第107話 決戦配信のシナリオ
翌日、放課後のファミレス。
窓の外は、冬の夕暮れで早くも薄暗い。
テーブルにはホットドリンクと、ノートとスマホが並ぶ。
「……来ましたわね」
薫子が、自分のスマホをテーブル中央に置いた。
画面には、裏配信サイトのサムネイル。
【緊急生配信】夜猫衆 vs 凪嵐十字軍 ――番格狩り・最終決戦
「タイトル盛りすぎだろ……」
沙夜が眉をひそめる。
「向こうも引っ込みがつかなくなったってことだよ」
一琉が、画面をスワイプして詳細を読む。
「六日後の夜。場所は港湾地区の立体駐車場。
“観客歓迎”で、リアルもオンラインもガッツリ集める気だね」
「軍隊ごっこするには、ぴったりの舞台ってか」
煙がストローをくわえたまま、ぼそりと呟く。
「こっちが昨日、あれだけ派手にジャックしたもんなぁ。
やられっぱなしじゃ、暗夜會のメンツが立たねぇだろ」
夏菜は椅子の背にもたれ、足を組む。
「逃げたら“暗夜會ビビってバックレ”って一生言われるわけだ」
「わたくしたちも、逃げる選択肢はナシですわ」
薫子がカップを持ち上げ、にっこり笑った。
「むしろ、向こうから舞台とカメラと観客を用意してくれたと思えば……
これ以上ない興行条件」
「命がけのケンカを興行って言うのやめてくれない?」
梨々花がツッコみながらも、すでにノートを開いている。
「で、作戦は昨日話してた通りで行く?」
「うん。改めて整理しよう」
一琉は自分のノートに描いた簡単な図を皆に見せた。
「前に出るのは四人。
夏奈、沙夜、煙、薫子さん」
一人ずつ指で示していく。
「静は?」
「僕の側」
静かに言う前に、隣の静が小さく手を挙げた。
「……一琉クンを守る」
「うん。そういうこと」
一琉は苦笑しつつ頷く。
「向こうは“ヘッドをぶっ潰す絵”も欲しがってる。
だからこそ、前線に出ないっていうのも、逆に効いてくると思うんだ。
“頭脳は最後まで残る”っていうイメージでね」
「ま、一琉が出ない状況で静が前線に出るなんて思ってないわ」
沙夜が肩をすくめる。
「アンタが後ろで全体見てくれるなら、
前は暴れるだけ暴れるわ」
「その“暴れ方”を、もう少し品良くまとめるのがわたくしのお仕事ですわね」
薫子が扇子をひらりとあおぐ。
「作戦はシンプルなものですわ。
わたくしたちが雑魚を蹴散らす。
その隙に沙夜さんが修羅鬼本人を引きずり出し、タイマンで仕留める」
「……言うは易し、だな」
沙夜は図の「×」印――修羅鬼の位置に丸をつけた。
「相手は最初から“軍命魔流フル動員”で来る。
タイマンの時間なんて、長くても数分保てればいい方だ」
「だからこそ、“短期決戦”ですわ」
薫子が沙夜を見る。
「血祓戯流で積んだ、“とっておき”を見せる時ではなくて?」
その言葉に、沙夜の喉がひくりと動いた。
床の感触。重心が崩れていく相手の体。
首筋にかかった腕の感触。
「……まあ、多少はね」
わざとそっけなく答える。
「でも、アレはタイマンが大前提の技。
誰もカバーしてくんない状況じゃ、絶対に使えない」
「だからあたしたちが、周りを剥がすんだろ」
夏菜が笑う。
「修羅鬼の周りに、一人たりとも近づけねぇラインを作る。
——そっちのケツは、アタシが持つ」
「……頼りにしてるわ」
本音が零れる。
沙夜はすぐに視線を逸らし、代わりにストローの氷を噛んだ。
「装備品は?」
一琉が、今度は沙夜を見る。
「持ってくる、って聞いたけど」
「上等に」
沙夜は膝の上の帽子を持ち上げた。
つばの内側には、薄い金属板が縫い込まれている。
「顔面に振り抜けば、視界潰しには十分。
他にも――」
ジャラ、とズボンのベルトループからぶら下がったキーリングを持ち上げる。
ただの鍵束に見えるが、中央の一本だけが妙に太く、握ると手の中に収まる棒状の形だ。
「クボタン。骨の上を叩けば、どんな奴でも嫌な顔する」
さらに、足元のトートバッグから、ラベルのない透明な瓶を見せる。
「特殊なガラスで、割れても鋭い破片にならない。
ぶつけて割って、床を濡らすだけ。
――“グラウンドは無い”って印象を植え付ける」
説明しながら、沙夜は帽子とキーリング、瓶をそれぞれ定位置に戻した。
帽子は頭に。
キーリングはベルトに。
瓶はパーカーの内ポケット。
「全部、血祓戯の“裏伝”ってやつだ」
「配信されてる場でそれ使おうってんだから、
あんたも大概イカれてるわよねえ」
梨々花がため息交じりに笑った。
「凪嵐十字軍《イカれた武闘派》の中じゃ、そういう奴もいるだろうな、
って受け入れられそうな評判が怖えんだよな」
沙夜は皮肉気に笑うと目を光らせた。
「なんにせよ、使えるもんは何でも使って戦場に引き込む。
——そこから先は、自分の流儀でつなぐ」
