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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第2章 静かに見守る影
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第42話 外伝 それぞれの走り方、それぞれの景色

初夏の風がやわらかく街を撫でていく。

放課後の教室、窓際で夏菜が立ち上がった。



「なぁ、一琉も単車手に入れたことだしよ、

 今度の日曜、みんなでツーリング行かねぇ? 

 ちょっと遠くの海までさ」


「いいわね!」

梨々花が即答し、スマホを取り出す。

「久々に走りたい〜、海沿いとか最高じゃない?」


「ボクも行きたいけど……まだ初心者だし、そんなに飛ばせないよ?」

一琉は苦笑して肩をすくめる。


「静はバイク無いよな?

アタシの後ろ乗れよ。二人乗りでも余裕だし」


「……了解」

静は終始無表情で頷いた。


それで話はまとまった――はずだった。



日曜の朝。

郊外のコンビニ駐車場に、排気音がひとつ、またひとつ重なる。


夏菜のガンマが軽やかに鳴き、

一琉のゼファーが深く低く唸り、

鷹津と梨々花の原付がちょこんと並ぶ。


鷹津は原付に跨ったまま大きく伸びをした。

「静、遅いわね」

「時間ぴったりに来るタイプかもな」



その時。

遠くから――金属を研ぎ澄ませたようなエンジン音が迫る。

甲高いのに厚みがある独特の響き。


「ん? このエキゾースト音は……って、はぁあ!?!?!?」

夏奈が目を剥いた。


風を裂くように現れた銀の車体。

輝くカウルが陽を刻む。


無言のまま現れた静は、大型の単車に跨っていた。

白い指がスイッチを落とし、音がピタリと止む。



「……静、それ……」

一琉が呆気にとられた声を出す。

「……カタナ」


「いや名前じゃなくて!」

鷹津が素で突っ込む。

「なんで持ってんの!?」


「計画した時“持ってない”って話だったよね!? 怖っ!」

梨々花が一歩退いた。


「……お前さぁ……」

夏奈は絶句する。


「……必要になったから、用意した」

静はそれだけ言った。



沈黙。

だが結局、「まぁ静だし」で全員が納得してしまう。

誰よりも現実離れしているくせに、妙な説得力があるのだ。


一琉は小さく笑い、「似合ってるね」とだけ言う。

静は赤面すると、口元だけがわずかに緩んだ。



「目的地は海沿いの食堂。名物の海鮮丼だ」

夏奈が指で地図を弾く。


「排気量も腕もバラバラだし、各自のペースで行こうぜ。

途中で合流ポイント決めときゃいい。ここの道の駅な」


バイク組——夏奈=ガンマ、一琉=ゼファー、静=カタナ。

原付組——鷹津&梨々花。


「うん」

「はーい」

「おっけー」


それぞれエンジンをかける。

初夏の空気が熱を帯び、マフラーから煙が立つ。


「じゃ、出発だ!!」


初夏の風が、四つのエンジン音を一つずつ拾い上げ、空へ混ぜた。



最初の直線。

一琉は慎重だった。ミラーを、路面を、前走の影を、何度も見る。

ゼファーの重厚なトルクが体にのしかかるように伝わる。


手のひらの震え、振動、排気の低音。

ひとつひとつが、まだ未知の感触だった。


ゼファーの鼓動は低く太い。

回転が上がるたび、胸の内側まで重い波が寄せてきて、足下で柔らかくほどける。


(重いけど、怖くない……)

(君、走るの好きだろ)

