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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第2章 静かに見守る影
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第24話 蜘蛛の手管

放課後。



春の曇り空は、光をやさしく濁していた。

湿り気を帯びた空気が、ショーウィンドウのガラスを少し曇らせる。

パン屋”カノン”のガラス戸を拭いていた天凪一琉は、ふと視線を外へ向ける。



「……?」


向かいの電柱に、よれたパーカー姿の中学生が三人。

誰かの様子をうかがうように立っていたが、目が合うとそそくさと逃げ去った。



不自然。だが、一琉はそれ以上深く考えず、再びクロスを動かす。



翌日。

出勤した一琉に、店主の女性が苦い顔で告げた。


「今朝ね、シャッターが開かなかったのよ。

鍵穴に接着剤みたいなもの、流し込まれてたの」


「えっ……そんな……」


「まあ、業者に頼めば何とかなるけどね。物騒になったもんだわ」


その日、一琉は何も言わず、開店準備を黙々と進めた。


曇り空の下、遠くで鳥が低く鳴いている。



次の日。

立て看板が真っ二つに折られていた。

その翌日は、裏口のドアに赤スプレーで脅しの落書き。


「“坊やの面、潰す”……か。悪趣味ねぇ」


店主は苦笑しながらも、娘は明らかに怯えていた。

警察を呼び、巡回を強化してもらう。



悪意の匂いは確かにそこにあった。


警察に…夏菜や鷹津がいる時には絶対現れない狡猾さ。


それでも一琉は、出勤し、掃除をし、笑顔でパンを並べ続けた。

まるで嵐の中心にいるような静けさで。



そして、その日が来た。


ガシャンッ!


ガラス戸を蹴る音が響き、鈍い悲鳴を上げた。



その瞬間、奥から中年女性――店主が現れた。

手には古びた金属バット。

照明を反射して、銀の軌跡が床に伸びた。


「いい度胸だね。

うちの店、もともと潰れかけだったんだよ」



唇を歪めて笑う。その声音には怒りよりも誇りがあった。


「それを助けてくれた子がいるのにさ。

あたしが黙って引き下がるとでも?」


戸口に立っていた少女が、肩をびくりと震わせる。

明らかにパシリだ。背後の二人も青ざめている。



「帰りな。うちは商売してる。

アンタらの相手してる暇なんかないんだよ」


少女たちは顔を見合わせ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。



その光景を――屋根の上の影が見ていた。


風の中、黒い影が一度だけまぶたを伏せる。

そして静かに立ち去った。


バットが引っ込むと、店はまたパンの匂いで満ちた。


数分後、遠くの路地で、短い悲鳴が上がった。



数日後の夕暮れ。



閉店間際の店内。

一琉が棚を拭いていると、カラン、と鈴の音が鳴る。


「ごめんくださーい。まだ、閉店じゃないよね?」


その声に顔を上げると、一人の少女が立っていた。

艶やかな黒髪。レース混じりのストリート風制服。

年齢は十代半ばのはずなのに、空気が妙に冷たい。



「あ、いらっしゃ──」


言葉が途切れた。

笑っているのに、店内の温度が下がるような違和感。

“何か”が違う。


「かわいい子が働いてるって聞いてたけど……ほんとだ。

ここでお仕事してるの、一琉くん、でいいのかな?」



「……はい。…あなたは?」


「あたしは通りすがりの近所の女の子。

最近このあたり、ちょっと物騒でしょ?

落書きとか、ガラスの件とか──かわいそうに」


指先で鈴を弾くみたいな声色。目だけが笑っていない。



彼女は視線だけで店内を観察し、カウンターに肘を置いた。


「うちの知り合いにもね、いたの。そういうことしてた子たち。

でもね、ちょっと変なことがあって……みんな、襲撃されちゃって。

ボロボロになって、病院送り。

あれ、すごいね。なにがあったのかなぁ?」



微笑んだまま、瞳の奥が光を失っている。


「いやね、別に、責めてるわけじゃないんだよ?

ただちょっと思って。

こんなかわいい顔して、怖い子なのかな〜って」


「……僕は、ただパンを焼いて、並べて、売ってるだけですよ」


「ふふ、いい子。——でもね、一琉くん」



笑顔が形だけに変わる。


「このままだと、たぶん、この店、潰れるよ。

お客さん、思ったより減ってないけど時間の問題だよ。

もっと“割のいいお手伝い”、してくれれば、誰も困らないのにね。

大人がいないって、大変でしょ? お金も、心配でしょ? ねぇ?」



言葉は柔らかい。だが、喉を締めるような圧があった。

一琉はゆっくり息を吸い、笑顔のまま言った。


「……すみません。お店の人に確認しないと、勝手なこと言えないんです。

ちょっと待っててもらって、いいですか?」



「ん? うん、待つのは平気。……でもさ」


ジョロウは一琉の耳元に顔を寄せ、ささやいた。


「パンを焼くのもいいけど、

“焼き尽くされる前”に、どうするか選ばないとね」



にっこり。

名刺サイズの連絡先を置く。

甘く香る息が、まるで毒のようだった。


そして彼女は気まぐれにクロワッサンをひとつだけ買い、

手を振って去っていく。


◇ ◇ ◇


夜。店主に頼んで少し早く店を出る。

夏奈や鷹津が迎えにくる少し前の時間。


一琉は、自販機の脇で立ち止まる。

街のざわめきが遠くに聞こえる場所。



——梨々花と夏奈の言葉が脳裏をよぎる。


『“あんたを守ってる何か”がいる。

そう思ったこと、ない?』


『……優しい、ねぇ。

あいつ守屋静だよ。二年で最強って噂の』



そして——今も感じる、微かな気配。



「……守屋さん、いるんでしょう?」


風が、かすかに揺れた。

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