第29話 蜘蛛の謀《はかりごと》
ちょっとしたパーティの後。
コンテナ内部には安っぽい香水と菓子の匂いが残っていた。
カンダは部屋の隅でふて寝し、
ジョロウがグラスを傾けて壁にもたれている。
「……あんた、やるじゃない」
ジョロウが笑う。
赤い唇が光を受けて、ゆるく歪んだ。
「そうやって“音無し”を落としたってわけね」
「ご指示があれば何でも。匿ってもらえた恩は返します」
「殊勝ねぇ」
アシダカが壁にもたれたまま腕を組む。
「ふん、殊勝な態度じゃねぇか。
……艶めかしいな」
マネキはクスッと笑いながら足を組み替えた。
「地獄鬼がカチこんでくる事態にはならなさそうで安心したよ。
……あとで僕も遊んでもらえるかな」
「おにいちゃーん、あたしの部屋泊まっていかない~?」
カンダが寝転がったまま甘える声を出す。
一琉はやんわりと笑った。
「それは恐れ多いです。でも、また遊んでくれたら嬉しいです」
ジョロウがそのやりとりを見て、グラスを鳴らした。
「……男の子って、怖いわねぇ」
◇ ◇ ◇
深夜、パーティ後の一琉は連結されたコンテナ群、さらに別の部屋に呼び出される。
特に隠れているわけではないが、奥まっていて意識されない倉庫のような部屋。
その場にはカンダ以外の幹部が揃っている。
こういう場所には謀が集まるということを一琉は知っていた。
机に置かれた勢力図には、「天」「地獄」「人」「慾」「獣」「修羅」の文字。
(六道輪廻…?)
線が書き込まれている。
太い「天—地獄—人」のラインに、孤立する「慾」「獣」「修羅」。
ジョロウが六道の勢力図を軽く叩きながら口を開く。
「最近、天鬼の監査がきつい。
カンダのやつ毎週顔を出すようになったでしょう?
“運営費”の名目で上納まで取られてる」
「獣と修羅も同じ状況みたいだよ、
ハエトリちゃんが姿消しちゃったから最新の状況まではわからないけどね」
「創設者の天鬼。
個人で最強の制裁担当、地獄鬼。
そして今の運営形態を持ち込んだ人鬼」
「私たちのイニシアチブは完全に奴らに握られている。
だから名目上対等なんて言いながら上納までさせられている」
「だから、こうする」
ジョロウはペンを持ち、孤立する慾、獣、修羅の間に線を書き込んだ。
アシダカが低く唸る。
「つまり、こっち三派でひとつ形を作る、ってことか」
ジョロウは頷き、続ける。
「私たち実働部隊が派閥を作れば無下にすることはできない。
いかに地獄鬼が最強でも、天鬼が筋書きを作っても…」
そして一琉の肩に手を置いた。
「……一琉くん。あなたはその象徴になってほしいの。
——“守られる男の子”。可哀想で、庇護される存在。ね?」
マネキが笑う。
「修羅も獣も男好きなんだよ?
“保護対象”だなんて言いながら、遊び相手が欲しいだけ。
……僕らも似たようなもんさ」
アシダカが笑いを押し殺すように言う。
「守ってやるさ。
代わりに血か汗か、何かは流してもらう」
ジョロウの指が一琉の頬を撫でる。
「勘違いしないでね。私たちはあなたを守る。
でも、かわいがってもらえるだけだとは思わないで。
……その痣、とってもキュートよ」
そして、ジョロウの声が一段低くなる。
「——ただし。
カンダには絶対に言わないで」
アシダカがうなずく。
「……あれは天の耳だ」
ジョロウは笑顔のまま言い切る。
「“監査ごっこ”に漏れたら、天の秤に踏み潰される。
だから、この話は——蜘蛛の巣の内だけ」
マネキが口をすぼめ、わざとらしく小声で囁く。
「カンダちゃん、なんでもチクるからねぇ。
……ね、一琉くん? 秘密は守れる?」
一琉は俯き、震える声で答える。
「……はい」
ジョロウはペンを回しながら、唇の端を上げた。
「私たち”六道鬼”は本来対等よ。均衡を取り戻す。
でもその過程で、“男を手にする権利”くらい、私たちにだってあるでしょう?」
(”六道鬼”…蜘蛛の巣会と同等以上の勢力が六つ…
その連合が”上”か…
話が大きくなってきた)
マネキがくすりと笑う。
「ね、だからさ一琉くん。安心して? 守ってあげるから。
そのかわり——たっぷり遊ばせてね」
闇の奥、甘く濁った笑いが、
ゆっくりと溶けていった。




