第38話 新勢力
廃公園を抜けた夜風が、戦いの余韻をさらっていく。
静かな月光の下、
梨々花がくるりと振り返った。
手にはスマホ。画面の光だけが、
いたずらっぽい笑みを照らす。
「ねぇねぇ、今回の件、広めちゃっていい?
おねが〜い♡」
血と埃にまみれた仲間たちの中で、
ひとりだけ妙に楽しげだ。
「はぁ? お前、マジで言ってんのか……」
夏菜が呆れ声で肩をすくめる。
一琉は少しだけ考え、静かに頷いた。
「……暗夜會の注意喚起になるなら、広めてもいいと思うよ。
無いとは思うけど、警察にもみ消されても怖いし、ね」
梨々花の顔がぱぁっと輝く。
「やった! ありがと、一琉♡
じゃ、任せといて!」
梨々花の親指が、迷いなく画面を滑る。
“暴露屋”モード。彼女の指先は、ほとんど戦闘のように速い。
数分後、見出しが躍る。
『【急報】蜘蛛の巣会=鬼道連残党だった。
背後に潜む暗夜會。
潰したのは“桜坂の転校生”率いる——
”凪嵐十字軍”!』
現地の写真や動画、位置情報を一部モザイク化して添付。
後に報道と合致する当事者の証明。
すぐさま鳴り続ける通知音の瀑布。
引用、転載、スクショ。裏SNSの黒い海に、白い飛沫が立った。
◇
翌朝。
桜坂中の廊下はざわめきで満ちていた。
「え、マジ? 蜘蛛の巣会が鬼道連の残党だったけど、
直接乗り込まれて壊滅?」
「その裏に暗夜會がいたんだって」
「潰したの、あの天凪クンたちってこと?
“凪嵐十字軍”って呼ばれてるし!」
「かわいい男の子が実は…って漫画かよ!!ほんとにほんとなの??」
教室で梨々花がスマホを掲げる。
「速報速報!
裏SNS、現在“凪嵐十字軍”でトレンド独占中〜」
一琉は入学初日とはまた違う種類の視線を感じながら、
眉を寄せてスマホを覗き込む。
「……注意喚起のつもりだったんだけど、
これじゃ僕たちが“新勢力”みたいになってない?
凪嵐十字軍って何?」
「ちょうどいい名前が必要だと思ってぇ〜。
かっこいいでしょ? 許して♡」
梨々花は肩をすくめ、上目遣いで首をかしげて見せる。
隣で夏菜が腕を組み、にやりと笑う。
「ま、いーんじゃね? アタシは大したことしてねーけど、
名前が広まる分には悪くねぇし」
鷹津が額に手を当てて呻いた。
「……なんか一晩経ったらヤバい気がしてきた……いやいや待て待て。
暗夜會との抗争とか、冗談じゃねぇって!
あーしら、そこまでデカいことしたかぁ?」
静はスマホを一瞥し、無言で小さく頷いた。
表情ひとつ動かさないが、その背に微かに疲労がにじむ。
一琉はため息をつきながらも、苦笑いを浮かべた。
「……まぁ、仕方ないか。
名前が広まるのは、得にも害にもなる。
問題は――どう使われるか、だね」
◇
裏SNSでは、すでに祭りのような騒ぎだった。
蜘蛛の巣会検挙の報道がなされてからは、
さらに火に油が注がれる。
「報道されてる…マジネタ確定じゃん」
「復活した鬼道連を巣から引きずり出したってことだよな、正気じゃねえって」
「鬼道連!? 鬼哭冥夜に潰されたはずじゃなかったのかよ!」
「その生き残りが暗夜會? マジかよ」
「地下に潜ってたって噂、やっぱホントだったんじゃね?」
「それ潰したって正気か? やばすぎだろ」
「桜坂の転校生+音無し+虎閃+鷹津……“凪嵐十字軍”ってやつらしい」
「ヘッドの転校生が超美男子ってマジ?」
「妄想書き込んでんじゃねえよバチバチの超武闘派だぞ」
コメントは雪崩のように流れ、
気づけば「凪嵐十字軍」はひとつのタグになっていた。
誰が言い出したかも分からないまま、
街の不良たちはその名を恐れ、あるいは憧れ、
勢力図の空白に“新しい名前”を書き込み始める。
「……なんか、勝手に歩き出してるな」
一琉はつぶやき、スマホを閉じた。
遠くで、昼のチャイムが鳴る。
風が校舎を抜け、窓際のカーテンを揺らした。
——凪嵐十字軍。
それはまだ形を持たない、ただの噂。
だが、この日を境に、“桜坂の転校生”の名は
確かに街の闇へと刻まれていくのだった。




