第28話 蜘蛛の隙と見守る影
連結コンテナのドアが開く。
通された部屋は想像より整っていた。
ゴムマットが敷かれ、壁際にソファ、ひじ掛け、冷蔵庫。
奥の壁にはスプレーで蜘蛛が描かれている。
そして中央の会議テーブル。
(電気も通っているのか、
反社のような組織形態が整っている。
でもあの絵、不良としての自負心は強そう)
部屋にいる幹部の目が、同時に一琉を見る。
壁際、腕を組む巨躯の女——”アシダカ”。
ソファで無邪気に笑う——”マネキ”。
肘掛けに体育座りでにやにや——”カンダ”。
その中央で飴を転がす——”ジョロウ”。
彼女たちの名前を紹介したあと、
ジョロウは改めて口を開く。
「さあて。お待ちかねの“拾いもの”よ」
「……わあ……本当に来ちゃったんだ……♡」
「チッ。遊び半分で拾ってきやがって——でも、顔はいいな」
「おいおいおいぃ~? ほんっとに“音無し”の男ぉ~? 超かわいいじゃないのォ♡」
(——視線の質が違う。大柄なのは警戒している。
狐目は笑いの奥に刃。
ちっちゃいのは、穴だらけ)
一琉は、無垢そうに首を傾げた。
「……あの、ここにいらっしゃる方が、
幹部の全員……ですか?」
ジョロウが片目をすっと細め、口角だけで笑う。
「さあ、どうだったかしらね?」
「はいはいはい、
これで全員じゃないわよ☆」
カンダが割り込むように手を挙げ、
肘掛けでぶらぶら揺れる。
「音信不通のハエトリちゃんがいるじゃなーい☆
ボケてんの?数も数えられないのかしらーん?」
「……喋るなよ」
アシダカが低く唸り、舌打ちを一つ落とす。
(このちっちゃいの……口が軽い。
ジョロウにも釘を刺されてない。
…名前からしても……“バックとのつながり”なのかも)
ジョロウは掌を打ち合わせ、空気を切り替えた。
「さて——坊や。歓迎の儀式よ。質問に答えて」
「……はい」
「“音無し”から逃げたって、どうやって?」
「静さんが、いつも僕のスマホの位置を……見てて。
今日は、パンの配達で一度外へ出られたから……。そこから走って……」
「配達?」
マネキがころころ笑う。
「ねえ、君。パン、焼けるの?」
「……いえ。並べるのと、声を出すのは得意です」
「かわいい子の“いらっしゃいませ”は、強いよね」
マネキの笑顔は、色味のない風船のようだ。
「働きたい?」
「はい。なんでもします」
「ふうん。……カンダ、連絡回して。
上納分を補って余りあるはずよ」
「はいはい☆」
(決定が速いな。
ジョロウが頭、マネキが実務、アシダカが制圧、カンダは橋……いや、“口”ってところか。
そして上納を強いられるだけの力関係、上がいる。)
ジョロウが一歩、近づく。
飴の甘い匂いが微かに昇る。
「ねえ、一琉くん。ここは“善人”の居場所じゃないの。
わかる?選ぶの」
「……選ぶ?」
「うん。こっち側に来るか、全部失うか」
囁きが耳朶を撫でる。
一琉は、悲しげな笑みを崩さずに、ほんの少しだけ顎を引いた。
「……僕は、ここで必要とされたいです」
「いい子」
ジョロウは満足げに指を鳴らし、ソファに腰を落ち着ける。
◇
「ひとまず、“顔合わせ”は終わり。
今日はここまでね。
あとで部屋に案内して——」
「ふーん、近くで見てもとんでもなくかわいいわね☆」
解散の空気を壊したのは、ひとりの小柄な少女だった。
「これがうちの雑魚共が手ぇ出したっていう“音無し”の男ってわけ☆
どっからどう見ても雑魚の中の雑魚♡」
教官風の制服をひらりと翻し、
腰までの三つ編みを揺らしながら、ひときわ派手な声で笑う。
その舌足らずな声に、他の幹部たちはげんなりしたように眉をひそめる。
だがカンダは気にせず、
スマホを指先でくるくると回した。
「ノルマも果たせないザコ幹部たちどうしようかと思ってたけどさぁ~?
