが震える。


「夏休み、暇なら遊びに来い。場所は埠頭の七番倉庫。

 シャッターに〈月〉のスプレーがある」

 明堂アカネ——“鬼哭冥夜”から届いたメッセージ。

 一琉はすぐに凪嵐十字軍の面々へ共有する。

「みんなで来ていいって。どうかな」


「遊びに、だぁ?」

 夏菜が目を丸くして笑う。

「上等じゃん。合宿ノリで行くか!」

 静は短くうなずき、煙は肩をすくめる。

「……別に、暇だし」

「決まり!」

 梨々花は即座に鷹津に向けてスタンプを乱射した。

 全員即決、夏の合宿が決まった。



 潮の匂いが濃い。

 積まれたコンテナの影は濃く、どこからか潮に混じって油の匂い。

 真昼の陽炎が、埠頭の遠景を揺らしていた。


「ここか?」

 夏菜が指さすシャッターは、潮でくすんだ銀色だった。

 左下だけ鮮やかな月のスプレー。

「勝手に開けて入ってこいって」

「へえ、じゃあ行ってみるか!」

 ガラガラと重い音をたててシャッターが開く。

 ——中は、外見から想像できない別世界だった。


 レンガ模様の壁紙、大きなソファ、重厚なバーカウンター。

 天井のダクトから冷気がゆるく降り、間接照明が琥珀色に床を照らす。

 ダーツ、ビリヤード台、天井から吊られたサンドバック。

 壁際にはオーディオ機器、レトロなゲーム機付きのブラウン管も置いてある。

 さらに、バイクをそのまま入れられる打ちっぱなしの土間。


「うお、なんだこの秘密基地!?」

「倉庫って聞いたからボロいかと思ったのに……めちゃ快適じゃん」

「かっこよ……鬼哭冥夜の美学がここにぃ!」

「……悪くねぇ」

 煙がぽつり。目は完全に“子供のそれ”だった。


 サンドバッグがゆらりと揺れる。

 影から現れたのは——幻月夜叉連の頭、明堂アカネだ。

「よぉ坊。ガキどもも、よく来たな」

「お世話になります」

一琉が会釈し、皆も続く。

「お邪魔するぜ! あたし達も来てよかったのかよ?」

 夏菜が笑いながら近寄る。

「ま、坊が世話になってるから、少しはな」

「お邪魔します! ほら煙も挨拶!」

「うるせーな……邪魔する」

 静は静かに会釈。


 鷹津は「ど、どもっす……」と視線を泳がせる。

「おまっ、鬼哭冥夜にガン飛ばせるようになるんだろって言ってただろ!」

 夏菜が肘で小突くと、アカネは口角だけで笑った。

「……クク。今日は遊びに来ただけだろ。今後がんばんだな」


 アカネは顎で土間を示す。

「バイクは中に入れろ。外は潮で錆びる」

 土間コンに単車が並ぶ。

 ガソリンの匂いと潮の匂いが、妙に馴染んだ。

 工具棚、チェーンオイルの匂い、滑車と固定具——

 バイクが“客”ではなく“住人”として扱われる空間だった。


「奥は寝床だ。雑魚寝だがマットは良い。

 シャワーは二口ある。ルールは使ったら片付け。そんだけだ」

「了解です~! ……うわ、ダーツあるじゃん。ビリヤードも! 夜更かし不可避~」

 梨々花がはしゃぎ、静は周囲の導線を確認するように一周する。

「サンドバッグ、いいすか」

 鷹津が拳を当て、感触に目を細めた。

「壊すなよ。重い砂入れてある」

「壊せねぇっすよ!」

 笑いと足音が、倉庫の高い天井に反響する。



 バーカウンターで一息いれた一琉たち。

 棚を眺めると、一琉は思わず息を呑んだ。

「うわ、けっこうそろってる……」

「分かるのか?」

「はい。前に、やってましたから」

 厚い木天板、磨かれたグラス、シェイカー、ストレーナー、メジャーカップ。

 棚には琥珀色や透明の液体、ノンアル飲料の瓶もずらり。


 アカネは一本差し出す。

「坊、これで何か作れるか」

「これ……相当強いやつですよ? 

 ……結構減ってますけど、もしかしていつも——」

「……ダチが置いていっただけだ」


「本当ですか?」

 一琉は笑って棚に目を走らせ、手を洗い、道具を並べる。

 氷を割る音が、夏の倉庫に涼しく跳ねた。

 柑橘を絞り、短い手つきでシェイク。

 グラスの縁には海塩をほんの少し。


「……はい、どうぞ」

 アカネはグラスを傾け、目をわずかに見開いた。

「……うまい。こんな組み合わせがあったとはな」

「作り方、教えます。こういうのをゆっくり楽しんでください。

 呑みすぎはだめですよ」

「ふっ、分かったよ。」


「…それ、アルコ」

「みんなも飲む? もちろんノンアルだよ。

 ……これから作るのは」

「……いただくぜ」

 最後の小声を聞かなかったことにした夏菜たちにもノンアルの彩りが並ぶ。

 薄荷と柑橘の香り。氷が舌の上で転がる。


アカネがリモコンを操作すると、音楽が流れる。

間接照明に照らされた倉庫は、外の喧騒から切り離された別世界に見えた。



 ソファに腰を落とした夏菜が、周囲を見回した。

「なぁ、どうやってこんな場所見つけたんだ?」


 アカネはグラスを持った手で、倉庫の天井を仰いだ。

「アタシは孤児院育ちでな、飛び出した後、港で厄介になった漁師がいた。

 そいつが漁協の不正を告発しようとしたら、反社まがいの連中が口を塞ぎに来たのさ。

 ……そいつらを海に返した」


「それ、数年前ニュースになってたやつ…!

 裏にそんな事情が…!」

 梨々花が目を輝かせてメモを取る。 

 鷹津の口が引きつる。

「…海に返したって、比喩だよね?」


「金は要らねえっつったらここを寄越して来たんだよ。

 最初は単車の整備とねぐらに使うだけだったがな」

 アカネは一琉に視線を向け、口元だけで笑う。

「坊を呼ぼうと思ってな。

 幻月夜叉連の連中と、ちまちま断熱入れて、空調つけて、床を張った」

「「えっDIY!?」」

 全員が驚愕する。


「…アカネさんらしいです」

 一琉がバーカウンターに肘をついて笑った。

「海は嫌いじゃねえ。海風も魚臭ぇのも、生きてるって感じがするからな」

 どこか誇らしげに言って、アカネはグラスを置いた。



 少し休んだ後、アカネが倉庫の隅にまとめてある釣り具を指して言う。

「さ、午後は釣るぞ。釣れなきゃ飯は無しだ」


「えぇ!?サ、サバイバル合宿……!?」

 梨々花が悲鳴を上げ、夏菜が笑う。

「…おもしれぇ。腹減ったほうが飯はうまいだろ」


外はまだ、真夏の白。

倉庫のシャッターが上がり、堤防に影がのびる。

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