第105話 危険配信ジャック② “雑魚”の宣戦布告
夜猫衆の三人組が、同時に一歩踏み出した。
一人が距離を詰めてジャブを連打、もう一人が斜めからローのフェイント、最後の一人が回り込んで横合いからのタックル狙い。
「——上等」
夏菜が一歩前に出た。
ジャブ一発目を、左手で外に払う。
二発目は首を小さく引き、頬の前をギリギリで通す。
三発目が来る瞬間、夏菜は右足をわずかに外へ踏み出した。
「せいっ!」
前のめりになった相手の前足、スネの外側を低いローで払う。
自分の体重を全部乗せるように。
「っ……!」
バランスを崩し、女が前に落ちかける。
その肩を、夏菜は左手で掴んだ。引き寄せる。
「イミナ!」
「言われなくても!」
背後から回り込んでいたイミナが、間合いを一歩で詰める。
右足を引いて腰を捻り、みぞおちめがけてストレートを叩き込んだ。
拳が腹にめり込み、空気が抜ける音がした。
夏菜はそのまま、掴んだ肩を横に放り投げる。
倒れた女が、ローを構えていた別の一人の足元に転がり込んだ。
「な——!」
ローの女が体勢を崩した瞬間。
イミナが踏み込む。
回転しながら、かかとでこめかみを狙うハイキック。
ガードが間に合わず、女の頭が派手に揺れた。
後ろから拘束役が飛びつこうとする。
「させねぇっての」
夏菜は振り返らず、後ろ向きに飛んだ。
飛び蹴りの要領で、相手の体が吹き飛ぶ。
夏菜とイミナの動きが、自然に噛み合っていた。
「……チッ、番格級二人は伊達じゃねぇな」
外側で様子を見ていた別の組が、フォーメーションを変える。
さっきまで三人一組だったのが、今度は五人が半円を描いて近づいてくる。
そのとき——。
「——行くぞ」
鷹津がフェンスを蹴り越える。
ほとんど同時に、煙も鉄柵を飛び越えた。
二人が着地した瞬間、夜猫衆の視線が一斉に揃う。
「……クソがっ」
一番近くの女が、苛立ったように踏み込んだ。
右ストレートを大ぶりに振るう。
煙は、その拳の外側に頭を滑らせた。頬の横を拳が通り過ぎる。
同時に、腰を落とし、頭を女の胸の下に潜らせるように突き入れる。
両手は女の腰を抱え込む。
そのまま立ち上がった。
「——おらあッ!」
背中を反らせず、その場で真上に持ち上げる。肩より少し高い位置で止める。
女の足が地面から離れた。
次の瞬間、煙は片膝を前に出す。持ち上げた体を、その膝の上に落とし込んだ。
背骨にダイレクトに膝が刺さる形。
「ぎゃっ——!」
女の身体が反り返り、そのまま横に転がった。
「ひとり」
煙は淡々と数を数える。
別の二人が同時に駆け寄ってくる。
片方はミドルキック、もう片方はタックルの姿勢だ。
タックル役が低く構え、一気に距離を詰める。
煙は、前足を半歩引いた。
タックルの頭が、自分の腰の横を通り過ぎる位置に誘導する。
その瞬間、タックル役の首の後ろに左手を回し、押さえつけた。
右足を後ろに大きく引き、腰を捻る。
「おらっ!」
首を抑えたまま、体重ごと地面に叩きつける。
——スナップダウン。
顔面から土に突っ込んだ相手の後頭部に、追い打ちの蹴りは入れない。
ただ背中を踏みつけ、動きが止まるのを確認する。
「ふたり」
ミドルを狙っていた女が、距離を詰められずに止まっていた。
明らかに警戒心が変わっている。
「まあ、そろそろ狂犬なんて言えないくらいの技前ですわね」
薫子は優雅にヨーヨーの糸を伸ばした。
そこへ、わずかに遅れて鷹津が走り込んだ。
ミドルのフォームで腰を捻り——最後で軌道を変える。
蹴り足を低く落とし、相手の足首をスイープ。
「ぐっ!? うわっ——」
支えを払われた女が、背中から転がる。
鷹津はすぐさま距離を取った。
別の女に、今度はショートアッパー。
近距離で、拳を小さく縦に突き上げる。
(…よし、調子は上々だ。——やってやる)
後ろでは、梨々花がマイク代わりのスマホを握りしめ、配信コメントを煽っていた。
《なんだあの女ども!?》
《雷門と凪嵐の連合?》
《配信ジャックきたあああ》
《あれ凪嵐って噂の?》
コメント欄が一気に騒がしくなる。
別の方角では、三人組が夏菜とイミナに殺到しようとしていた。
すぐうしろに援護の二人組まで構える。
それぞれが違う角度から踏み込む。
正面からパンチ、横からロー、斜め後ろからタックル。
「同時攻撃ってわけかよ」
夏菜は舌打ちしつつ、一番早いタックル役を見極めた。
「行くぜ!イミナ!」
タックルの肩が、自分の腰の位置に来る瞬間。
夏菜は足を揃えるように跳んだ。
タックルの背中を、両足で踏み台にする。
そのまま前方に飛び越える形で、空中で体を丸める。
