第103話 夜猫衆という舞台
「……潰しに、行く?」
道場の一角で、一琉が聞き返す。
薫子はこくりとうなずいた。
「ええ。どうせなら、
あちらが用意した“舞台”ごと」
夏菜が口の端を吊り上げる。
「配信ってやつか。派手でいいじゃねーか」
煙は腕を組んだまま、低く吐き捨てた。
「くだらねぇ見世物だ。
潰すなら、全部まとめてだ」
ノートパソコンが開かれ、薫子が素早くサイトを操作する。
「裏配信で、夜猫衆のチャンネルは、
ほぼ毎晩なにかしら“悪ふざけ”をしてますの。……ほら」
画面に、薄暗いシャッター街が映った。
スマホの縦画面。
カメラが揺れ、その向こうでシャッターが一枚、蹴り破られる。
鉄板が内側にへこみ、ガラガラと音を立てた。
『もっと派手にいけやー!』
『このシャッターの店、昔からムカついてた』
コメントが流れていく。
次の瞬間、映像が切り替わった。
人気のない公園の片隅。
制服姿の少女が、地面に膝をついている。
顔ははれて、鼻から血が垂れていた。
その周りを、フルフェイスと防具姿の三人組が囲む。
一人が脇腹を蹴る。
横から、腰をひねってミドルキック。
靴の甲が肋に当たり、少女の体が横に倒れた。
倒れたところを、別の一人が胸ぐらをつかみ、無理やり上体を起こす。
もう一人が顔面めがけて拳を振るう――その瞬間、画面が一瞬だけ揺れた。
「……桜坂の三年番格、榊原」
薫子が淡々と言う。
「配信のネタにするためだけに、十人がかりで狩られたそうですわ」
夏菜が歯を食いしばる。
「番格だろうがなんだろうが、
リンチはリンチだろ……クソが」
煙は無言で画面を睨みつけていた。
拳がゆっくりと握られ、指の骨がぱき、と鳴る。
「修羅鬼は?」
沙夜が問う。
「画面にはほとんど映りませんの」
薫子が別の動画を開く。
壊れた商店街。
列になって歩くフルフェイスの一団。
その最後尾に、ひときわ目立つ女が一人。
鉄製の手甲と、奇妙な面頬。
顔は映らないが、その歩き方だけでわかる迫力。
「わたくしの後釜に収まった修羅鬼。
その実力は本物ですが——
わたくしにタイマンを挑んできたことは、
一度もなかった」
『修羅鬼様、今日も最高!』
『軍隊コスたまらん』
コメントが流れては消える。
薫子が説明する。
「軍命魔流。
三人以上を一組にして動く、
集団戦前提の流派ですわ。
本人はめったに手を出さず、フォーメーションで相手を潰す」
沙夜の背筋に、冷たいものが走った。
頭の中に、三中のあの日の映像がよみがえる。
自分は横から飛び込んだ。
右ストレート。
修羅鬼は一歩も動かないまま、左前腕で回し受け。
重心が崩れた一瞬に直突きに変化した。
その一連が、ほとんど一瞬だった。
(歯ごたえもねぇって顔してたな、あいつ)
唇を噛む。
あのときは、本当に「相手にされなかった」。
今になって分かる——
あいつはそれだけの実力を持っていた。
足元のマットをつま先で踏みしめる。
さっきまでの稽古で、太ももはまだ張っている。
でも、あの頃よりずっと動ける。
(今度は、自分の土俵で引きずり下ろす)
倒れた番格が、軍服もどきの服を着た連中に囲まれ、顔をさらされている。
『番格ざまぁ』『これで一つ街が浄化されたな』『次どこ攻める?』
コメント欄は熱狂に近い。
「で、どうする?」
夏菜が画面から目を離さずに言う。
「街で見かけたら片っ端から殴る……つっても、キリがねぇぞ」
「だからこそ、舞台ですわ」
薫子が扇子の先で画面を指した。
「夜猫衆の危険配信は、事前に台本らしきものが回っておりますの。
わたくし、たまたま“台本屋”に顔が利きましてよ」
一琉が眉を上げる。
「配信を……乗っ取る?」
