第十二章 遠い日の約束
リュー…北の砦の中堅兵士。元第零軍。フーリェンのことを可愛がっていた。
※日常編ep.9 「子狐 」 にて登場
「お前は、行かなくていいのか?」
身を寄せ合う白狐と狼の背を、柱の陰から見守っていた獅子の男に、ベルトランは静かに問いかけた。
不意にかけられた声に、ランシーは小さく首を振る。
「今、俺は行くべきじゃありません」
そのまま目を伏せ、どこか物思いに沈むような声で彼は続けた。
「俺までしけた顔してたら、誰も戻れなくなるでしょう。…俺は陽気な獅子ですからね。こんな時こそ、俺の出番ってもんですよ」
にかりと笑みを見せたランシーに、ベルトランは「そうか」と小さく呟いた。
回廊に差し込む朝の光が、柱の陰を通して二人の影をゆらめかせる。静かな時間がしばし流れ、言葉よりも何かを確かめ合うような沈黙が二人の間に落ちた。
少しだけできたその間を埋めるように、ランシーが口を開く。
「こうして話をするのは、初めてですね。第三王子殿下の直属護衛、ランシーです。ベルトラン隊長」
「北軍指揮官、ベルトランだ。数年前まではお前と同じく直属護衛だった。お前のことはフーリェンから聞いている。腕の立つ、陽気なやつだとな」
「ははっ。そうっすか。そりゃ嬉しいですね。あなたのことも聞いていますよ。育ての親だと言ってました」
「…まぁそうだな。と言っても、俺はあいつらに剣の持ち方を教えただけだ。…親らしいことはしてやれてない」
先ほどまでの重苦しい空気を振り払うように、しばらくそうして他愛のないやりとりを交わした二人は、やがてどちらともなく背を向けた。
「想像通りの男で安心した。……あいつらのこと、頼んだぞ」
柱の陰に残るランシーの姿を視界の隅に捉えながらそれだけを告げると、ベルトランは振り返ることなく回廊の奥へと歩みを進めていったのだった。
――――
「ただいま戻りました」
「あぁ、ご苦労だったな。エレインはどうした?」
明かりも灯さず、暗がりの中で窓枠に腰かけていたヘラは、静かに扉を閉めたベルトランに青い瞳を向けた。そんな彼女を咎めることはせず、ベルトランは淡々と口を開いた。
「彼女は一時的にフーリェンの不在を埋める形で動くことのことです。そのままルカ殿下の元に残りました」
「分かった。動きに関してはあいつに任せる。…お前も、すまなかったな。留守を命じたのに急遽呼び出してしまって」
そう言って申し訳なさそうに眉を寄せる彼女へと、ベルトランは静かに首を振った。
「構いません。北はあいつらに任せてきました。リューを宥めるのに時間はかかりましたが……心配ないでしょう。ヘルガーも駐在しています」
「あぁ、あいつは特に可愛がっていたからな。想像がつく」
仲間たちに押さえつけられながら騒ぐヒューマンの男の姿を想像したのだろう。ヘラはふふっと小さく笑みを浮かべた。
「ヒルダにも…随分大きな借りが出来てしまった。埋め合わせを考えておかないとな」
「頼みますから、酒はほどほどになさってくださいね」
「お前はいつの話をしているんだ…。さすがにもうそんな歳ではない」
「だといいのですが」
続けて氷の国を統べる女皇へと想いを馳せる主の顔に、ベルトランも釣られるように小さく笑みを浮かべた。
そうして部屋の空気が少し温まった頃、ヘラは窓枠へとかけていた足を床へ下ろすと、伏せていた視線を再び目の前の男へと向けた。
「………あの子は、どうだった」
ぽつりと問いかけられたその言葉に、ベルトランは少し逡巡したのち、ゆっくりと口を開いた。
「……少し、時間はかかりそうです」
「………そうか」
小さく肩を落とした主の様子に、彼は視線を絨毯の敷かれた床へと落とすと、「ですが」と、言葉を継いだ。
「シュアンランと、…ランシーがいます。大丈夫です」
「…そうだな」
そう、思いたい。そう呟くヘラの肩口から、金糸のような髪がひと房落ちた。彼女はそれに目もくれず、ただ次の言葉を待つ従者の目をじっと見つめた。
「なぁ、ベル。お前は……あの日のことを覚えているか?」
その問いにぴくりと反応した男の言葉が耳に入るよりも先に、彼女は過去の深みに意識を沈めていったのだった。




