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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第6章 血祓戯流、夜を越えて
111/111

第111話 締め落とす世界

 沙夜の足は、まだ修羅鬼の片足に絡みついたままだった。


 Xガード――ブラジリアン柔術(BJJ)、攻防一体の形。

 足で相手の片足を抱え込み、腰を押し上げてバランスを奪う、寝技の“関所”。



「離せって言ってんだろうが!」

 綾羅が、拘束された左手を振りほどこうとする。

 沙夜は腕を引きつけたまま、足の甲で腰を押し上げる。


 綾羅の重心が後ろへ傾く。

 ぐらついた瞬間、反対側の足が大きく開かれた。

 倒れまいとして、無意識に広げた一歩。

 それで、さらに体勢が不自然になる。



(……これが、組まれた側の“焦り”か)

 血祓戯流の道場で、グラップル担当の門下生に何度も聞かされた話。

『打撃でいくら圧倒しててもな、組まれて対策知らなきゃ終わりだ。

 足を取られ、手を取られ、形を変えられて——気付いたら動けねえ』


 今、その台詞をなぞるように、状況が進んでいる。

 綾羅には、まだ“自由な手”が一本残っている。

 本来なら、それだけで致命的な差だ。


 自由な手で殴れる。

 ナイフでも持ってれば、そのまま刺せる。



 ——だが。

(アンタ、武器は使わない)

 沙夜は、ここまでの殴り合いでそれを確かめていた。


 腰にナイフの膨らみはない。

 チェーンも、棍も持っていない。

 夜猫衆の下っ端は鉄パイプやチェーンを握っているのに、

 修羅鬼だけは、素手。


 それは、ただの美学ではなかった。


 コメント欄の盛り上がり。

 絶対最強の修羅鬼が指揮を執るから成り立っている、

 軍隊フォーメーションでのリンチ配信(危ういブランド)


 宵星が作った暗夜會の看板商品。

 その最前線の看板である修羅鬼が、武器で一人を嬲れば――

 一瞬でイメージは崩壊する。


 配信画面の向こうに、縛られている。

 だから今、手打ちの拳で殴るしかない。



「調子に――」

 振りかぶる。

 先ほどよりも低い軌道で、顔面を狙ってくる。


 沙夜は右膝を曲げ、肩をひねった。

 顔を外に逃がし、拳を頬のすぐ横でやり過ごす。

 拳が宙を切る。


 バランスを崩しかけた綾羅の右手が、思わず床を探った。

 コンクリに、指先が触れる。

 その一瞬。



(――今だ)

 沙夜は、絡めていた足の一本を外した。

 腰をぐるりと回す。

 綾羅の腕を引き込みながら、解いた足を高く振り上げる。

 太腿の裏で、相手の首の後ろを叩くように引っかけた。


「ッ!?」

 視界の端で、綾羅の面頬がわずかに揺れる。

 もう片方の足を、今度は反対側の肩の上に回す。

 両足を、綾羅の首と右腕ごと挟み込む形でクロスさせる。

 右足のかかとを、左膝の裏に引っかける。

 両足で首を挟む三角形が出来上がった。


 三角締め。

 ——Xガードから、形が一つ“変わる”。



「っぐ――!」

 綾羅の声が、低く漏れた。

 右腕は、掴まれたまま。

 首の横で伸びているその腕ごと、頸動脈が両側から圧迫される。


 圧力に抗うように、自由な右手が太腿を叩く。

 だが、沙夜は足首のロックを緩めない。

 腰を浮かせ、さらに締め上げる。


(ここから先は、スピード勝負)

 握っていた左手首を、肩のほうへ少し押し上げる。

 腕の位置がずれることで、さらに絞めが深くなる。


 綾羅の顔が、面頬の奥でわずかに上を向いた。

 喉から、呼気とも唸りともつかない音が漏れる。

 踏ん張っていた右足が、じりじりと滑った。



 そこへ――再び、沙夜は腰をひねる。

 足の力で、綾羅の体を横へ崩す。

 床に手をついていた右手が、支えきれずに流れる。

 そのまま、綾羅の体が横倒しになる。


 Xガードで持ち上げられた状態から、

 三角締めに巻き込まれたまま、床へ倒される。


 視点が変わる(スイープ)


 さっきまで見下ろしていた相手に、今度は見下ろされる形。

 仰向けだった沙夜の体が、回転の勢いで上を取る。


 上体を起こし、三角を組んだまま前に倒れ込む。

 自分の腹と太腿で、さらに首を圧迫する。



「が――ッ」

 修羅鬼の指先が、床を掻いた。

 自由な右手が、沙夜の腰を押そうとして空を切る。

 力が入らない。


 組技の恐ろしさは、

 この「じわじわと状況が悪くなる」感覚にある。


 打撃なら、一発で世界が反転することもある。

 だが寝技は、気付けば選択肢が一つずつ消えていく。

 足を取られ、手を取られ、

 体勢をスイープされ、視界の上下が入れ替わる。


 そのたびに、挽回の余地が削られていく。


 最後に残るのは――タップするか、落ちるか。

 ——この戦場に降参タップは無い。



「沙夜ぁぁぁッ!」

 遠くで夏菜の声が上がる。

 同時に、鉄パイプが空を裂く音。


 飛び込もうとした暗猫衆の一人を、薫子のヨーヨーが足元からすくい上げた。

 煙のラッシュが、もう一人を壁に叩きつける。


 誰一人、沙夜の上には近づかせない。

 その包囲の真ん中で、沙夜は歯を食いしばった。



(あーし一人じゃ、この技は撃てない。

 でも“凪嵐十字軍”としてなら——)


 血祓戯流が「囲まれたら終わり」として切り捨てた組技を、

 あえて乱戦の中心で選び取る。


 配信の場で、武器攻撃に理外の締め技。

 今後、不良としての評判がどうなるのか。

 ——でも、仲間のために強さが要るのなら。



「……寝てろよ、修羅鬼」

 足にさらに力を込める。

 綾羅の手が、一度だけ大きく震えた。

 その指先から、力が抜けていく。


 配信画面のコメントが、一斉に弾けた。

《何あれどうなってるの》

《後ろ三角!マジで極まってるよなあれ!?》

《おいおいおい嘘だろ、修羅鬼が――》


 夜の立体駐車場に、

 重い体が沈む音だけが、やけに静かに響いた。

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