信号待ち、ハンドルをそっと撫でて囁く。

次の加速は、ほんのわずかに鋭くなった。



その少し前方。

「ちょい先で待つぜ!」

夏菜のガンマが、ロケットのような加速で一瞬にして視界から消える。

2スト特有の甲高い音を残し、青い残光のように峠へと消えた。


しばらくして——見晴らしの良い展望ポイント。

夏菜はガードレールに腰をかけ、腕を組んで笑う。

「おーい! ナナハン、やっと来たか!」


「はぁ……速すぎるよ……」

一琉が苦笑する。

「そんなの、追いつけるわけないじゃない」


「はっはー! これがガンマの走りってやつ!」

夏菜の笑顔は、風の中で一層輝いていた。



その後方では、銀のカタナが滑るように走っていた。

静はほとんど姿勢を崩さない。

まるで風そのものが人の形を取っているかのようだ。


一琉がラインを外しかけると、

静は自然にポジションを変え、背後からわずかに誘導する。


夏菜が振り返って呟く。

「お前、ブレねぇな……」



鷹津と梨々花は別ルート。

町を抜けた裏道では原付二台が走っていた。


「ほら見なさい、渋滞知らず!」

梨々花は路地を気持ちよく切り、短い橋を渡る。


「てか道間違えたら終わりじゃね?」

鷹津が半笑いでついてくる。


商店街の軒先でアイスを買い、写真を一枚。

信号のない道、商店街の裏、軽食スタンド。

寄り道だらけの二人旅は、速度は遅くても楽しさでは負けていなかった。



◇ ◇ ◇



峠を抜け、全員が合流したのは小さな道の駅だった。

初夏の風が木々を揺らし、蝉の声が早くも混じる。


「ゼファー、どうよ?」

夏奈がスポーツドリンクを渡す。


「……分かってきた」

一琉は缶を額に当ててから笑った。

「この子、信じたら応えてくれる」


「いい表情」

梨々花が原付で滑り込み、手を振る。

「写真撮る? “初夏のナナハン少年”」

「やめてよ」

笑い声がひとつ増えた。



後半、道路は広くなり、海の匂いが混ざる。


一琉は迷いを一枚ずつ脱ぐみたいに、スロットルを開けた。

コーナーの入口でブレーキを軽く残し、視線を先に置く。

ゼファーの重厚なトルクが、路面を掴んで体を前に押し出す。


「いい感じじゃん、ちょっと飛ばそうぜ」

夏奈のガンマが横に並ぶ。

短い直線で、三台は束の間のランデバトルになった。

風の層を切る音が重なり、前を行く夏の海の青さが一瞬近づく。



同じ頃、海沿いへ出る手前のコンビニ。

原付コンビはベンチに腰を下ろし、ストローをくわえた。


「……あんた、ほんと変わったわね」

梨々花が唐突に言った。


「は? 何よ急に」

鷹津はストローを外し、眉をひそめる。


「前のあんた、喧嘩は強くても……正直、応援する気にはなれなかった」

「……でしょうね」

「でも今は違う。自分のためだけじゃなくて、誰かのために動くようになったでしょ」


少しの間。

海の匂いが、風に濃くなる。


「……ま、一琉のせいね」

鷹津は空を見た。

「あいつ、底知れないくせに妙に真っすぐだから、ほっとけなくてさ」


「今なら、どう? 番格目指してみない?」

梨々花がにやりと笑う。


「おいおい……そんなん、あーしの柄じゃ——

だいたい、夏奈はどうすんだよ」

「柄じゃないなんて、あんたが決めることじゃない」


梨々花の声は意外と真面目だった。

「あんたに付いてきたいって子、もう出てきてるよ。

もちろん夏奈は応援してる。けど、あの子は番格に興味ないみたいだし。

情報好きとしては、あんたが動いたら面白いんだけどな〜」


「……まぁ、そういう未来も悪くねぇかもな」

二人は同時に立ち上がる。

原付のエンジンは軽やかに目覚めた。


「海、行こ」

「おう」

海沿いの国道へ出る。右手いっぱいに、光の粒が跳ねる。


速度は控えめでも、波打ち際を並走しているみたいな気持ち良さ。

「っはー! 最高じゃんこれ!」

「でしょ! 原付でも全然アリなんだって!」

すれ違う観光客が手を振り、梨々花が軽く手を上げる。


鷹津はそれを横目で見て、にやっとした。

「なんかさ、こういうの、久しぶりだわ。何も考えず走れるの」

「じゃあ今日はそれでいいじゃん。バイクのことも、喧嘩のことも、全部置いてさ」

「……そうだな」

風の音と、軽い唸りだけが続く。


梨々花が前に出て、車体をひょいと揺らす。

「おいこら、転ぶぞ!」

「ちゃんとついてきなさいよ!」

二つの原付が、海のきらめきに小さく跳ねて進んだ。



◇ ◇ ◇



食堂の暖簾は、潮風に揺れていた。

夏奈の母の伝手で席は押さえてある。


単車組が先着して、原付組を手を振って迎えた。

「お疲れ」

夏奈が水を配る。

「予約しといた海鮮丼、もう来るって」


「こういうのも、いいな……」

一琉は席に腰を落ち着け、ふうと息を吐いた。


窓の向こうで、海がまだ昼の色を残している。

丼は、海の重さをそのまま載せたみたいに豪勢だった。

笑い声と箸の音が混ざって、潮騒に溶ける。



食後の海岸沿いで一休み。

潮風が髪をすいていく。

胸壁に座って眺めた海原は、どこまでも遠く広がって見えた。



帰りは自由解散だ。

原付組は早めに街へ戻り、夕方の商店街をのんびり抜ける。


単車組は夕陽を背に国道を並走した。

ゼファーの影は長く伸び、カタナの銀は赤く染まり、ガンマは夕日を背中に背負っていた。


(排気量も、速さも、見える景色も違う)

(それでも、同じ目的地に向かって走れる——なんか、それが嬉しい)


夏奈が片手を上げて合図し、少し先で別れる。

静はゼファーの後ろに位置をとり、距離を一定に保つ。


街へ近づくほど、風はぬるくなる。

初夏の匂いが、今日の記憶に名前を付けた。


それぞれの走り方で、同じ夕陽に照らされる。

それだけのことが、とても尊い日だった。

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