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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第6章 血祓戯流、夜を越えて
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第100話 逃げ足も実戦

 それからの時間も——地獄だった。


 タックル受けからのスプロール。

 パスガード。

 バックを取られた状態からのエスケープ。

 そして立ち技に戻っての打ち合い。


 何度倒れても、「立て」と声が飛ぶ。

 朦朧とした意識の中で、沙夜は腕を上げ続けた。


「ぜぇ……ぜぇ……」

「軸になる技は一つあればステージが変わるわ。

 三日月蹴りとか…噛みつきなんてどう?」


「……それ漫画で読んだだろ……

 戦いやすいってのは、わかるけどさ……」

「よし、しゃべれるなら回復したわね。

 ――次、組手」


 拳が重い。

 足が鉛みたいだ。

(……でも)


 暗夜會の路地裏で、燐の掌底を見た。

 あの一撃に、何も返せなかった。

 その記憶が、膝に力を通す。

(このままじゃ、また誰かがぶっ倒れて——

 あーしは、見てるだけだ)


 そんなのは、もう嫌だった。

 何度目かのダウンのあと。

 とうとう、マットに大の字になったまま、体が動かなくなった。



「——おつかれさま」

 頭の横に、タオルが落ちてくる。

 一琉だ。


 タオル越しに見上げた視界に、昼奈の顔が入った。

 いつもの意地悪そうな笑みではなく、少しだけ柔らかい目。


「沙夜はね、才能あるのよ」

 ぽつりと。

「だからこそ、半端だった。

 強くなれるのに、途中で“まあこんなもんでいいか”って止まるタイプ」

「……っせぇ」


「でもさ」

 昼奈は、ちらりと一琉たちを見る。

「凪嵐十字軍の連中とつるむようになってから、

 アンタ、ちったあマシになってきた。

 本気で“置いてかれたくねぇ”って顔するようになった」


 沙夜は息も絶え絶えのまま、横目で一琉を見る。

 彼は気まずそうに笑っていた。


「……ありがとね、一琉クン」

 昼奈が言う。

「沙夜のケツに火つけてくれて。

 おかげで、やっと“育てがい”のある顔になってきたわ」


 ◇


 梨々花は道場の端でノートとスマホを両手に抱え、目をキラキラさせている。

「いやぁ〜〜、“裏街のイカレ道場”血祓戯流…!またバズッちゃう……!」


 ぶつぶつ言いながら、さっきの昼奈の講義を必死にメモしていた。

 卑怯こそ正道。MMAは読み書き。鷹の爪。

 広めるとマズそうなラインを考え、記事にまとめる。


「梨々花、書きすぎると炎上するよ」

 一琉が苦笑まじりに声をかける。

「分かってるって。ちゃんとフィクションですって注釈入れるから……!」


「入れてもお前のは大体事実だろ」

 夏菜が横からツッコむ。


 そのとき、マット中央からパン、と乾いた音が鳴った。

 昼奈だ。


「――さて」

 彼女の視線が、スッ……と一直線に梨々花へ向かう。

「で。

 まだ“体験授業”してない子が一人だけいるわよね?」


「……え?」

 梨々花の背筋がピンと伸びた。

 ノートを抱えたまま、ぎこちなく振り返る。

「わ、わたしはですね!? あの、観戦と記録がですね——」


「うんうん、分かってる。

 取材って“現場”を知らないと薄っぺらくなるでしょ?」

 昼奈がにこ〜っと微笑んだ。

 門下生たちの目が、じわじわと面白がる色を帯びていく。


「げ、現地取材で十分かな~って……」

 助けを求めるように、一琉たちを見る。

 夏菜は肩を竦めた。

「ま、ここまで来たら一本くらいやっとけよ。

 お前もいつ巻き込まれるか知らねえんだからさ」

 一琉は申し訳なさそうに笑った。


「で、でも私運動部じゃないよ!?

 近接戦闘力、編集者レベルだよ!?」

「編集者舐めすぎだろ」

 沙夜がぼそっとツッコむ。


 昼奈はひらひらと手を振った。

「安心しなさい、門下生の中から“優しい子”選んであげるから」

 と、言いつつ目で選んだのは、

 どう見ても優しくなさそうなショートカットの女門下生だった。


「師範代、ワタシでよろしいでしょうか」

「よろしくぅ」

「え、え、え」

 梨々花はノートとスマホを胸に抱えたまま、マットの上に引きずり出される。


 一琉が慌ててそこに駆け寄った。

「せめて荷物は預かるよ」


「お、お願い……!

