第48話 雷門中への訪問
廃工場での報復隊戦から数日。
雷門中と桜坂中——そのあいだの空気が、じりじりと熱を帯びていた。
元々は“狂犬”神代煙を狙った報復だったのに、
ふたを開けてみれば凪嵐十字軍が乱入して共闘。
外から見れば完全に集団抗争の画となっていた。
実態は数で囲んだ報復隊が、
普通に負けただけ——
だとしても。
「ウチの遠征が、桜坂にやられたらしい」
「“凪嵐十字軍”が狂犬守りに参戦だってよ」
「これもう戦争じゃね?」
そんな解釈が、雷門中の中で勝手に育っていくのに、そう時間はかからなかった。
◇
桜坂一帯には、見慣れない制服がちらほらと増えていた。
雷門の制服を崩した女子たちが、コンビニ前やゲーセンの入口で、妙に長居している。
「……ウロつき方が露骨だな」
夏菜や鷹津がガンを飛ばせばそそくさと離れていく…そして遠目で集まりだす。
その様子を夏菜が眺めて舌打ちした。
「……うぜーな、あいつら」
「完全に様子見って感じね」
隣で、鷹津が缶ジュースを煽る。
「蜘蛛の巣会潰したあとだからさ。
向こうも“噂の新勢力”の顔見にきてるんでしょ」
「まだ下見程度だけど…このままほっといたら抗争モノね」
梨々花のまとめも冷たい。
夏菜は舌打ち一つ、空を仰いだ。
入道雲が、ふてぶてしく膨らんでいる。
「……しゃーねぇ」
「夏奈?」
「話つけに行くわ。雷門に」
あまりにもさらっと言われて、鷹津が二度見する。
「はあ!? マジで言ってんの?」
「わお」
梨々花が目を瞬かせる。
「ここでダラダラ構えて、“やる”“やらねー”でヒヨってんの一番ダセぇからな。
どうせ向こうも確かめたいんだろ、桜坂の出方」
夏奈は肩を回す。
「番格のとこ、直接行って話つけんのが早えよ」
「おま……一年んときタイマン張ったの、忘れてねえだろうな。
あっちで今三年の番格と互角って、わりと伝説なんだけど」
「だから話が早いんだろ。因縁は、使えるときに使うもんだ」
そう言って、夏奈は振り向く。
少し離れた電柱にもたれていた白い影——煙を指で呼んだ。
「そういうわけだ。行くぜ、煙」
「……ち、わざわざ聞こえるように話しやがって」
煙はポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくり近づいてくる。
「別に、放っときゃいいだろ。
やられたら、やり返すだけだ」
「違ぇよ、今はそういう問題じゃねーんだわ」
夏奈はぴしゃりと言い切った。
「お前一人の問題で、雷門と桜坂ごと巻き込まれんのがマズいっつってんの。
アタシら今、“名前が勝手に売れちまってる”状態だからな。
下手な動き方したら、一気に派閥戦争だぞ」
「……」
「だから、終わらせに行く。お前も来い。
本人が顔出したほうが話が早え」
煙は露骨に顔をしかめたが——
少しだけ考えたのち、舌打ちして肩をすくめる。
「……ちっ。好きにしろよ」
「はい決まり」
夏奈はにかっと笑う。
「梨々花はあぶねえからやめとけ。鷹津は一緒に来いよ。
途中でケンカになったらだるいし、セコンド必要だからな」
「りょーかいよ…見ときたかったけどしょうがないわね」
「……はいはい、後輩のためだと思って付き合ってやるよ」
そうして三人は、夕焼け色の路地を抜けていった。
◇
雷門中学校。
高台に建つその校舎は、桜坂中とは違う、どこか“喧嘩慣れ”した空気をまとっている。
正門前。
制服を緩めた生徒たちがたむろしていた。
見慣れた顔は、ひとりもいない。
そこへ、夏奈たちは——真正面から歩いていった。
校舎の影にいた不良たちが、ざわっと色めき立つ。
「お、おい……」
「あれ、桜坂の虎閃じゃね?」
「白髪のチビ……狂犬だ」
「後ろのは鷹津……凪嵐十字軍だ」
ざわつきが広がる中、構わず靴音を響かせ、昇降口で立ち止まる。
「イミナいる? 話あんだけど」
夏菜の呼びかけに、どよっと空気が揺れた。
「オイ、呼び捨てだぞ」
「一年んときタイマンやったって話、マジだったんか……」
しばらくして、踵の音が奥から近づいてきた。
現れたのは、鋭い目をした上背のある女子。
肩までの髪を後ろで束ね、薄い笑み。
雷門中三年番格——山吹イミナが、配下を引き連れて現れた。
「……誰かと思えば」
イミナは薄く笑う。
「桜坂の“虎閃”じゃないの」
「久しぶり、相変わらず目つき悪ぃな」
夏奈も口角を上げた。
「元気してたかよ、イミナ」
「おかげさまでね。……にしても」
イミナの視線が、夏奈の背後へ滑る。
「アンタが男のパシリやってるって聞いて、泣けてきちゃうわ」
「ちげーよ」
鷹津がむっとするより早く、夏菜が鼻で笑った。
「あいつは人に命令するタイプじゃねぇ。
むしろ、自分のことを使い潰しちまうタイプ。
ここに来たのは、アタシの独断だ」
「けっ、惚気かよ。暑苦しい」
イミナは鼻で笑った。
「夏だからな」
