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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第2章 静かに見守る影
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第23話 蜘蛛の巣会幹部、ハエトリ

夕刻、路地裏の非常階段。

ひとりの女が煙草をくわえ、

手元のメモに何かをまとめていた。



ところどころ跳ねた茶髪、

唇にはどこか狂気めいた笑み。


——蜘蛛の巣会幹部、”ハエトリ”。



「……天凪一琉。桜坂中二年。バイト先は“カノン”ってパン屋。

一人暮らしで、生活費は支援金とバイト代。

けなげだねぇ」


手元のメモに赤ペンで丸をつけながら、ふふっと笑う。



「……こんな子を嵌めようとしてるウチ、最っ低。

……ふふ……最低、最高……」


足を組み替え、煙草の火を指で弾き消す。



蜘蛛の巣会の幹部として、

指令に従い標的を調べているだけ。


しかし——罪悪感と背徳感が入り混じるその感情は、

妙な快楽に変わっていた。



「……よし、とりあえず情報は十分。

ジョロウに報告っと」


スマホを耳に当てる。

通信の向こう、艶めいた声が返ってきた。



『どう、進捗は?』


「例の坊や、調べたよ。

マジでピュアで真面目な善人タイプ。

こんなの狙うとか、どんだけ業が深いのウチら」


『情けは無用よ。

どんなに可憐な蝶でも、

罠にかけたら、蜘蛛は喰らうだけ』


「わかってるって。

でもさ……あんなかわいい子が、

パシリども締め上げてるなんて思えないんだよね。

もうちょっと“お近づき”になれたら嬉しいけど?」


『……調子に乗るな。

必ず何かいる、接触するなら慎重に。』


「へいへい、了解~」



通信を切り、ハエトリはスマホをポケットに放り込む。

カノンの方向に歩き出した瞬間——


背後の空気が「すっ」と歪んだ。


毛穴が総立ち、膝が勝手にねじれた。



「――ッ!?」


反射的に身を捩る。

直後、喉元を切り裂くような無音の突きが空をかすめる。


跳び退きつつ視界の端で影を捕まえる。



「ッッッあっぶなッ、なにやつ……っ!?

“音無し”!!??」


先ほどまでハエトリがいた場所に無音の影が立っている。



黒い髪、無表情——“音無しの静”。


「いい動き。幹部級ね。

アジトを吐いてもらう」


「ま、まてまてまてっ! 

あんたと敵対する気はないよ!!

うちのパシリどもが迷惑かけたか!?

ワビいれさせてくれ!!」


「もうラインは越えた」


「あぁ!? 

………あ、あの子、あんたの男か!? 

わかった手を引く! 絶対だ!!」


「信じない。——死ね」


「あ、ぐ…

ぐぐぅ……………


……くそぉ!!」



ハエトリはスマホを地面に叩きつけ、踵で粉砕する。

ログは消した。


「………やったろうじゃん!!

ウチだって、鬼哭冥夜が来るまでは

“番格級”って言われてたんだよねぇ!」



もう、やるしかない。


ハエトリは勢いのままに前蹴りを撃つ——

とみせかけ、前に跳んだ。



咄嗟に引けば間合いを超える跳躍力で打ちぬく、

左右に避ければラリアット気味に組み付き機先を制する。


意表をついてのスーパーマンパンチ、

持ち前の跳躍力を活かした奇襲戦法がハエトリの流儀だった。



「シャァッ……!?」


ハエトリは、ガクンとした衝撃を太ももに感じる。

間合いが近づいていない。



——静のストッピングキックが膝の上を抑え、

ハエトリの重心を崩していた。


後ろ足は浮かせ、ハエトリの跳躍に乗るように、

衝撃を完全に無に帰す。



「なっ…!」


空を切る拳。


「ごッ……!!」


次の瞬間、静の“ストレート・リード”がガードをすり抜け顎を打ちぬく。



縦拳。利き手を前に置く特有の軌道。


——截拳道ジークンドー


最短・最速・変幻自在。

”水”のように戦うという哲学のもと考案された武術。

それが”音無し”の流儀だった。



ハエトリの体勢が崩れた瞬間、肩を掴み、

重心だけを外へ捻り投げ落とす。


「げふっ」


息を吐き切ったハエトリに冷徹な質問が飛ぶ。



「アジトはどこ。吐いて」


「ご……はっ、わ、わかったぁ……

…はぁ、はぁ、ど、どこだったっけなぁ……」


(くそ、何も見えなかった……

回復、回復の時間を稼げ……)

