第46話 放課後の急報
七月の夕方、日が傾いても空気は昼の熱を残している。
その日のカノンは定休日、
一琉たちは放課後のファミレスでだらだらと過ごしていた。
一琉はアイスコーヒーを両手で包み、ほっと息を吐いた。
「カノンが定休日だと、なんか変な感じ」
「あんたそれワーカホリックだよ。アタシら見習いな」
だらっと背もたれに沈んだ夏奈が、
ストローでメロンソーダをいじりながら答える。
鷹津はポテトをつまみ、梨々花はスマホをいじりながら、氷の溶けたコーラをちびちびやっていた。
確かに堂に入った力の抜けっぷりだった。
静は黙々とサラダチキンを食している。
「アンタそれ美味い?」
鷹津がポテトで静を指さす。
「体づくりだ」
静はそっけなく答える。
返答するだけ成長だと知っている一琉はクスリと笑った。
エアコンの風が、汗ばんだ肌をようやく冷ましてくれた、そんなとき。
「……あ」
梨々花の指が止まった。
「どした」
「裏板に流れてきた。
煙が、雷門の報復隊に囲まれてるって」
テーブルの空気が、一気に冷える。
「場所は?」
「廃工場。あの、前に蜘蛛の巣会が集まってたほうじゃないほう。雷門側の」
「人数は」
「“最低でも二十”って。レポ主がビビってる文体」
夏奈の眉がぴくりと上がる。
「狂犬狩りか…ガチじゃねーか」
一琉は少しの間目を伏せ、それから顔を上げた。
「……ねぇ夏奈。凪嵐十字軍の名前って、
雷門にどれくらい届いてるかな」
「ん? そりゃ知らねえ不良はいねえだろうよ」
夏菜はニッと笑う。
「蜘蛛の巣会潰した“バチバチの超武闘派”って有名だぜ?」
「……不本意な肩書きだなぁ」
一瞬だけ苦笑して、それでも、そのまま続ける。
「でも、使わせてもらう。
みんな、来てくれる?」
「聞くなっての」
夏奈は即答した。
「行くに決まってんだろ。後輩だし」
「しゃーねーな」
鷹津も、ポテトを口に放り込んで立ち上がる。
「ここまで話聞いておいてスカすとか論外っしょ」
「記録係としては、現地取材するしかないわよねぇ」
梨々花もにやりと笑った。
返事を聞く前に静はすでに立ち上がっていた。
◇
夕焼けに染まる道路を、エンジン音が裂いていく。
夏奈のガンマが前を走り、その後ろに銀のカタナ。
少し距離を置いて、ゼファーの低い排気音。さらに一番後ろを、原付の軽いエンジンが追いかける。
郊外に出ると、熱気を帯びた風が肌を打つ。
胸の内側は、妙に冷えていた。
(間に合って……)
廃工場の鉄骨が見えてくるころ、
空のオレンジが濃く変わりつつあった。
◇
廃工場の奥、雑草だらけのコンクリート広場。
錆びたフェンスの向こうで、怒号が響いている。
「おいテメェ、雷門ナメんなよ!」
「ワビ入れろやコラ!」
ひび割れたコンクリの真ん中で、
白い髪の小さな背中が囲まれていた。
神代煙は壁を背に、唇の端に笑みを浮かべている。
「おうおう、“狂犬”ちゃんよぉ」
一人の上級生が、口角を吊り上げる。
「この前はよくもウチの遠征組やってくれたなぁ?」
「へぇ。数で囲めば勝てるかもってか」
煙は壁にもたれ、ポケットに手を突っ込んだまま鼻で笑った。
「相変わらずダセェな。雷門」
怒号のボルテージが増していく。
「テメェ!」
「今日はタイマンじゃねーぞ。
数でわからせてやるから覚悟しろや」
距離が詰まる、その瞬間——
派手な2ストサウンドが、空気を裂いた。
夏菜のガンマが廃工場跡地に突っ込む。
視線が一斉にそちらへ向く。
「……!?」
コンクリートにタイヤの跡を刻みながら、ドリフト気味に停止した。
白煙と共に威嚇するような空ぶかしが集団と煙を分断する。
「うおッ単車……ガンマだ」
「あれ“虎閃”じゃねぇか!?」
続いて、ゼファーとカタナが並ぶように止まり、原付がちょこんと並ぶ。
空気が一瞬、凍った。
「……凪嵐十字軍……」
「蜘蛛の巣会潰したって噂の……」
「一琉クン……かわい……」
「そこ?」
小さなざわめきに、一琉は苦笑しながらも、ゆっくりとバイクを降りる。
夏菜と鷹津が自然に前に出て、煙と報復隊のあいだに、線を引くように立つ。
静は一琉のすぐ横で、無表情のまま周囲を見回している。
一琉は、ゆっくりと輪のほうへ歩み出た。
「別に、止めたいわけじゃないんだ」
静かな声だった。
「ただ、その子——煙は、最近僕が面倒を見てる」
報復隊の一人がわずかにたじろぎながらも言い返す。
「…ち、“面倒見てる”って、オトコがでしゃばってくんなや」
「凪嵐十字軍だかなんだか知らねーけどよ、関係ねえだろ」
「関係ない、ねぇ?」
夏奈が、ワザとらしく首を傾げる。
「一年を数でボコったって話、雷門の番格が聞いたらどう思うかな。
“うちの看板に傷つけやがって”ってキレるか、“ダッセー後輩だな”って笑うか」
報復隊の顔色が、目に見えて変わる。
「……ヤベェぞ、”虎閃”はイミナさんのマブだ」
「……ッ」
「お前らだってさ、ここまで人数連れてきて一人フクロって、ダセぇって自覚はあんだろ?」
鷹津が、鼻で笑った。
「だったら筋通せよ。連続タイマンでどうだ」
「……」
「そっちから順番に出してきな。
こっちは止めねぇ代わりに、“フクロ”だけは無し。それで文句ねえだろ」
沈黙。
湿った風が、工場跡の匂いを運ぶ。
やがて、誰かが舌打ちした。
「……いいぜ。タイマンでやりゃ文句ねえんだろ」
煙がちらりと一琉を見る。
一琉の目は、怯えも軽蔑もなく、ただ状況を見ていた。
「……フン」
煙は無言で頷く。
報復隊の一人が吐き捨てる。
「順番に、きっちりワカらせてやるよ」
遠くで蝉が鳴いている。
夕焼けのオレンジが濃く深く変わっていく。
日暮れにはまだ時間がありそうだった。