 私の命より大事なデータが……!」

「自分の命も大事にして」

 受け取ったノートとスマホを横に置いて、

 一琉は少しだけ心配そうに梨々花を見送った。



 マット中央。

 梨々花はスニーカーのつま先を落ち着きなくトントンしながら、

 ガチガチに構えていた。

 両拳を上げるフォームは、どこかで見たボクシング漫画の受け売りだ。


「……き、今日は見学だけのつもりだったんだけどなぁ……」

「前に出なきゃ、いつまでも“外野”よ」

 昼奈が肩を竦める。

「はい、構え。

 最初は当ててこないから、“視線”と“距離”だけ見てみなさい」


 対面の門下生が、すっと両拳を上げた。

 顎を引き、左足を半歩前へ。

 基本に忠実な、きれいなオーソドックス。


(うわ……フォームが“本物”だ……)

 梨々花の喉が、ごくりと鳴る。


「始め」

 ゴング代わりに、昼奈の声が飛んだ。

 瞬間、門下生が一歩踏み込んだ。


「ひゃっ」

 梨々花は反射的に下がる。

 相手はジャブを空に切らせ、すぐに間合いを戻した。


 また一歩。

 また一歩。

 軽いジャブが、ほとんど触れない距離で宙を撫でる。


「ひぃぃぃ………で、でも……

 な、なんか……うざ……!」

「それでいいのよ」

 昼奈の声が飛ぶ。

「“怖い”と“うざい”は、戦場じゃ重要な感覚。

 どこまでなら踏めるか、自分の足で測りなさい」


「測らせる気ない距離で攻めてきてるんだけど!?」

 半泣きで叫びつつ、梨々花は必死に足を動かした。

 前後、左右。

 小さくステップを切りながら、拳の軌道を目で追う。


(あ、今の……ちょっと届かなかった。

 ってことは、もう一歩だけ下がったら——)

 ギリギリを探るうちに、足さばきだけは少しずつマシになっていく。

 だが、門下生の表情はあまり変わらない。


「師範代、そろそろ——」

「そうね、“一発だけ”当てときなさい。

 記者さんにも、ネタが要るでしょ?」

「了解しました」


「あ、ちょっ、待ってそれは——」

 門下生の肩が、わずかに沈む。

 さっきまでと違う圧が、距離ごと迫ってきた。

 梨々花の背筋に、冷たいものが走る。



(これ、本気で来るやつだ……!)

 その瞬間——梨々花はポケットに手を突っ込んでいた。

「——っ、秘密兵器!!」


 ぱんっ、と鈍い音。

 床に叩きつけられた小さなカプセルが割れ、白い煙が一気に広がった。


「うおっ!?」

「視界っ——」

 門下生たちが思わず咳き込み、後退する。

 もくもくと立ち込める白煙の中から、梨々花の声。


「し、失礼しましたぁーーー!!

 死んだら記事書けないから!!!」

 そのまま、煙の中を猛ダッシュで駆け抜ける気配。

 玄関のほうでドアが勢いよく開き、閉まる音がした。



 静寂。

 そして——

 どっと、笑いが起きた。


「……あいつ、マジで逃げやがった」

 夏菜が腹を抱える。

「煙玉持ち歩いてる中学生ってなんだよ」


 煙も肩を震わせて笑っていた。

「逃げ足だけは一流だな、アイツ」


「はぁ……」

 昼奈は額に手を当て、ため息をつく。

「ま、いいわ。

 逃げ足も実戦。

 その判断ができる頭も大事よ」


 一琉はノートとスマホが置いてあった場所を見下ろした。

「…これも回収してった。

 たしかに一流だね」


 夏奈が隣に座り込み、タオルで汗を拭いながら笑った。

「アイツらしいだろ。

 筆と逃げ足で戦う。

 ……そういうヤツがいても、いいんじゃねえの」


 一琉は少しだけ目を細める。

「うん。

 それぞれの“得意”で、戦えばいいんだと思う」



 外は、いつの間にか冬の夕暮れ。

 道場の引き戸を開けると、一気に冷たい風が入り込んできた。


「——じゃ、今日はここまで。

 体が動くうちに帰りなさい。明日、筋肉痛で泣くから」

 昼奈がひらひらと手を振る。


「お世話になりました」

 一琉が深く頭を下げると、昼奈は顔をほころばせた。

「こちらこそ。一琉クンの差し入れ、最高だったわ。

 また“マネージャー”しに来てね?」


「はい、できる範囲で」

 冬の夜風が吹き抜ける中、

 凪嵐十字軍の一日目の“修行見学”は、こうして幕を閉じた。

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