ハエトリの心は折れていない。



「た、たま~にしか行かないからさぁ…どこだっけ…

すぅ…はぁ……


……なめんなッ!!」


倒れた状態から跳ね跳び、

オーバーヘッドの袈裟蹴り——

ハエトリも試したことがない奇跡的な奇襲攻撃。



——しかし、

静は既に間合いを整えていた。

カービングステップと呼ばれる特殊な歩法。


袈裟蹴りが放たれた瞬間。

月を撃ち抜くような軌道で放たれた垂直蹴りが、

ハエトリのみぞおちを貫いていた。



”水は注がれる器によって形を変える”

己も、敵も、あらゆる変化を前提とする”音無し”に奇襲は通用しない。



「——ぐぼぉっ!!」


逆転の狼煙は無情に捌かれ、

ハエトリは地に落ち伏せる。

世界の色が失せ、胃液が逆流する。



「アジトはどこ。吐け」


「う、ぅおぇぇ……」


「……その“吐け”じゃない」


「はぁ、はぁ……

わ、わかってる、よぉ……話すぅ………………



あ、アンタのパパの実家だよぉ、へへ……」



静の瞳が、無言で細くなる。


「ぃぎっ…!」


蹴りが二つ、三つ。関節を正確に蹴る。


「アジトはどこだ。吐け」



問答は続いた。

耳鳴りの中で、ハエトリは唇を噛み、

血と笑いを混ぜて飲み込む。

(外道にもぉ、外道なりの通すべき筋があんだよねぇぇ……!)



どれほど時間が経ったのか。

夜風が吹き抜けるころ、ハエトリは血まみれで地に伏していた。


「……吐かなかったか。——やる」



静は淡々と立ち上がる。

その背中には、怒りでも憎しみでもなく、

ただ静かな“任務継続”の意思があった。



影のようにその場を去る。

ハエトリの息が、微かに揺れた。


「……へへ……ろくでもない仲間…守るのに……

こんな必死になっちゃって…ウチ、何してんだか……」


意識を失ったハエトリの横で、

壊れたスマホの破片が月光を反射していた。


◇ ◇ ◇


薄暗いコンテナハウス。

帳簿とスマホを並べ、

ジョロウは爪をカチカチと鳴らしていた。



「……ハエトリが帰ってこない。

連絡も途絶えたまま」


アシダカが腕を組み、壁にもたれる。


「いよいよ凄腕だな。

“音無し”か“虎閃”、……“お嬢様”の可能性もある。

ハエトリの奴が情報も残せねぇとはな。

…それどころかこっちのヤサが割れた可能性もある」


「最悪……」



ジョロウは唇を噛み、机に書類を叩きつけた。

その目に浮かぶのは焦りと怒り。


「ようやく、ようやく暗夜會として表に出ようって時よ?

男の子狙って返り討ち?

笑われるどころか、切り捨てられるわね」



帳簿の隅に書かれた名前——“天凪一琉”。


そこにダーツを突き立てる。



「“パン屋カノン”。ハエトリのログにあったわ。

店ごと行く。“善人の皮を被ってる坊や”の正体、暴いてやらなきゃ気が済まない。

……あの子が敵でないなら、巻き込まれた時点でアウトよ」


「直接襲うのか?」


「違う。

“手段を選ばず追い詰めて、引きずり出す”のよ」



指を鳴らす。

暗がりから、新たな幹部——マネキが音もなく現れた。

貼り付けたような笑みを浮かべながら、指先を弄ぶ。



「まずはパン屋に圧かけて。

その間、ここにカチコミが来なければハエトリは情報を漏らさなかったと判断する。

次に私が行って坊やに“選ばせる”。

ハエトリが吐かなかったなら私が行っても攻撃はしづらい。

巣を潰せないからね。


…こっちに来るか、全部失うか。

交渉の形、取ってあげる」



「……ボクもせっかく作った下僕がどんどん壊されてムカついてるんだ。

この男の子が関係あるにしろ無いにしろ、鬱憤を晴らさせてもらおうかな」


「ハエトリを潰すほどの何かがいる。

絶対見つかるんじゃないわよ」


「おっけー」



アシダカが短く息を吐く。


「……本気だな」



ジョロウは爪を止め、微笑む。

毒蜘蛛のような笑みは、

絹糸のように冷たく美しい。


「可愛い子は、従わせてこそ価値があるでしょう?」



——パン屋「カノン」に、黒い糸が忍び寄る。

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