ベニバナの空
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
こーちゃんは「ベニバナ」を見たことがあるかい?
よく知られているのは、染料に使われる種だろう。古くから文化、交易に関しても取引がされてきた代物だ。
けれども、地上にあるそれと区別するベニバナが、この地域にはあるんだよ。こいつはね、空を走るんだ。長い茎を伸ばし、その先に赤い花を咲かせる。そいつは見つける人にとって幸運にも不運にもつながる兆しとなるのだとか。
――木々のてっぺんとかから、生えるものなのか?
いやいや、彼らの根がついているところは、見たことも聞いたこともないなあ。なにせ飛行機と大差ないかと思うほどの高空で、触れることはままならないものだから。
つい少し前もベニバナを見かけた、という声を聞いたんだよ。その話、こーちゃんにも伝えておこうと思ってね。
空に浮かぶベニバナは、普段から見ることはできない。けれども、ふとした拍子に茎が見え、そうした折には十中八九、先端へ赤い花が咲く。
茎の部分は空全体で見ると、大きいほうだと思う。立てた親指の長さと、ほぼ同じ太さくらいだから、並大抵のひこうき雲じゃ太刀打ちできない。
茎の色はまちまちだが、地上の植物にありがちな緑ベースで確認できることは、まれだ。たいていが暖色系で、赤色や橙色、黄色で目撃されることがほとんど。
見えるときもまた、大半が急に空へ浮かぶもの。雨のあとの虹のように、静かに出てくるが、ときおり茎が見える瞬間に立ち会った人は、遠くで花火があがるような音がしたと語るな。
この茎を正面にとらえ、左右どちらかを見やる。たいていは一部始終、茎が視界の端から端まで伸びているのを目の当たりにするだけだろうが、たまに花をつけた先っちょを目撃することがある。
色が分かれがちな茎に対し、こちらは固定だ。紅色に見えると、みんなが語ってはばからない。むかしに、何度か私も見たことがあるが、あれは確かにキク科の植物がもたらすようなあざやかな赤色だったな。
そしてベニバナは現れたときと同じように、いきなり消失する。瞬きしている間に、ぱっとだ。しかもこの現象、カメラなどの映像や写真で残そうとしても、その部分だけはっきり映らないという点で奇妙さはかなりのものでね。
我々の視神経に影響をおよぼす何かなのか。はたまたベニバナそのものが、現代技術で解明できない未知の物質だったり構造だったりを持っているのか、これからの研究次第ってところだろう。
で、最近に聞いたベニバナ目撃例は、レアなケースだった。
教えてくれたのは友人の子供なのだけど、その子は「開花」の瞬間に立ち会うことができたらしい。
学校からの帰り道に、ひょいと顔をあげたところ、ちょうどベニバナの茎にあたるだろう黄色く太い線が横切っていったそうだ。
それだけでも珍しい部類。多くの人は、すでに伸びきったベニバナの茎を目撃するのであって、現在進行形で茎が伸びるところはあまり報告にあがらない。
それだけじゃなく、左から右へ走る茎を目で追っていると、途中でぱっと紅色の花が咲いたというんだ。ベニバナの開花の瞬間だ。
夏に見る、花火のようだったという。
一気に光が中央から外へ弾けたかと思うと、それぞれがあらかじめ打ち合わせていたように、ほうぼうへ進んでは止まり、進んでは止まりを繰り返していき、ものの2秒と立たないうちに開いた花の形を作ったらしい。
無駄と分かっていても、取り出したスマホで撮影を試みるも、やはりカメラ越しには普段通りの景色がのぞくばかり。他者へ提供できるような証拠は、全然手に入らない。
そうこうしているうちに、ベニバナは次の変化へうつる。
数秒は、空中でととのっていたその花が、どんどんと崩れこぼれていくんだ。
当初は花火という、熱を帯びていそうなたたずまいが、今はガラスを伝う雨のスジのよう。あるいは溶けていく雪のたぐいだろうか。輪郭のかき始めた汗が内側へ、全体へとたちまち広がって、滝のような洪水をなしていく。
そうして形そのものが落ち始めてしまうと、もはやとまらない。もし音がつくなら「ざざっ」と騒ぎそうなかっこうでもって、ベニバナは地に墜ちて姿を消してしまった。
いずれも伝聞でしか説明できないのがもどかしい。つぶらやくんも、これだけだとまゆつばものだろう。今回の滞在で目にできるといいのだが、こればっかりは運がからむからなあ……百聞は一見にしかず、百見は一験にしかず。めぐりあわせがあるよう、祈るしかない。
最後に今回のベニバナのもたらしたと思しき、きざしについて話そう。
友人の子供がベニバナのてんまつを見てからしばらく、この地域ではちょくちょく、車が路肩に駐車することが増えた。パトカーを伴っていることもあって、事故りかけたか、実際に事故ったところもあったんじゃないかと思われた。
聞いたところによると、車のタイヤのパンクが相次いだらしい。一本だけならどうにかなるかもだが、走行中の車で二本、三本、全部と来られては、そうはいかなかったのだろう。
あともう一点、友人の子供まわりでも足を怪我する人が急増したそうだ。いずれも靴の裏から足の裏へ抜けるような傷で、鋭い何かを踏み抜いたかのように小さく、深い傷跡ばかりだったという。