第18話 はじめての寄り道
バイト終わり、雨上がりでもないのに、どこか洗われたような夜。
カノンの裏口から制服姿の一琉が出てくると、
通りに原付が止まっていた。
鷹津が足でスタンドを蹴り上げる。
「お、やっと出てきたわね。ほら、乗んな」
「え、今日は送ってくれるだけじゃないの?」
「バカ、せっかく夜空いてんのに直帰とかダサすぎでしょ。
ゲーセン寄ってくわよ」
一琉は苦笑して鷹津の後ろに乗る。
「……はいはい」
春の夜風が頬を撫で、
街のネオンが二人の頬を照らした。
◇
ゲーセンの自動ドアが開いた瞬間、
熱気とまぶしい光が一琉の頬を照らした。
電子音が交錯し、リズムゲームの拍が壁を揺らす。
鷹津は常連のように堂々と歩く。
一琉のカバンをひょいと預かり、
ロッカーに押し込んだ。
「カバン置いとくな。盗られんぞ」
「ありがとう」
プリクラ機の前で鷹津が不意に腕を引く。
「はい、記念」
「えっ!?」
気づけば、強引にシャッターが切られていた。
出来上がった写真には、二人の顔が仲良く並んでいる。
「やば、カノンの看板男子まじ映えるじゃん」
「……パン屋の宣伝に使えそう?」
「もうちょいノリ覚えなって!」
◇
音ゲーコーナーでは、
巨大なスクリーンの照明がリズムに合わせて瞬く。
鷹津がステップを踏むたび、観客のざわめきが膨らんだ。
一琉は隣のUFOキャッチャー、
他の客がプレイした際に爪の“遊び”を見極め一発でぬいぐるみを落とした。
鷹津が思わず口を開いた。
「えっ、天才?」
「掴む力は相当弱そうだったから…
タグの穴に通せれば関係ないかなって」
「……手先器用だな。どんな仕事してたらそんな動きになるんだよ」
「接客業、かな」
「ふーん……」
(絶対なんか裏があるやつ)と、鷹津は目だけで言った。
少し離れた筐体のガラスの向こう、
一琉たちの姿を、影がじっと見守っていた。
◇
少しの後、
トイレ横の休憩コーナーで、一琉たちに影が近づく。
周囲では、少し離れたメダルゲームの電子音が絶え間なく響いていた。
「あれあれ~転校生クンじゃないの~?」
「やっぱ超かわいいじゃん、お姉さんたちと遊ぼ~?」
髪を染めた不良が三人。
鷹津の空気が変わる。
「あ?……何気安く声かけてんだ、テメェら」
空気が一瞬で張り詰めた。
周囲の電子音が奇妙に遠く聞こえる。
「お、鷹津ちゃんじゃ~ん。
そういや近江にあっさり負けたんだっけ?」
ヘラヘラとした応答。
ドン、とメダルマシンが大当たり音を鳴らす。
明滅するライトが、鷹津の鋭い横顔を赤と青に染めた。
遠くの影が滑るように近づいてくる。
「……」
瞬間、鷹津の手が閃いた。
手首を捻り上げ、膝裏を刈り、壁へ押し付ける。
――三人が同時に息を呑む。
「あーしが負けたのは近江だけだ。
お前らごときが図に乗んなや」
「ヒッ……!」
不良たちは散り、店内の音が何事もなかったように戻る。
メダルがまたざらついた音を立てて流れ落ちた。
近づいていた影はスッと消えた。
一琉は苦笑しながら言う。
「……やっぱり、強いね」
「まあね。護衛だし、これくらいはやるっての」
照れ隠しのように笑い、再び音ゲーに戻っていった。
◇
帰り道。
原付で冷えてきた夜風を切りながら、
鷹津が声を張った。
「アンタ毎日バイトしてるけどさあ、そんなに生活大変なわけ?」
「……そこまでではないかな。
僕がやりたくてやってるだけだよ」
「ふーん…
あーしみたいなバカにはわかんない考えがあるんだろうけどさあ、
もうちょっと肩の力抜いてもいいんじゃねぇのって思うわけ。
学校でもバ先でも完璧だと、疲れるっしょ」
「……それで今日は連れてきてくれたんだね。
来たことなかったんだ、楽しかったよ」
「まじ? あんた、どこで育ったのよ」
「……少し、遠い場所で」
鷹津は小さく笑った。
「ま、少しはストレス発散になったっしょ」
「……うん、ありがとう」
「お礼は今度またゲーセンね」
「ええ……」
春の空は透き通るように高く、
星々が冷たい光を投げていた。
夜の街に、二人の笑い声が風に溶けていった。




