表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第6章 血祓戯流、夜を越えて
102/110

第102話 お嬢様、高弟でしたわ

「ごきげんよう、血祓戯流のみなさま」

 冬の冷気と一緒に、薫子が引き戸をくぐった。

 ヨーヨーケースを片手に、いつものお嬢様スマイル。

 マットの上では、沙夜が大の字になって息を切らしている。


「薫子さん?」

 夏菜がタオルで汗を拭きながら目を丸くする。


 門下生たちの空気が、一瞬で変わった。

 ざわ、と低いざわめき。

「一条さんだ……」

「久しぶりに見たな……血祓戯の“お嬢様”……」



 昼奈がペットボトルをくわえ、あきれた顔をした。

「……あら。久しぶりじゃない、一条」

「おほほ、ひどい言い方ですわね。

 昼奈さんの“可愛い末妹”ががんばっていると聞きましてよ。

 激励くらいは当然ですわ」


「いつ可愛いって言ったっけ?」

 昼奈が眉をひくつかせる。

 沙夜はむくりと上体を起こし、目を瞬いた。

「……は? 薫子さん、なんでここに」


 薫子は一琉たちに軽く挨拶すると、

 マットの縁まで歩き、ちょこんと正座した。

 両手を膝に置き、きちんと頭を下げる。

「ご無沙汰しております、師範代」


 昼奈が片手を腰に当てて笑う。

「今さら“師範代”とか。

 アンタ、うちの門下ってこと、こいつらに言ってなかったの?」


「昔はちょぉーっと無作法ワイルドなスタイルでしたから」

 薫子が頬に指を当て、いたずらっぽく微笑む。

「エレガンスを身につけるために道場巡りをしていた、その一つがこちらですの。

 数か月で高弟にしてくださったのは、ほかならぬ昼奈さんでしょう?」


「……まあ、そうね」

 昼奈が肩をすくめる。

 そのやり取りを聞いて、沙夜は言葉を失った。

(は? 高弟? 薫子さんが?)


 頭の中で、こないだの虚無詠劫とのやりあいがフラッシュバックする。

 ヨーヨーが飛び、足場を崩し、戦場をひっくり返していく姿。

 そしてあの意味深な発言。

(…なるほど、な。

 薫子さんもアイツとの因縁で)



「で、今日は何しに? 

 まさか見学だけってんじゃないんでしょ?」

 昼奈が顎でマットを示す。


 薫子はくすりと笑い、コートを脱いだ。

 中は動きやすい黒のパンツとシャツ。

 足元は、ピカピカに磨いたスニーカーだ。


「では、少しだけ、お手合わせを」

「沙夜、立てる?」

「……もちろん」


 膝に手をついて立ち上がる。

 ふらつきながらも、構えを取った。

 両手を顎の前に上げ、足を肩幅より少し広く。


 薫子が、軽く一礼する。

「沙夜さん。いい顔になりましたわね」

「……ど、どうも」



 そのまま薫子は、一歩前に出た。

 右足をすっとすべらせ、左足で床を押す。


 上半身をほんのわずか前傾させた瞬間――

 右のジャブが、寸分の無駄もなく伸びてきた。

 肘を締め、まっすぐ。


 沙夜は左手でそれを外から払う。

 同時に右足を半歩外側へ。

 ジャブのラインから頭をずらしつつ、右ストレートを打ち返す。


 薫子は腰を引き、上体をしならせてかわした。

 鼻先すれすれで拳が空を切る。

 足はその場からほとんど動いていない。



「ストレート、悪くなくてよ」

 今度は薫子が前蹴りに切り替えた。

 左足を引き寄せてから、右膝を高く上げる。

 そこから膝を伸ばし、足裏でみぞおちを狙う。


 沙夜は両肘を寄せてブロック。

 同時に、蹴り足の外側に左手を回してつかみに行く。

 触れた瞬間、足首がくるりと返った。


 薫子が足首を引き上げる。

 蹴り足でフックのように沙夜の手首をひっかけ、掴みの力を空に逃がした。


「体重を預けるタイミングが、まだ早いですわね」

 薫子は着地と同時に、重心を右にずらす。

 右足を外側に踏み出しながら、左ローキック。

 すねの内側で沙夜の前足のふくらはぎを払う。


「っ!」

 沙夜の足がわずかに浮き、バランスが崩れた。

 そこに、薫子の手刀が肩に軽く触れる。


「はい、ダウン一回」

「……今の、全部セットで来たのかよ」

 膝に手をついて息を整えながら、沙夜が苦笑する。


(ジャブで目を慣らせて、前蹴りで防御を固めさせて、そこにロー)

