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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第2章 静かに見守る影
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第17話 つぶれかけのパン屋

放課後の通学路。


制服を少し緩めた一琉の横で、

近江夏菜がスカジャンの裾を揺らしながら歩いていた。



視線は会話より先に周囲を掃く。

電柱の影、路地の口、背後の足音。


「……あんた一人だと何されるかわかんないからね。守ってやってんの」


一琉は苦笑した。

夏菜の言葉には冗談のようでいて、本気の響きが混ざっている。


「ありがと。頼りにしてる」


「……へ、変な言い方すんなよ」


ぷいっと顔をそむける夏菜。

照れているのを隠すように、ポケットに手を突っ込んだ。



「そういえばさ、アンタどんな経緯で“カノン”で働きだしたのよ? 

前から気になってたんだけど」


一琉は歩みを少し緩め、前方の商店街を見つめた。

夕方のパン屋の灯りが遠くにぼんやりと見える。


「うーん……回想(はな)すと長くなるけど、いい?」


「いーよ。暇だし」


一琉は軽く息をつき、

少し前の記憶をたぐり寄せた。



カルトからの逃亡を果たした直後。

保護制度によって、この街に一人で住み始めたばかりの頃。


支援費で生きることはできた。

でも、“ただ生き延びる”だけでは満たされなかった。


自分で稼いで、誰かに必要とされたい。

そう思っていた。



その日、一琉は商店街を歩きながら働ける場所を探していた。

そして、駅から離れた商店街の小さな店——

「カノン」が目に留まる。


夕方だというのに、ショーケースはパンでいっぱい。

客の姿はなく、看板の塗装も剥げかけていた。

なのに、買って食べたメロンパンは、やさしくて温かかった。


「……潰れかけ。だけど、味は本物。

……狙いどころだ」


彼は無意識に口にしていた。

冷静な観察眼が、直感的にチャンスを見抜いていた。



翌日。

放課後の時間帯、一琉は再び「カノン」のドアを開けた。

中年の女性店主がカウンターの奥でレジを締めていた。


「中学生が働きたい?

無理に決まってるでしょ」


「じゃあ、雇わなくてもいいです。

しばらく、無償で手伝わせてください。

その代わり、売上が伸びたら、ちゃんとお給料ください」



店主は呆れ顔でため息をついた。

けれど、その目にわずかな興味が宿る。


「厨房はダメよ。危ないから。……表の接客だけね」


「ありがとうございます」



その日、一琉は初めてレジ前に立った。

制服姿の中学生男子が、

真っすぐな笑顔で「いらっしゃいませ」と言う。


——それだけで、店の空気が変わった。


女性客の視線が縫い寄るように集まる。

「うそ、男子?」「え、あの子かわいくない?」「この店にあんな子いた?」


SNSに投稿する客まで現れ、夕方の売り上げはわずかに伸びた。

店主の目が変わる。



「……キミ、ほんとに中学生なの?」


「はい。でも“それなり”の接客経験は、ありますから」


店主は眉を寄せて、そっと呟く。

「(深くは聞かないほうがいいやつだな……これ)」


こうして、一琉は正式に“看板男子”として雇われることになった。



数週間後。


一琉は店の「見え方」を変えた。

視線を誘導するPOP、色の置き方、トレーの高さ。


焼きたてパンの試食を提案し、

SNSを立ち上げ、夕方限定メニューを考案。


制服姿の“ちょっと大人びた男子”が元気に接客する店。

噂はやがて商店街の外にも届いた。

女性客の流入が一気に増えた。



「……ほんと、何者なのよ。あんた」


店主がこぼした言葉に、一琉は穏やかに笑う。


「ただの中学生ですよ。

でも、ちゃんと必要とされる場所にいたいんです」



カルト関係の事情はぼかし、

話を終えるころ、二人はパン屋の前に着いていた。

ショーウィンドウには、焼き立ての光沢を帯びたクロワッサンが並ぶ。


「へぇぇ……。なんていうか、

アンタほんとに中学生?」


「生年月日はごまかしてないよ」


「そーいう意味じゃねぇ」

夏菜が半笑いで言うと、一琉は苦笑いした。


「でも、かっけぇと思うぜ、そういうとこ」



軽口のまま、二人は店へ。

夕方の喧噪と、焼きたての芳香が迎えてくれる。


向かいの屋上では、影がいつもの位置についていた。

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