前にいた“パンチ役”の頭上を飛び越え、その背後に着地する。
着地と同時に、後頭部めがけてミドルキックを振り抜く。
踵で首の根元を叩くように。
パンチ役が崩れる。
すでにイミナはロー役の踏み出した前足を、
低いインローで蹴っていた。
バランスを崩した相手の肩を掴み、腰を落として投げる。
シンプルな大腰投げ。
そこに夏奈が踏み台にしたタックル役が突っ込んでいき、
三人まとめて転がった。
一瞬の出来事。
「三人、あがり」
イミナが肩で息をしながら笑う。
「…っ」
その背後から、残りの二人組が及び腰になった瞬間——。
足元で何かがピタリと止まった。
深紅の球体。ヨーヨーが、地面のすぐ上でくるくると回転していた。
「足元、お気をつけあそばせ?」
薫子の声と同時に、糸がキュッと引かれる。
ウォーキング・ドッグからヨーヨーが急制動。
——ドッグ・バイト
相手の足首に糸が絡み、そのまま前方へと引き倒した。
「ぎゃっ!」
その時には薫子の飛び蹴りが残りの一人に突き刺さっていた。
「おほほ、わたくしの舞台にしては少々下品ですわね」
薫子は笑いながら、ヨーヨーを手の中に収めた。
「——でもまぁ、前座には丁度よろしいかしら」
その言葉と同時に。
グラウンドの奥の暗闇から、重い足音が近づいてきた。
ぎし、ぎし、と金属の鳴る音が混じる。
迷彩パーカーたちの視線が、一斉にそちらへ向く。
投光器の光の輪に、一人の女が入ってきた。
軍用風の防刃ベスト。前腕には簡易プロテクター。
拳には分厚いテーピング。
顔には、鉄製の面頬。口元だけが開いた、鬼のような意匠。
修羅鬼——嶋岡綾羅。
「派手にやってくれてんじゃねぇか」
低い声が響く。
夜猫衆の兵隊たちが、自然と道を開けた。
夏菜とイミナの前に立ち塞がる距離まで来ると、修羅鬼は足を止める。
面頬の奥から、じろりと視線が走った。
「雷門の番格に、桜坂の虎閃。……んで、薔薇乙女の“裏切り者”までセットとはな」
「おほほ、“裏切り者”なんて。鬼道連に信義なんてありまして?」
薫子が口元に手を当てて笑う。
「でも、わたくしのことは気になさらないで。今の修羅鬼様は——」
薫子の視線が、横の鷹津に向く。
「こっちの子の獲物ですわ」
「は?」
修羅鬼がそこで、初めて鷹津を見た。
一瞬、目が細くなる。
「……三中で噛みついてきた雑魚か」
面頬の内側で、鼻で笑った気配がした。
「あの時も軽くあしらったが……まだナマ言ってんのか?」
沙夜のこめかみに、ぴくりと青筋が浮かぶ。
「覚えてたのね。光栄だわ、修羅鬼サマ」
声は、意外なほど落ち着いていた。
「——鷹津 沙夜。
血祓戯流……いや、凪嵐十字軍の一員だ」
「あ? 自分で名乗れるタマかよ」
修羅鬼の肩がわずかに揺れる。
「調子に乗んな。俺が見てんのは——」
視線が薫子に向く。
「先代“修羅鬼”。あんたみたいに、軍隊を独りで潰す女だけだ」
薫子は肩をすくめた。
「光栄ですわ。でもね?」
彼女はわざとらしく一歩下がる。
「今の舞台は、この子の物語。
わたくしは、エレガントに引き立て役でよくってよ」
「……っ」
修羅鬼の眉がピクリと動く。
「修羅鬼」
鷹津はまっすぐに名を呼ぶ。
「お前の“軍命魔流”、全部めくれたぜ」
「あーしが、てめぇを仕留める」
ざわ、と夜猫衆の輪が揺れた。
《は? 番格じゃなくそいつ!?》
《凪嵐の“異名持ちじゃない奴”じゃん》
《修羅鬼様笑っちゃってるだろ》
コメント欄も一気に荒れる。
修羅鬼はしばらく黙っていた。
やがて、面頬の奥から、くつくつと笑い声が漏れる。
「おもしれぇじゃねぇか」
足を一歩、土の上に踏みしめる。
「いいぜ。今日のはただのテスト配信だ。本番は——一週間後だ」
指を一本立て、画面の向こうの視聴者に見せつけるように振る。
「場所はこっちから送ってやる。
暗猫衆と修羅鬼、軍命魔流の“本番”だ。
お前ら全員まとめて踏みつぶして、その雑魚女をカメラの前で失神させてやるよ」
「上等」
鷹津は、真っ直ぐ見返した。
腰の奥で、何かが燃え上がる。
「逃げんなよ」
「言ってろ、小娘」
修羅鬼は踵を返した。
暗猫衆の兵隊たちを連れ、暗闇の向こうへと消えていく。
残された河川敷には、荒い息と、まだ回り続けている二つの配信だけが残った。
「……やっべ、マジで言っちまった」
鷹津が小さく頭を掻く。
「もう後戻りはできねぇな」
「できると思ってた?」
夏菜が肩を組んできた。
「ステージは決まったぜ。あとは——」
「勝つだけだ」
鷹津は、自分の握り拳を見下ろし、静かに呟いた。