(力はそんなでもねぇのに、全部が“効く”ところに刺さってくる)



 昼奈がニヤリと笑った。

「まぁそんな感じでね。

 血祓戯の“教科書どおり”ってわけじゃないけど、応用はバッチリ」


 薫子は肩をすくめて、一歩下がる。

「本気でやれば、もっと派手に転がしますけれど。今日はご挨拶ですもの」

「挨拶でこれかよ……」

 沙夜の額を汗がつーっと流れ落ちた。


 ◇


 ひと通り動きを見せ終えたあと、薫子は沙夜の隣に腰を下ろした。

 タオルを丸め、ぽいっと投げてよこす。

「お疲れさまですわ、沙夜さん」

「……うす」


 薫子が扇子をぱちんと開き、口元だけ隠す。

「あなたには、ひとつ勘違いしてほしくないのですけれど」

「ん?」


「必殺技をひとつ覚えたからといって、人は強くなりませんわ」

 沙夜は目を瞬いた。

「……わかってるよ。そんな甘くねぇし」


「ええ。だからあなたは、ここにいる」

 薫子は視線を落とし、マットの汗染みを指先でなぞった。

「毎日、こんなに血と汗の匂いのする場所で、倒れても立ち上がる。

 そうやってしか、本物は作れませんわ」



「……」

「でもね」

 そこで一度、言葉を区切る。

 扇子を閉じ、小さく笑った。


「気の持ちようひとつで、絶対に負けない女になる瞬間もありますのよ」

「……絶対に、負けない?」

「ええ」

 薫子はわざとらしく、くいっと首を傾げた。

「惚れた男のために戦う時、とかね」


「ぶっ……!」

 沙夜が盛大にむせた。

 背中を丸めて咳き込み、耳まで真っ赤になる。

「な、な、なに言って――」


「顔、真っ赤」

 昼奈が横から水を差す。

「図星?」


「うるっせえ!」

 沙夜はタオルで自分の顔をぐしゃぐしゃにこすった。

 こすりながら、ちらりと出入口を見やる。

 道場に顔を出しに来た夏奈たちと、

 一琉が靴を揃えて座っている。


(……惚れた男、ね)

 胸の奥を、ズキンと何かが刺す。

 虚無詠劫の一撃。

 地面に叩きつけられた感覚。

 何もできなかった自分。


(あの時、一琉は——あーしの方を見てた)

(もう二度と、“守られる側”でいるわけにはいかねぇ)



「……まあ、いろいろと、気持ちはわかったぜ」

 沙夜はタオルを膝に叩きつけ、顔を上げた。

 目の奥に、ぎらりとした光。


「それで? 薫子さん。

 何か掴んだから、来たんだろ」

 薫子の笑みが、わずかに薄くなる。


「皆様といっしょに、話しましょうか」


 ◇


 皆を集めた薫子は扇子の先で、空をなぞった。

「六道鬼の二角が潰れましたもの。

 残った方々は、少々はしゃいでいらして」

「はしゃぐ……」


「“夜猫衆”をご存じかしら?」

 薫子はゆっくりと言葉を選ぶように続ける。

「修羅鬼・嶋岡綾羅。

 配下と、配信で名を売っていますの。

 商店街を壊したり、番格をリンチしたり……

 それを、娯楽として流している」


 夏菜が舌打ちした。

「……マジかよ。最低だな」

 煙も、眉間にしわを寄せる。


「“危険配信”を続けることで、

 暗夜會への憧れと恐怖を煽っているわけですわ」

 薫子は一琉たちに視線を向けた。

「だから——潰しに行きませんこと?」


 扇子が、ぱちんと閉じられる。

 その音が、道場の空気を切り替えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