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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第3章 狂犬ひろいました
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第50話 迫る影

ある日のカノン、店頭のラッシュがひと段落してゆるい空気が流れている。

一琉たちはバックヤードでささやかに涼を取っていた。


「ふー……」

一琉が壁にもたれ、麦茶の入ったコップをあおる。

向かいのパイプ椅子には、ジャージ姿の煙が座って、紙皿の上のパンにかじりついていた。

「……うめ」

ぼそっと呟いて、あっという間に半分なくなっている。

最初の頃みたいな、盗るみたいな動きじゃない。ちゃんと「もらって食べてる」動きだ。


そんな二人の横で、夏菜と鷹津が床にしゃがみ込み、ジュース片手にだらけていた。

梨々花は壁にもたれながら、スマホをいじり倒している。

静は壁際に寄りかかって黙って見守っていた。



「……はいみんな聞いて!」

いきなり声が跳ねた。

「修羅華速報よ!!」


「今日のニュースは“鉄仮面衆”!」

梨々花が、テーブルの上にスマホ画面を突き出す。

『鉄面粉砕! 持国天、小隊戦で佐久間派の小暮アヤを撃破』

「鉄仮面……佐久間派の小暮アヤか」

鷹津が腕を組む。


「その鉄面をね!」

梨々花は食い気味に続けた。

「持国天が潰したの! 正面タイマンじゃなくて、小隊戦で数まとめてぶつけて押し潰したんだって!」

鷹津が唸る。

「…統率力で鉄仮面ごとき粉砕、ね。

 あいつら戦争してんの…?」


「あとね——」

梨々花は親指を止め、声をひそめた。

「広目天! “黒鳥連”の旋脚・黒鳥アオイを情報で潰したって。

 SNSで蹴り技の弱点流しただけで、翌日には勢力丸ごと他から袋叩き!

 報復に来た勢力も手ずから叩きのめしたらしい」

「うげぇ……」

夏菜が肩をすくめる。

「SNSで広められて潰されるとか……確かに戦争だな」


「裏の地図が日々更新されてく感じ、たまんないのよねー」

「趣味が悪ぃんだよ、お前は」

鷹津のツッコミが飛ぶ。



「……誰だよそれ」

全員の視線が、パンをかじる煙に向く。

口の端にパンくずをつけたまま、眉をひそめた。


「ん?」

梨々花がきょとんと振り向く。

「持国天だか鉄仮面だか、黒鳥だか」

煙はぶっきらぼうに言い放つ。

「知らねーし。どうでもいいわ。

 オレは、目の前で殴ってきた奴ぶっ倒すだけだし」


「……お前マジで、不良界隈のこと何も知らねーんだな」

鷹津が呆れ顔になる。

「知らねぇし興味もねぇ」

煙は肩をすくめた。

「修羅華だかなんだか知らんけど、最後に立ってりゃそれでいいんだろ?」


「もう!……そんなんじゃいつまでたっても立派な不良になれないわよ!」

梨々花が両手を腰に当てて宣言した。

「勢力図と情報は基礎教養!

 ちゃんと教育しといてよね! 夏菜! 沙夜!!」


「はいはい」

鷹津は肩をすくめた。

「なんだ立派な不良って……。

 ムジュンだろムジュン」

夏菜は笑って、煙の頭をぐしゃっと撫でた。

「まぁ、そういうとこが面白ぇんだけどな」


煙は即座に手を払いのける。

「さわんな」

「素直じゃねー」


わいわい言い合う三人を見ながら、一琉はコップを置いた。

「ま、情報回りは梨々花に任せとくよ」

そう言って、煙の方へ視線を向ける。

「ほら煙、ほっぺにパンくずついてるよ」

「……っ」

煙が慌てて頬を拭う。

「流されたー!!」

梨々花が、スマホを抱えて崩れ落ちた。



(暴力だけじゃない関わり方)

一琉は、煙の横顔を盗み見る。

彼女の目はまだ尖っていて、世界を信用していない。

それでも、さっきの話題に割り込める程度には、この場を「外」だと思ってない。

(……少しずつ)


