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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
序章 始まりの鬼哭冥夜《ナイトメア》
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第3話 鬼哭冥夜

高架下の空気が変わった。

冷たい夜気が、ピンと張りつめている。


誰もが息を止めて、黒いロングコートの女

——”幻月夜叉連”のヘッド”鬼哭冥夜ナイトメア”を見た。



追手たちは、黒いバンの陰から一歩ずつにじり出る。

白い息を吐きながら、淡々とした声で言った。


「どこの愚連隊かは存じませんが……

我ら八岐大樹の赦光連隊に逆らうというのなら、後悔することになりますよ」


鬼哭冥夜は肩をすくめた。

その横顔は笑っているようで、どこか退屈そうだった。


「で? そこの坊を、お前らがどうするって?」


「この子は教団の所有物です。

我々の“虹星にじぼし”。神聖な器なのです」



淡々とした口調の中に、

ぞっとするような愉悦の色が滲む。

ぼくの背筋が冷たくなった。


彼女らの視線は“人間”を見ていない。

ただの資源、素材——そういう目だ。



「一琉くん、こんなクズどもにすり寄って……

なんていやらしい子なの。

戻ったら、厳しく戒めてあげなくちゃね」


唇の端を歪める女。

声が出ない。

足が震える。

喉が焼ける。

言葉の代わりに、ただ一歩、鬼哭冥夜の方へ寄った。



彼女がこちらをちらと見て、低くつぶやく。


「坊、あいつらに好きにされていいのか?」


胸が、どくんと鳴る。

この問いだけは、怖くなかった。


「……嫌です。」


彼女は、にやりと笑った。

ゆっくりと赦光連隊のもとに歩みをすすめる。

腰の鉄扇がかすかに光った。



ぼくのすぐそばを通り過ぎる時、

頭をくしゃりと撫でて言った。


「そうか。なら、あたしが筋を通してやるよ。」



「勘違いなさらないで」

先頭の女がハンドサインを作りながら話す。

「これは宗教行為。あなたが口を挟むことじゃ——」


言い終わる前に、赦光連隊の一人が動いた。

警棒を抜き、横から鬼哭冥夜に突っ込む。


「あ、危なっ…!」



だが、その腕が振り下ろされる前に、

鬼哭冥夜の裏拳が音を立てて相手の顎を撃ち抜いた。


信じられない音が響く。

黒い影が弾かれたように宙を舞い、

ぼくのそばの地面に転がる。


…あ、顎…外れてる…



「…ッ!?、ひ、一人だぞッッ!!やれッ!」

怒号とともに、五人が同時に突進した。


鬼哭冥夜は一歩も引かない。

逆に踏み込む。


鈍い破裂音。

先頭の女の顎に、折り畳んだ肘が突き上がっていた。


体が浮いて、真上に跳ねる。


「っ……!」



左右から二人が詰める。

片方は低く潜り、足首を絡めにくる。

もう片方は懐からナイフを抜いた。


鬼哭冥夜は、軽く跳んだ。

潜ってきた女の背中を、つま先で軽く捉えて、

そのまま、踏み抜くのかと思うほど正確に体重を落とす。


悲鳴が上がる。

踏みつけた足を支点に、腰がふわりと浮いた。



そして——回る。

踏んでいる足を軸に、ありえないバランスで、

円を描くみたいな回し蹴り。


横から詰めてきた女のこめかみを、

ブーツのかかとが綺麗にさらう。


人が、吹き飛んでいく…



ナイフの女が腰だめに突っ込む。

鬼哭冥夜はそれを見もせず、

腰の鉄扇を抜きざまに叩きつけた。


金属音が一瞬鳴り、ナイフが落ちる。

そのまま、掌底。

喉の真ん中に入って、女は折れた草みたいに崩れた。



目の前で繰り広げられる光景が、現実とは思えなかった。

アクション映画でも、こんな動きを見たことがない。


息が詰まる。

怖いのに、目が離せない。


「おい、ヘッド……私らも——」

背後の誰かが声を上げたが、

鬼哭冥夜は手を振って制した。


「いい。あたしがやる。」

その声は静かで、けれど誰よりも鋭かった。



「おい坊ちゃん、心配しなくていいよ」


いつの間にか隣に立っていた女が、

ぼくに缶コーヒーを差し出した。

缶の温かさが手に染みる。


「……あ、どうも——」


「相当やりそうな連中だけど、

ヘッドはこの程度、何回も蹴散らしてきたからさ」



「囲んで潰っ…!」

言い終える前に、また一人が転がっていく。

掌底を使ったコンパクトなフック。

肘、膝、踵。


一撃ごとに、耳が痛くなるほどの音が鳴る。

骨がきしむ音。

空気が破れる音。

そして、人が倒れる鈍い音。



奥から、最後の一団が突っ込んでくる。

武器を持ち、体格も良い。

多分、彼女たちが本命だ。


鬼哭冥夜は、一歩も下がらない。

むしろ、踏み込む。


距離を自分で潰して、相手の得物を無効化するみたいに。

肘が顎、膝が肋、踵が膝、扇の縁がこめかみに——

連続の数拍が、同時に終わった。


あっという間だった。



高架の上をトラックが走る音だけが遠くに流れていく。

足元には、呻き声を上げる影がいくつも転がっていた。


誰も、立っていない。



その時——


奥のバンの陰で、まだ動ける誰かが、

懐に手を滑り込ませた。


金属の鈍い光。

スイッチの小さな赤。

弾けるような音と共に紙片が舞った。


「危ない!」


自分でも驚くほど大きな声が出た。

鬼哭冥夜がこちらを見ずに片手を上げる。


鉄扇がひらり——夜光の蝶みたいに舞い、

撃ち込まれた何かを、弾き飛ばす。



次の瞬間、地面に転がる電極と銅線が目に入る。

テ、テーザーガン——


……どうやら、あの鉄扇は絶縁仕様みたい…?



「ばけ、もの…」

テーザーを撃ち込んだ女…

最初に話しかけてきた女は力尽きたように気を失った。


鬼哭冥夜は息一つ乱さず、鉄扇を腰に戻した。



ぼくをちらと見る。


その瞳は、燃えるように熱く、それでいてやさしかった。

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