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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第2章 静かに見守る影
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第20話 恥ずかしがり屋な常連客

カノンの店内は、夕方の光でオレンジに染まっていた。

焼きたてのバゲットから立ちのぼる湯気。

ショーケースには、ふっくらとした丸パンが並んでいる。



「いらっしゃいませ。袋はご一緒で大丈夫ですか?」


声をかけた先で、ひとりの少女が小さく頷いた。

黒髪のポニーテール、制服にパーカー。


無言でトレーを差し出し、パンはどっさり——

六つ、七つ、数えるのをためらう量だ。



「ありがとうございます。

メロンパンは温かいので、別袋にしますね」


一琉は、トレーのパンを丁寧に袋詰めしながら笑顔を向けた。


「ありがとうございました。またお待ちしてます」



客は何かを呟くと、軽く会釈して、

どっさり買い込んだ紙袋を抱えて出ていった。

扉のベルが、チリンと静かに鳴る。



「……今日もいっぱい買ってくれたな」


小さく呟いて、トレーを置く。

あの客は、ほぼ毎日この時間に来る常連だ。


話すことはほとんどないが、

最後に必ず「ありがとう」と呟く。

それが、一琉には不思議と印象に残っていた。



入れ替わるように、店のドアが勢いよく開いた。


「よっす!」


「……近江さん?いらっしゃい」


スカジャン姿の近江夏奈が、店内をぐるりと見回す。

目尻は緩いのに、肉食獣のような凄みがある。


いつもの“護衛モード”だ。



その姿に、店主の娘がぎょっとして奥へ引っ込む。

一琉は苦笑しながら手を振った。


「大丈夫ですよ。友達ですから」


「ちぇ、猛獣扱いかよって」


夏奈はレジ前まで歩み寄り、店の奥を一瞥した。


その視線が、さっきまで常連客が立っていた位置で止まる。



「……なあ、天凪」


「うん?」


「いま出てった人。……知り合い?」


「え? ああ、いつも来てくれる常連さんだよ。

無口だけど優しい人だと思うよ」


「……優しい、ねぇ」


夏奈は目を細め、腕を組む。

表情には、警戒と興味が半分ずつ混じっていた。


「あいつ守屋静だよ。二年で最強って噂の」


「……え?」


「確かにありゃ、アタシよりつえーかもな。

今まさに何人かヤッてきましたって気配だ。

どんなトレーニングしてんだろうな」



一琉の手が止まる。

トングの先が、トレーの上でカチリと音を立てた。


「前に、梨々花が言ってた……“音無し”の?」


「そう。その“音無し”。

…あんたの周りで、蜘蛛の巣会のパシリどもが急に姿見せなくなったの、知ってる?」


「……え?」


「アレ、もしかして——さ」


夏奈の声が低く落ちた。

一琉は曖昧な笑みを浮かべ、首をかしげる。


「……まさか。あの人、ただの常連さんだってば。

ちょっと恥ずかしがり屋さんなだけで、

よくパンたくさん買ってってくれるよ」



「……は?」


夏奈が絶句する。

数秒の沈黙ののち、目を見開いた。


「えぇ? あの“音無しの静”が、恥ずかしがり屋ぁ?

……あんたの前だと、そんな感じなの……?」


「うん? 変かな? いつもどおりだけど……」


あまりにも無邪気な顔で言うものだから、

夏奈は額を押さえてため息をついた。


「……世の中、理不尽だわ」



夏菜はチョココロネを買うと、

上がりにまた来るぜと言い残して出ていった。

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