第10話 たのしい勢力講座(2)”裏”と”表”
屋上の空は高く、昼の光が机とベンチを照らしていた。
梨々花がスケッチブックを再び開き話を続ける。
「さ、話を戻すわよ、桜坂の続きね!
次は桜坂三年の番格・榊原。
かなりの実力者で、いまは動き少ないけど、やる時はやるって話よ。
それから一年。
——入学早々やらかしてる“神代 煙”」
夏奈が短く息を吐く。
「……煙か。あれは、たしかにヤバい」
「まさに”狂犬”よ。どれだけボコられても、気を失うまで暴れるって話。
今年の雷門”顔見せ“…”狂犬”が大暴れして相討ちよ。
雷門の奴らも”狂犬”も、全員病院送り。
今はおとなしいけど、いつ爆発するかは誰にもわからない」
鷹津が皮肉げに笑う。
「雷門の連中も災難よね。
2年連続で特段にヤバいの引き当てちゃって」
「自業自得だけど、違いないわ。」
梨々花が笑う。
夏菜が一琉に視線だけ寄越す。
「……覚えとけよな。あの一年の見た目」
「え?」
「白髪でボサボサ長め。肌がやたら青白い。
目つきは獣。いつもどっか遠く見てる。
制服はボロボロ、袖は破け、血の跡。……見れば分かる」
梨々花も頷く。
「うん。分かる。分かりたくないけど分かる」
一琉は空を見上げ、頭の中に輪郭を描く。
(白髪。獣みたいな目。ボロの制服……)
夏奈が真っ直ぐな声音で釘を刺す。
「もし見かけても、余計なことすんな。すぐ離れろ。わかったな」
一琉はその真剣な顔を見て、柔らかく笑った。
「うん。わかった」
梨々花がスケッチブックを閉じてパタパタとあおぐ。
「ま、平和な方だけど……
火種はそこら中にあるってことよ。」
◇
話題が切れかけたところで、鷹津が口を開いた。
視線は遠く、声は低い。
「……表はそれでいいけどさ。裏にも、やべぇ連中はいるわよ」
一琉は目を細める。
「裏……?」
鷹津は壁にもたれたまま、ぼそりと言った。
「“蜘蛛の巣会”とかね…」
梨々花が小さく息を呑む。
「……最近急に被害が増えてる連中ね。
あんた、なんでそれ知ってんの」
「向こうから声かけてきたのよ。
金ちらつかせて弱いの集めて、弱味握ってパシりにすんの。
クズの集まりね」
夏菜が不快そうに吐き捨てる。
「クズだな」
一琉はほんの少し眉を寄せる。
鷹津は壁にもたれたまま、続けた。
「巣の奥には、なんか“でけぇモン”が潜んでるって噂。
パシリどもは蜘蛛の顔すら知らないってさ」
梨々花は眉をひそめる。
「……やっぱ、そこまでか。
最近、小さなグループがいくつか潰されたって聞いたわ。
“リリアン”の連中が絡んでる説もあるけど、噂止まり…
当然深入りは絶対ダメよ」
夏奈が一琉を見る。
「わかってるだろうけど、
ひとりで路地裏とか通るなよ」
「うん」
「噂じゃ、修羅華——“県立 修羅ノ華高等学校”。
超やばい不良校ね。
そこに進学した鬼哭冥夜が街から抜けた反動で、陰にいた連中が動き始めてるって話。
これから街もきな臭くなってくるかもよ。」
「そっか…」
一琉は小さく息を吸い、目蓋を伏せた。
胸の奥で、遠い夜風の音がよぎる。
◇
場の空気を入れ替えるみたいに、梨々花がぱっと笑う。
「でも、裏の陰気連中ばっかじゃない。
ワルとしての信念を持つ“面白いチーム”だっているんだから」
一琉が小首をかしげる。
「ふーん?」
「ひとつは“薔薇乙女會”。
三中に“お嬢様”気取りのヘッドがいてね。
温室でお茶会しながら戦略会議してるんだって。
でも喧嘩の強さは超一流。」
「……えっ、公立だよね、第三中学って」
「そうよ。元鬼道連の武闘派幹部がなにをトチ狂ったのかお嬢様始めちゃってね、
追手を軒並み潰して”叛逆のお嬢様”って呼ばれてる。」
「……すごいね。」
「いつも裏の温室でお茶会してるんだって。
舐めた真似しない限りは誰でも歓迎らしいよ。
行ってみたら面白いかもね」
「行かねぇって」
夏奈が即答した。
「もうひとつ、雷門中の“暴動鉄騎隊”」
「ふーん、なんだか楽しそうな名前だね?」
「雷門中の不良とはほとんど関わり持ってない独立勢力でね、
軽トラの荷台にぎゅうぎゅう乗ってカチコミに行く連中よ。
電撃作戦で鬼道連ともバチバチにやりあってたのが有名ね。」
「……中学生なんだよね?免許は…?」
「もちろん無いでしょうね。
伝統儀式は、荷台で殴り合って最後まで振り落とされなかった奴が勝ちらしいって噂。」
一琉は一瞬無言になり、ぽつり。
「えぇ……ヤバ」
夏奈が吹き出す。
「だろ?
アタシらも単車転がすけど、軽トラカチコミはちょっとレベルちげえよな!
最初聞いた時、腹抱えたぜ」
「中学生で単車も相当だっての、原付くらいにしとくべきでしょ。」
鷹津があきれたように返す。
「ふーん…」
(あ、そのくらいの感覚なんだ…外の常識にちゃんと合わせないとな)
一琉は相槌を打ちながら、自分の感覚と常識の違いを修正する。
——それが尖った不良の価値観だと指摘するものはその場にいない。
梨々花は肩をすくめ、何かをメモしながら言う。
「どっちもパンピーから見たら意味不明な不良よ。
でも、…“蜘蛛の巣会”みたいなのとは、根本が違う」
昼食を食べ終えた一琉は少し考えてから、目を細めて笑った。
「……なんか、だんだんこの街が面白く思えてきた」
夏奈と梨々花が顔を見合わせ、同時に笑う。
鷹津は肩をすくめ、皮肉気に笑みを浮かべた。
春風が髪を揺らす。
青がまぶしい。
一琉は屋上の手すりをなでると、大きく伸びをした。
◇
同じ頃。
隣の校舎、高架水槽の横から、
一琉たちの談笑する屋上を見下ろす影があった。
視線は鋭く、どこか切ない色を帯びている。
遠くに見える一琉を、ただ静かに追う。
パーカーのポケットに手を入れ、高架水槽の陰に身を寄せる。
小さく息を吐き、視線を下げた。
そして、踵を返す。
何事もなかったみたいに、屋上から消えていく。
足音は、最初から最後まで、誰にも聞こえなかった。