軽口が一巡。空気が、少しだけ動く。
夏菜は片手をポケットに突っ込んだまま、本題を撃ち込んだ。
「なあ。——一年に負けて、数揃えて“報復”とかさ」
目が笑っていない。
「雷門らしくねーじゃん」
「……まぁな」
イミナも視線を逸らし、舌打ちする。
「しかも負けてりゃ世話ねえぜ。
……だが、このまま引き下がっちゃ雷門が終わりよ」
「だからこそだろ」
夏奈は一歩、前に出た。
「数でやった時点で、かっこつかねーことはお互い分かってんだろ。
だから——これで手打ちにしてくれ」
その瞬間。
夏奈の隣で、煙がわずかに肩を震わせる。
「……」
「煙」
呼ばれて、煙は一歩前に出た。
雷門中の視線が、一斉に白髪の少女に突き刺さる。
「……悪かった」
短く。
それでも、はっきりと。
深く頭を下げた。
廃工場で報復隊を叩きのめした張本人——
神代煙が、誰にも殴られていないのに、自分から頭を下げている。
周囲がざわめいた。
「……ふっ」
イミナの口元が、少しだけ緩む。
「本人が来て、謝るなら——それで終わりでいいわ」
雷門生徒たちが、息を飲んだ。
「一人と一人の喧嘩を、桜坂まで巻き込んで引っかき回したのはウチの落ち度。
凪嵐十字軍とやり合うつもりは、こっちにも無い」
「サンキュ」
ふっと、場の熱が引く。
夏の風が、昇降口をぬるく渡った。
「……それにしてもさ」
イミナは何か思い出したように眉を上げた。
「アンタ最近“音無し”ともつるんでるらしいじゃん。
あいつにもワビ入れに来させらんない?」
「ムリ」
夏奈は即答した。
「あいつヘッドの言うことしか聞かねぇよ。諦めな」
「マジ?」
イミナはあきれたように笑う。
「“音無し”といい、お前といい……マジで何者なんだよ、その男子」
「さぁな」
夏奈は、わざとらしく肩を竦めた。
「ただの、パン屋バイトだよ」
◇
話し合いが終わり、校門を出る。
夏の風が、少しだけ涼しく感じられた。
「……なぁ」
とぼとぼと歩きながら、煙がぽつりと言う。
「本当に、これで終わるのかよ」
「終わるさ」
夏奈はあっさり答えた。
「ここまで筋通して話つけたんだ。
あとは虹色の噂で適当に美化されてく。
“狂犬が番格の前で頭下げてケリつけた”ってのは、それはそれで悪くねぇ」
「……そういうもん、なのか」
煙の声には、まだどこか信じきれない響きがある。
今までは、「殴る」「殴られる」だけでしか関係が切り替わらなかった。
“暴力を使わずに争いが収まる”なんて、絵本の中の話なのだと思っていた。
「お前さ」
夏奈は立ち止まり、煙の肩を指で軽く突いた。
「強えのは分かってる。
でも、強いだけじゃ先は持たねぇからな」
「……」
「無茶すんなよ、煙」
その言葉に、煙は気まずそうに顔をそむける。
代わりに、横から鷹津が大きく伸びをした。
「とりあえずさー」
お腹をさすりながら、笑う。
「腹減ったろ? 戻る前に、行きつけの中華でも寄ってくか」
「……別に」
と言いながらも、煙の胃袋は素直にグゥと鳴った。
「奢り?」
「一回だけな」
夏奈と鷹津は、聞かなかったことにして、笑って歩き出した。
◇
行きつけの中華屋。
丸いテーブルの上、湯気を上げるチャーハン、唐揚げ、麻婆豆腐。
「ほらよ、チャーハン。唐揚げもいっとけ」
鷹津がスプーンを差し出す。
「……」
煙は警戒しつつ、黙々とかき込んだ。
「……うまい」
その一言に、夏菜と鷹津が顔を見合わせ、笑う。
「当たり前だろ。ここ、町内一の店だぞ」
「辛いのいけるなら、麻婆追加する?」
「…………ちょっと、もらう」
レンゲを差し出す手が、ほんの少しだけ震えずに伸びた
◇
その日の夜。
カノンの裏路地にて。
「えっ」
一琉は、目を瞬いた。
「……あれ、抗争沙汰になりかけてたの?」
「なりかけ、っつーか」
夏奈が頭をかきながら笑う。
「放っといたら、確実にそっち方向に進んでたな。だから、先に行っといた」
「…なるほど、確かにありうる動きだね…
早めに対処してくれて助かったよ」
「へへっ、気にすることはねーよ。
そもそも元は煙の喧嘩だし」
煙は壁にもたれ、そっぽを向いていた。
「アタシは、ただ“桜坂まで巻き込まれんのがダルかった”ってだけよ」
梨々花が、スマホをくるくる回しながら頷く。
「夏菜なら、そのくらいやるわよねー。
“雷門、非暴力で手打ち”っと。
やっぱ番格向いてるんじゃない??」
「やめろ」
夏奈は顔をしかめた。
「四六時中んなこと考えてたら頭おかしくなるわ」
静は何も言わない。
けれど、肩の力がゆるんでいるのが、近くにいるとわかる。
その様子を見て、一琉は胸の中の何かがほどけていくのを感じた。
(よかった)
本当に。
拳を交えずに、終わらせられた。
夏の夜風が、パンの甘い匂いをさらっていく。
その匂いの中で——凪嵐十字軍と呼ばれる彼らの日常は、またひとつ、新しい顔を見せたのだった。




