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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第2章 静かに見守る影
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第19話 静かなる返り討ち

錆びたシャッターに、春の雨が静かに打ちつけていた。

風に混じって、湿った土と草の匂いが漂う。


割れた窓から灰色の光が差し、

しずくが赤錆を伝ってぽたり、ぽたりと落ちていく。



廃工場跡の一角、窓ガラスの抜けた事務室で、

数人の女が身を寄せ合っていた。

蜘蛛の巣会の下部構成員(パシリ)だ。


 

「どうすんのよ、あの坊……蜘蛛の巣会の名前だして楯突きやがった」


「ワカらせてやらないと、次はアタシらがアシダカにつぶされるよ」


「で、でも……あの子、ウチらのこと心配して——」

「じゃあどうすんのさ。

あんたがジョロウにワビでも入れてきてくれるわけ?」

「ぅ、それは……」


 

沈黙。


屋根を叩く雨音だけが、一定のリズムで響いている。

その中で、別の一人が舌なめずりするように笑った。


「てかさぁ、めっちゃ美形だったよな。

ワカらせてやるついでに——」

「パン屋から出てくるときに———」

「ちゃんと見張りも置いて……」


誰かの喉が、ごくりと鳴る。


 

そのときだった。


——すっ。


背後の暗がりを、風だけが通り抜けた気がした。


 

ひとりが喉元を打ちぬかれ、

掠れ声すらなく膝から崩れ落ちる。


別の女が腰骨の横を回し蹴りで打ち抜かれ、

濡れた壁に叩きつけられる。


 

「ンなっ、だれだ……!?」


 

声を上げるより早く、影は消えていた。

鉄骨の隙間をすり抜け、風のように。

次の標的へ——。


数瞬後——

その場には倒れ伏す女たちだけが残っていた。


◇ ◇ ◇


暗い照明の部屋。

壁には縄張り地図、机には帳簿。

窓の外では、春の雨がしとしとと降っている。



蜘蛛の巣会の幹部ふたり、

ジョロウとアシダカが向かい合っていた。



「ねぇ、集金額が減ってるわ。

またカンダがピーピー鳴き始めるわよ。

……どうなってるの?」

 

壁際で腕を組んでいた巨躯の女——

アシダカが、短く息を吐く。


 

「パシリどもが襲撃されてんだよ」


ジョロウは顔を上げ、眉を顰める。

「はぁ? どいつの仕業よ」

 

「わかんねぇんだ。」


「あぁ?」


「やられた奴らは全員、気づく間もなく意識刈られてる。

複数で固まってたやつらもだ。相当やべぇぞ」


 

ジョロウは舌打ちし、帳簿を閉じた。

その音が、外の雨音に混じって低く響いた。


「……市内の強い奴は刺激しないように言ってあったのに。

なにか手がかりは?」


「最初に狙われた奴を締め上げた。

“カノン”ってパン屋の店員に通報されたからワカらせようとしてたんだとよ。

ほら、これが写真」


「何よそれ。その男の子が忍者だったとでも言うわけ?」


 

写真を覗き込んだジョロウの口元が、ふっと緩む。


「……えっ、かわいい」

 

「んなわけない……はずだ。

だが、関係はしているだろうな。

……あと、かわいい」


 

ジョロウは頬杖をつきながら、妖艶に笑う。

雨脚が少し強くなり、天井を叩く音が近づいてくる。


「直接行くのはまずいわね。ハエトリに調べさせる。

どう関係してるか知らないけど……うまく絡め取れたら——うふふ」



ジョロウの口元が、毒蜘蛛のような笑みに歪む。

アシダカは肩を回し、壁にもたれ直した。


遠くで、また風が鳴ったような気がした。


◇ ◇ ◇


昼休み。


屋上へ上がる階段の踊り場で、梨々花が一琉の袖を引く。

最近は、夏奈と鷹津も含め、

四人で屋上で弁当を食べるのが日課になりつつある。


 

「ねぇ……最近さ、変な噂があるんだけど」


「変な噂?」


梨々花は声を落とし、目だけで笑う。


「“あんたの周りでコソコソ悪さしてた奴らが、

一瞬で仕留められてる”って」


「…………へっ?」

 

「“例の美男子転校生が影で処理してるらしい”って言う子もいたよ」



一琉は目を瞬かせた。

冗談めかす口調の奥に、探る光があった。

一琉は困ったように首を傾げる。


「前に、カツアゲ止めたでしょ?

 “蜘蛛の巣会”ってやつ」

 

「……うん」


「それっきり? 

追われてるとか、身の危険感じたりとか、ないの?」



一琉は少し考え込み、

肩をすくめる。


「うーん……別に。

鷹津さんとか、近江さんが最近やたら送ってくれたりはするけど」


「ふーん……」

(ナチュラルにてなづけてるなぁ)と、

梨々花は内心で頬を引きつらせる。



踊り場の窓からは、

校庭の風が差し込んでいた。

光の埃が、静かに舞っている。

 

「……一琉」

「?」


梨々花は真面目な顔になる。

「“あんたを守ってる何か”がいる。

そう思ったこと、ない?」


 

一琉は、返事をしようとして言葉に詰まった。

言葉を探すように、唇がわずかに動く。

 

「……なんとなく、誰かに見られてるような……ことは、あるかも」


「(やっぱり)」


 

梨々花はそれ以上、何も言わなかった。

けれど、何かを確信した目だった。


「ほら、行こ。お弁当、冷めちゃう」


軽く手を振り、彼女は階段を駆け上がっていく。


一琉は小さく息を吐き、その背を追った。



屋上の向こう側、塔屋の影。

その影に、ひとりの少女が潜んでいた。

守屋静だ。


 

膝を抱え、手帳を開く。

小さな声で、ほんの息ほどの音量で呟く。


「護衛対象、異常なし。

監視者・梨々花の動き、警戒度:中」


少しだけ、目を細める。


「……あの子、勘が鋭い。警戒しないと」


 

下では、一琉が弁当を頬張っている。

一琉が箸で卵焼きをつまみ、嬉しそうに頬張るのを見て、

静の表情が少しだけ緩んだ。

 

「……お弁当、食べてる。

手作り、いいなあ。

一琉クン……すてき」



彼女の瞳には——いつもと同じ、穏やかな光があった。

ただひとつ、“彼の周囲を荒らす存在”だけが、

その穏やかさの外にある。


 

風が吹き、制服の裾を揺らす。

静の影は、再び屋根の端に溶けていった。

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