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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第6章 血祓戯流、夜を越えて
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第110話 理外の一手

 遠くで夏菜の飛び蹴りが誰かを吹き飛ばし、

 別の階では薫子のヨーヨーが手すりに巻き付き、兵隊ごと引き倒す。



 その外側、まだ何もないコンクリの上で、沙夜と修羅鬼が向かい合う。

 立体駐車場の床に散ったガラス片が、白く光っていた。


 息が白くなりそうな冬の夜。

 沙夜の肩が大きく上下する。

 疲弊の度合いは歴然だった。



「——そろそろ終わらせるか」

 面頬の奥から、綾羅の声が落ちる。


 左足が一歩、静かに滑る。

 ジャブが飛んでくる。

 沙夜は右手で外に払う。

 すぐさま右のストレート、続けてローキック。


 ストレートは両腕でブロック。

 ローは逃げ切れず、太腿の外側に直撃した。



「っ……!」

 脚が一瞬、沈む。

 床が近くなる感覚。


(立ち止まったら、そこでもう詰む)

 無理やり足を前に出し、回り込む。

 コンクリに打ちつけられた靴底の音が、やけに派手に響いた。


「小細工も、もうネタ切れだろ」

 綾羅の声に、嘲りが混じる。

「瓶は撒いた。帽子もバレた。金属棒も見えた。

 ……残りは、砕けるだけの拳か?」


「そいつを砕けるもんなら、やってみな」

 沙夜は、唇の横についた血を親指で拭った。



 あのガラス片の“地雷原”は、まだ有効だ。

 綾羅は、そこには決して踏み込まない。

 無意識のうちに、投げやスラムの選択肢を外している。


(――グラウンドを捨てさせた。

 後は、あーしがそこに飛び込む番)


 自分で張った罠に、自分から落ちる。

 正気の戦い方じゃない。

 だからこそ、“異名”の側に近づける。

 沙夜は、深く息を吸い込んだ。



「……行くぞ、修羅鬼」

「ち、いつまでもイキってんじゃねえぞ」


 綾羅の足元が、再び動く。

 今度はストレートではなく、ローから。

 外側から内側へ、斜めにすくい上げるようなローキック。

 さっきよりも速い。


 沙夜は、太腿で受ける。

 痛みで顔が歪む。

 だが、左足はまだ動く。


 その左足で床を蹴った。

 中段――ミドルキック。

 右足が弧を描き、綾羅のボディ目がけて飛ぶ。


 綾羅は両肘を閉じ、前腕でミドルを受け止めた。

 バチンと乾いた音。

 受けた瞬間、前に出る。

 カウンターの右ストレートが伸びる。


 沙夜は、足を振り抜いた勢いを殺さず、すぐに着地。

 右足に体重を戻すと同時に、腰を落とした。

 しゃがみ込む動きから足を払う。

 ——ミドルキックからの水面蹴り。

 ホークスイープと呼ばれる連携が放たれた。



「安い連携だ」

 綾羅は、ローを受けた足をわずかに引く。

 足先が空を切り、蹴りは空振り。


「その程度じゃ、倒れねえんだよ」

 がらあきになった頭上へ、綾羅の影がかぶさってくる。

 しゃがんだ沙夜を見下ろす位置から、打ち下ろしの右。



 それを待っていた。



(――今)