「配信の方は?」
煙が尋ねる。
「向こうの配信は当然続く。
でも、こっちも同時に別ルートで配信する」
一琉が梨々花に目配せした。
「梨々花、機材はお願いできる?」
「任せときなさい。
ドローンも使って画角もバッチリ。
コメント欄ごと乗っ取ってやるわよ」
梨々花がニヤリと笑う。
「向こうが映したくない場面も、こっちで全部拾うから。
卑怯上等、こっちの物語で上書きしてやる」
「……物語、か」
沙夜は、ふと拳を見下ろした。
暗夜會の物語。
血祓戯流の物語。
そして、凪嵐十字軍の物語。
その交差点で、自分は何を残せるのか。
「……わたくし達と、
沙夜さんの翼が夜を越えられるのか」
薫子が、楽しげにカップを傾ける。
「六日後——楽しみですわね」
◇ ◇ ◇
六日後の夜。
港湾地区の立体駐車場は、異様な熱気に包まれていた。
何層にも重なったコンクリートの床。
その一角に、夜猫衆が組み上げた簡易ステージと照明、カメラ群。
観客も、ちらほら。
不良、高校生、野次馬。
スマホの光が、星のように揺れている。
「来てるね、視聴者」
駐車場近くのビル屋上で、一琉はタブレットを見つめた。
横には静。
足元には、こっち側の小型カメラとバッテリー。
「同接、もう五桁いってる」
「……多い?」
「多いよ。
でも、全部証人ってことだからね」
一琉は息を整えた。
「――そっちも、そろそろだ」
インカム越しに、夏菜たちへ声を送る。
下の階。
駐車場入口近くの影で、四人が並んでいた。
「時間だぜ」
夏菜が首を回し、肩をほぐす。
両手を軽く振りながら、一歩前へ。
「派手にやる」
煙はゆっくりと拳を握り、開く。
呼吸に合わせて肩が上下する。
「おほほ、わたくしも衣装選びに気合いを入れてきましたのよ」
薫子は、動きやすいパンツスタイルにジャケット。
しかし首元と手首には、さりげなく“血祓戯流”由来のリングとアクセサリーが光っていた。
「……あー、胃が痛い」
沙夜はぼやきながらも、キャップのつばを指で弾いた。
金属の硬い感触が、指先に伝わる。
ポケットの中では、瓶の冷たさとキーリングの重み。
それを一つひとつ確かめるように握りしめてから、手を離した。
「それじゃ――行くか」
誰にともなく呟き、四人は駐車場のスロープを登っていった。
階を上がるごとに、喧騒が近づく。
笑い声、怒号、マフラー音。
そして——
「よく来たな、凪嵐十字軍」
最上階手前。
照明に照らされたフロア中央。
面頬で口元を隠し、拳には分厚い拳だこ。
修羅鬼・嶋岡綾羅。
その背後には、整然と並ぶ夜猫衆の列。
三人一組で間隔を空け、軍隊のように整列している。
「歓迎ムードって感じじゃねぇな」
夏菜が前に出る。
「歓迎してやってるさ」
修羅鬼は顔の下半分を覆う面頬を指で叩いた。
「こないだの乱入のおかげで、視聴者は倍増。
“決戦配信”の看板までつけられたんだからな」
「こっちも、タダで帰る気はないけどな」
沙夜が一歩進み出る。
「三中の時は、よくも好き放題してくれたわね」
「ああ?」
修羅鬼が、わざとらしく沙夜を見た。
「……誰かと思えば。
あの時、片手であしらわれた雑魚か」
「あーあー、覚えてるよ」
沙夜は笑った。
「学校襲わせた挙句、何もできずに逃げてった修羅鬼様」
背中越しに、夏菜たちが気配を立てる。
「今日は違う。
アンタが前出ろよ」
沙夜は顎で、夜猫衆の列を指した。
「引っ込んでようが関係ねぇ。
アンタを、あーしの“流儀”で落とす」
その宣言に、観客のざわめきが一気に高まる。
《あの女、前の配信で修羅鬼に挑んでたやつだ》
《乱戦だろ? 都合よくタイマンなんかなるの?》
コメントが流れ続ける中、修羅鬼は肩を震わせ――笑った。
「いいねぇ。
そういう口をきく女は、嫌いじゃない」
ゆっくりと前に歩き出す。
夜猫衆の列が左右に割れ、通路ができた。
その先端で、修羅鬼と沙夜が真正面から向き合う。
「――ただし」
修羅鬼は、沙夜の足元から後ろの三人へと視線を滑らせた。
「うちの軍隊を全部止め切れたらな」
背後で、夜猫衆が一斉に構えを取る。
肩幅に足を開き、拳を上げ、視線を揃える。
「数は、こっちの武器だ。
その上でタイマンがしたいって言うなら
——見せてもらおうじゃねえか、“血祓戯流”」
「上等」
夏菜がニヤリと笑った。
「隊列だかなんだか知らねぇけど——
まとめてバラバラにしてやるよ」
煙が一歩踏み出し、拳を握る。
「では——開演と参りましょうか」
薫子がヨーヨーを放り上げる。
深紅の円が灯りを弾き、くるりと回って彼女の手に戻った。
上空で、その様子を見ていた一琉は、息を止める。
「——配信、開始」
静かな声が、二つのカメラと、二つの物語を同時に走らせた。