逃げ道を残しながら、逃げる必要のない場所を増やしていく。

カルトの“囲い込み”と違うのは、鎖をつける気はないってことだけだ。



その日の夜、カノンの裏路地。

段ボールが積まれた隙間に、ひんやりした影が落ちている。



店の裏口から、一琉が紙袋を持って出てきた。

「今日はコロッケパンと、あんぱん。

 あと牛乳」

「……太らす気かよ」

煙は壁にもたれ、しゃがみ込むように座っていた。


「生きてるうちは、太る心配くらいでいいよ」

一琉は隣に腰を下ろし、紙袋を差し出す。

煙はひったくるように受け取り、

もそもそと開けた。

パンの匂いに、喉が鳴る。



「……結局さ」

一口かじってから、煙がぽつりと言った。

「オレら全員、暴力ばっかのクソだろ」

「ふーん」

一琉は空を見上げた。

裏路地の上に、四角い空が切り取られている。

「夏奈と沙夜のことも、そう思う?」

「……それは」


口ごもる。

頭の中に浮かぶのは、さっきまで公園で自分を投げ飛ばしていた女たちだ。

痛い。怖い。だけど——

喧嘩の後に、笑って飯を奢ってくる奴なんて、今までいなかった。

チャーハンを勧めてきた手。

「またな」と笑って手を振った背中。


「“暴力しかない”って思うのはさ」

一琉は、膝の上で指を組む。

「暴力でしか、関わってこられなかったからじゃないかな」

「……」


煙は牛乳パックを握り直した。

心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。

酒とタバコの匂い。

平手の音。

謝れ、と叫ぶ声。


「オレの知ってる奴らは」

にじむような声で言う。

「殴るか、奪うか、命令するか、泣きわめくか、酔って絡んでくるか……それだけだ」

「全部、クソ?」

「全部クソ」

即答。

それを聞いても、一琉は笑わなかった。


「じゃあ、夏奈と沙夜も?」

「……」

煙は牛乳を一気に飲み干した。

沈黙が答えの代わりになる。

「違うかも、って思った?」

「……ウザ」


吐き捨てながら、視線をそらす。

胸の奥で、今までと違う形の痛みがうずいていた。

殴られる痛みでも、殴るときの高揚でもない。

もっと、じわっと広がるやつ。



「……飯、サンキュ」

ぼそっと呟いて、煙は立ち上がった。

薄い背中が、街灯に切り抜かれる。

「どういたしまして」

「じゃ、オレ帰るわ」

「うん。今日はありがとね、皿洗い手伝ってくれて」

「……パンの代金分ぐらいにはなっただろ」

ぶっきらぼうにそう言って、踵を返す。


「気をつけてね」

「オレに言う? そっちこそだろ」

煙が少しだけ振り返り、鼻で笑う。

その顔は、最初に会ったときよりずっと“人間の表情”をしていた。



やがて彼女の姿が角の向こうに消える。

一琉はシャッターを閉めきってから、ゴミ出し用の袋を持って裏通りに回った。

そのとき——

「——またやらかしてんだとよ、神代のババア」

「マジ? 今度はどこの金融から踏み倒したんだよ」

「知らねーけど、今度の取り立ては相当ヤバいのが行くらしいぜ。暗夜會の名前もちらほら……」

路地の先の自販機前で、女子二人が立ち話していた。

何気なく耳に入ってきた単語に、一琉の足が止まる。


(神代……)

胸がざわつく。

煙の苗字と同じ。

詳しく聞こうと一歩踏み出しかけて——やめた。

今ここで立ち聞きするのは、違う気がしたからだ。

代わりに、その内容だけしっかり頭に刻む。


(……借金取り。暗夜會)

裏通りの暗さが、さっきより少しだけ濃く見えた。



その頃、別の路地では。

街灯の下を歩いていた煙が、同じ噂を耳にしていた。

「——神代のババア、今度はマジで詰みらしいぜ」

「前の取り立て、包丁持ち出したって話じゃん? よく生きてんな」

「暗夜會に借金わたったってよ。

 若いころは相当強かったらしいけど、さすがに終わりだろ」


通り過ぎざまの声に、煙の肩がびくりと震える。

胸の奥で、古傷みたいな痛みが広がる。

叩かれた頬の痺れ。

床に落ちた皿の音。

全部まとめて、吐き気と一緒に蘇る。


「……アイツ」

奥歯がきしむほど、強く噛み締めた。

「……アイツだけは、許せねぇ」

拳を握る。

白い指の関節が、ぎちりと軋んだ。

でも、前みたいに震えはしない。

殴り返せる力があることを、もう知ってしまったからだ。


夏菜が言った「最後の一線」。

鷹津が教えた「筋」。

一琉が見せた「別の関わり方」。

全部が、今の煙の背中を押してくる。


「……逃げねぇ」

誰に聞かせるわけでもなく、ぽつりと呟く。

「アイツだけは、オレがケリつける」

七月の夜風が、白い髪をざわりと揺らした。


その先で待っているのが、救いか破滅か。

まだ、誰にも分からない。

ただひとつ確かなのは——

“狂犬”は、もうただの野良じゃなくなりつつある、ということだけだった。

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