「そういうことですわ」
薫子が嬉しそうに笑う。
「……次の台本は?」
梨々花が、薫子から渡されたファイルをスクロールする。
「えっと……“雷門中番格・山吹イミナ公開処刑ショー”……は?」
読み上げた瞬間、空気が凍った。
「……はぁ?」
最初に声を出したのは夏菜だった。
椅子がぎしりと鳴るほど勢いよく立ち上がる。
「イミナだぁ? あいつ狙ってんのかよ、あのバカども」
「雷門の番格……?」
一琉が目を瞬かせる。
「煙の件で、一度うちと揉めかけたって人だよね」
「その前に、アタシとタイマン張ってんだよ」
夏菜は舌打ちした。
「あのとき雷門と桜坂の抗争、寸前で止めたんだぜ、アイツ。
殴り合いの筋は通せる女だ。だから話も通じた。
……そのイミナを、配信のネタにしようってのか?」
スマホの画面を見ていた煙が、低く笑う。
「……あいつを囲んで嬲って、“コンテンツ”かよ。上等じゃねぇか」
「でも、ヤバいよね」
梨々花が顔をしかめる。
「雷門側だって黙ってない。ここで山吹イミナを公開リンチなんかしたら……
街、完全に戦争モード入るわよ」
「それが狙いでしょうね」
腕を組んでいた薫子が、ゆるく微笑んだ。
「雷門中は戦闘民族ですもの。
番格を侮辱されれば、黙っていられない。
暗夜會としては“戦場の材料”が一つ増える」
「……ふざけんなって話だな」
夏菜が机をドンと叩く。
「イミナは雷門の顔だ。
あいつは“自分のケンカ”ならいくらでも買う女だけどよ、
配信で吊るされて玩具にされていいタマじゃねぇ」
鷹津が、台本の画面を覗き込む。
「“雷門中の番格を生配信で潰すことで、街に“暗夜會最強”を示す”……だってさ。
六道鬼の残りカスども、調子乗りすぎ」
夏菜が腕を組む。
「あいつとは何度も拳交わしてんだ。
雷門の喧嘩バカが“番格”名乗れる理由、アタシが一番知ってる。
……だからこそ、こんな腐った見世物で汚させねぇ」
薫子がそこで、にっこり笑う。
「そこで、わたくしたちの出番ですわ」
全員の視線が集まる。
「三日後の夜、河川敷の廃グラウンドで“山吹イミナ公開処刑ショー”。
——そこへ、わたくしたちが乱入し、そのまま配信を乗っ取る」
「配信を、乗っ取る……」
一琉は少し考え、頷いた。
「向こうが配信を切っても、こっちで回してれば全部残る。
夜猫衆のブランドごと折れる。
雷門にも“暗夜會にやり返した映像”を渡せる」
「ええ。演出と構成は一琉さんと梨々花ちゃんに」
薫子がウインクする。
「前線は——雷門の顔を守るための“喧嘩舞台”ですわ」
彼女の視線が、順番に夏菜、煙、鷹津へと移った。
「夏菜さんは正面突破。イミナさん救出が第一目標ですわね」
「任せろ。雷門の番格、借り受けてんのはこっちだって筋通してやるよ」
夏菜がニヤリと笑う。
「煙さんはフォーメーション潰し。狂犬ムーブで、どうぞ派手に」
「……いつも通りブッ壊しゃいいんだろ」
煙は肩をすくめた。
「沙夜さんは——」
薫子の声が少しだけ厳しくなる。
「修羅鬼への“宣戦布告”役。
今回は顔見せで構いませんわ。本番は、その次」
鷹津は短く息を吐き、頷いた。
静は少し首を傾げる。
「……私は一琉クンの隣」
夏菜が笑った。
「わかってるよ。」
一琉は苦笑しながら頷いた。
「じゃあ——」
スマホのスケジュールに指を滑らせる。
「三日後の夜、河川敷。
ターゲットは“夜猫衆の配信”と、“修羅鬼のメンツ”。
それから——」
夏菜と目が合う。
「雷門中番格、山吹イミナの顔と筋、だね」
「おう。借り一つ、きっちり返してやんねぇとな」
夏菜が笑い、拳を握った。
「危険配信ジャック作戦、開戦だ」