 沙夜は、完全に腰を落とした。

 そのまま背中から転がり、仰向けに倒れる。


 両足が、綾羅の足の間へ滑り込む。

 片方の足を外側から絡め、もう片方の足を内側に差し入れ、ふくらはぎをクロスさせて挟み込む。

 右手と右肩で、綾羅の足首を担ぐようにつかむ。

 左手は、ガードを構える。


 足の甲で相手の腰を押し上げるように——

 沙夜の両足が、双対の蛇のように綾羅の股下に絡みついた。


 ——(エックス)・ガード

 ブラジリアン柔術(BJJ)の基本にして強固なガード・スタンスが出来上がっていた。



「は?」

 綾羅の声が漏れる。

 見下ろしていたはずの相手が、足元に潜り込んでいる。

 自分の片足を、二本の足で抱え込まれている。


《え?ナニコレ》

《足に絡みついてね?》

《これ柔術じゃね?喧嘩でやるか普通》

 コメント欄が、一気にざわついた。


 立体駐車場の片隅。

 画面越しの視線まで含め、全員の意識がそこに収束する。



「……これが隠し玉ってか?」

 綾羅は、足を振りほどこうとする。

 だが、沙夜の足はがっちりと絡みついて離れない。


 腰を押し上げられ、わずかにバランスを崩す。

 とっさに、反対側の足を広げて踏ん張った。


「ッ寝技ごっこなんざ――」

 拳を固める。

 高く振りかぶる。

「――上から殴れば終わりだろうが!」


 振り下ろしの左。

 肩はあまり回っていない。いわゆる“手打ち”。

 それでも——痛い。


 沙夜は、顔を右にずらす。

 頬の端を拳がかすめ、コンクリに叩きつけられた。


「っ……!」

 視界が揺れる。

 頬に、熱が走る。


 二発目が来る。

 今度はパウンド気味の拳。

 左腕でガードするが、前腕ごと頭が弾かれた。



「寝技はよォ!」

 綾羅が、吐き捨てるように叫ぶ。

 息が乱れながら、それでも打ち続ける。

「殴られたくねえから転がってる腰抜けの発想だろうがッ!」


 焦りにも見える乱打。

 拳だこで固くなった拳が、骨ごしでも響いてくる。

 この状況が危険だということを、

 修羅鬼は本能的に理解していた。


 三発目。

 今度は真正面から。


 沙夜は、頬で受けた。

 歯の奥がしびれる。

 だが、その瞬間――



(——そこ)

 沙夜の左手が、その手首をつかんだ。

 骨の出っ張りに指を引っかけ、そのままぎゅっと握り込む。


 足はまだ、相手の片足を挟み込んだまま。

 上から殴りつけようとした腕が、一本、拘束される。


「……寝技ごっこ、ね」

 仰向けのまま、沙夜は薄く笑った。

「“引きずり落とす”って、こういうことだろ」



 血祓戯流に戻って、最初に叩き込まれたことを思い出す。

 ――素手の路上で組みつかれたら終い。

 だからこそ、グラップラーは一番危険。

 ——路上で倒れれば踏みつけられて終い。

 だからこそ、誰も“自分から”寝転がらない。


 その常識ごと、逆さにする。


 ——ブラジリアン柔術(BJJ)

 路上《何でもあり》には向かない寝技の流派。

(本当に“生き残り”を考えたら、真っ先に切り捨てる選択肢。

 ……でも、タイマンなら、これほど強欲な技もない)



 問題は――今がタイマンじゃないことだ。

 周囲には、まだ暗猫衆の兵隊が大勢いる。

 ここで仰向けになっている自分には、踏みつけひとつで終わらせられる隙がある。

 そこを、あえて晒す。


(夏菜、煙、薫子さん……)

 背中側から聞こえる、蹴りと殴り合いの音。

 タイルを擦る靴の音。

 その一つ一つに、命を預ける。

(誰か一人でも抜かれたら、あーしは踏まれて終わり。

 ——それでも、賭ける)


 異名持ちと、ただの強い女の違い。

 その線引きは、どこか。

 血祓戯の流派には答えがなかった。

 だから沙夜は、自分で見つけるしかない。



(——ここが、勝負所タイミングだ)


「……なぁ、修羅鬼」

 右足で、綾羅の腰をぐい、と押し上げる。

 左足で膝裏をすくうように引き寄せる。

 体重が、さらに片足に偏る。

 バランスが、ほんの少し前へ崩れた。

 怒鳴り声。

「ふざけんな、離せッ!」 


「ここから先は――」

 拘束した腕を、さらに引き込む。

 上体が、自分の腹の上に被さってくる。

「――“殴れば終わり”じゃ、済まねぇ世界だ」



 乱戦の最中、ありえない選択肢。

 格上を引きずり落とすための、理外の一手。

 ホークスイープからのⅩガード。


 ブラジリアン柔術という“異物”が、

 この夜、血祓戯の名の下で牙を剥き始めていた。

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