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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第2章

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刺客

【登場人物】 

ライヤン…第一軍副隊長。犬獣人。ジンリェンの直属の部下。空間転移の能力をもっている。

東の空が、僅かに明るくなり始める頃。瓦屋根を駆け抜けていたジンリェンの足が、ふと止まった。背に担いだ槍の先についた血は、既に乾ききっている。吐く息は白く、火照った体温との落差がじんわりと皮膚を冷やす。


炎の槍で薙ぎ払った敵の残り香が、いまだ鼻腔の奥に残っていた。眉根を寄せると、ジンリェンはフードを深く被り直し、王宮の裏手へと身を滑らせる。警備兵たちに姿を見せぬまま、回廊を抜け、主のもとへと急ぐ。


数日間王都内に潜伏していたと思われる、黒装束の獣人たち。自身が先程葬ったのが5人。染料で髪色を染めていてもなお、自分を直属護衛のジンリェンだと認識して襲いかかってきた彼ら。能力持ちがいたとはいえ、そこまでの情報が回っていながら、あまりにも手応えがなかった。というか、鼻から勝つつもりなんて無さそうにも見えた。そこまで考えて、ふいに昼間の粗雑な陽動の気配を思い出す。


「まさか」


陽動。時間稼ぎ。そこから導き出される答えは――辿り着いた仮定に、ジンリェンの心臓が脈打つ。視界の端に映る、書庫へと続く階段。飛び込むように底へと足を踏み入れようとした瞬間――


突然――目の前の空間が”歪んだ”




――――

人の往来が少ない夜の王宮。静寂の中、石床を踏む足音だけが低く響く。


書庫の鍵を手にしたアルフォンスは、一人階段を降っていた。持ち出した古文書の一枚を読みながら、わずかに目を細める。手元へと視線を向けたまま扉に手をかけようとした、次の瞬間。背後の暗がりで、かすかな気配が動いた。


振り返るより先に、黒衣を纏った一人が間合いを詰める。その手には刃。狙いは急所。まさに一撃必殺の構えだった。


だが――


「――想定内ですね」


どこからともなく現れた影がその一撃を止めた。第一軍副隊長――犬獣人ライヤン。


「失せろ無礼者。このお方の身分を知っての狼藉か」


ライヤンの声に、男は一切応じない。答えの代わりに空気がひしゃげた。風を切る音。ライヤンの横を、音速に近い勢いで黒刃が通過する。


(……速いな)


空間に歪みを生じさせると、ライヤンはアルフォンスを背に転位する。次の瞬間、数歩先の空間がぱっくりと裂ける。転移の余韻が消える中、ライヤンの指先はすでに次の座標を構築し始めていた。


「殿下のご予見通り……すでに王宮内に敵が潜んでいたということですね。決して、私の背後から離れませんように」


刺客の気配。王宮への侵入口。改ざんされた文書。点が繋がり、輪郭が浮かび上がってくる。だが、目の前の獣人は一言も発さず、襲いかかってくる。空間を転移しながら間合いをとるライヤンですら、じわじわと押されていく。ギリ、と歯を噛む。このままでは、背後のアルフォンスに届く。ライヤンは即座に選択する。


瞬間、刺客とライヤンの側面に空間の歪みが生まれた。静かに裂けたその異空から、炎を纏った一人の男が現れる。


「……ナイスタイミングだ。ライヤン」

 空気が一瞬で熱を帯びる。


「隊長、任せます。殿下の安全は私が」

「あぁ。すぐ終わらせる」


言葉を交わすより早く、ジンリェンは刺客との間合いを詰めていた。黒衣の男は即座に反応する。足元の影から刃を突き出し、目の前の狐へと向ける。


「残念だったな。その手、二度目だ」


槍が閃き、炎を纏った突きが空間ごと押し裂いて迫る。それをひらりと交わした刺客はすぐさま体勢を立て直し、今度は空中から踏み込む。


ジンリェンの目が鋭く細まる。


「なるほど。いい動きだ」


ジンリェンの足元で、赤い炎が生まれ、槍の矛先へと集まる。そのまま槍の穂先から放たれた炎は、まるで意志を持つように形を変え、蛇のように襲いかかった。男は刃でそれを弾きながら接近を試みるも、ジンリェンの槍が、一歩先を読むように叩きつける。


「……!」


刹那、黒衣の男がようやく声を漏らす。視界が揺れ、炎の熱に包まれ、立っていられない。


「終わりだ」


ジンリェンの炎槍が、最後の一突きを放つ。ズン、と重い音とともに男は崩れ落ち、二度と動くことはなかった。


呼吸一つ乱さず、ジンリェンは槍を回して肩に担ぐとアルフォンスとライヤンへと駆け寄る。


「殿下、ご無事ですか…!」


アルフォンスは分りやすく肩をすくめると、焦りを見せるジンリェンに笑いかけた。


「あぁ、よい働きだ。ジン」

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