こんだけかわいけりゃ上も納得するんじゃない☆」
一琉は静かに目線を落とす。
怯えたふりをしながらも、脳内ではすでに分析を始めていた。
(……その”上”とやらの情報、
できればつかんでおきたい。)
カンダはスマホをチラ見し、わざとため息をつく。
「ま、すぐ報告してやってもいいけど、
先にお姉さんたちと——」
次の瞬間、彼女は腰をくねらせポーズを取った。
「あ・そ・ぼ・う・よぉ☆」
アシダカがあきれたように鼻を鳴らす。
「また始まった……」
ジョロウは飴をコリ、と噛み砕き、視線を逸らす。
「……はいはい、お嬢ちゃんのお遊びタイムね」
その言葉と同時に、一琉は半ば強引にカンダの「パーティ」と称する場に連れて行かれた。
(幅を利かせて反感を買っている、
恐らく外部とのつながり。
……理想的なターゲットだ。
ここは踏み込む)
◇
アジト奥のコンテナの一室。
安っぽいパーティライトがチカチカと点滅し、
テーブルにはコンビニ菓子と缶ジュースが並んでいる。
妙に明るくて、妙に不快な空間。
「ほらほら、座ってよ~おにいちゃん♡」
カンダはソファにあぐらをかき、ずいっと一琉の隣に詰めてくる。
「でさ~? あんたみたいなカワイコちゃんが、
別の女のもんになるとかもったいなすぎんだよね~?」
ぐい、と彼女の指が太ももに触れた。
「お姉さんが教えてあげよっか?
“お仕事”のイロハってやつぅ♡」
挑発するような視線。だが一琉は微笑を崩さない。
(浅いセクハラと上位者気取りで人を翻弄した気になってるタイプ。
ちょっと優しくされたらコロッと行くくせに)
「そうですね……じゃあ、
僕の“仕込まれたこと”——見てみますか?」
「は?」
一琉は静かに、カンダの指先に触れた。
そのまま、手の甲から自分の太ももに沿わせるように導く。
柔らかな熱が伝わる距離で、囁く。
「大丈夫。僕、逃げたりしませんから……
安心して、触って?」
「っ……!」
カンダの顔が一瞬で真っ赤になる。
反射的に手を引き、立ち上がった。
「な、なんっ……!
調子乗ってんじゃないわよ!?☆」
肩を震わせながらも、耳まで真っ赤。
ごまかすようにそっぽを向き、
スマホをいじり始める。
…一琉はその刹那、カンダのスマホのパスロック解除パターンを目に焼き付けた。
にこりと微笑む。
(……この子、敵だけど使える。
蜘蛛の”隙”、狙わせてもらう)
◇
その光景を、スコープ越しに静が見ていた。
偏執的な尾行対策を突破し、たどり着いた自然公園の茂みの中。
珍しく窓の設置されている端の部屋を張っていたところ、
一琉たちが入ってきたのは幸運だったのか不運だったのか。
風の中で、双眼鏡をゆっくり下ろす。
(…………あんな顔、初めて見た)
視界に残るのは、一琉の柔らかい笑みと、カンダの耳元に近づく仕草。
胸の奥がきゅっと締め付けられる。
パーティルームから漏れる軽音と、カンダの悲鳴が風に運ばれてくる。
「~~~~~っ!!」
静は思わず膝を抱え、顔を手で覆った。
(ああっ……一琉クンが、あんな……っ)
(なんであんな女に……!!)
顔を真っ赤にしたまま、彼女は地面にうずくまり、悶絶する。
(違う、違う、これは任務中……私は監視を……でも、でも……)
息を整えながら、ポニーテールを結び直す。
「……帰ったら、トレーニング、増やそ……」
(そして、一琉クンを、もっと、護れるように……)
悶々とした静が見見守る中、パーティの時間は過ぎていった。




